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第4話:思い出逃避
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その場にいた全員が心にトラウマや傷を抱え込んだその日は一度解散となり、再び翌日に……。
「俺、思ったんだ。やっぱり地道に好かれる努力をした方がいいんだって。ホラー映画でも近道しようとした馬鹿から殺されるのがお約束じゃん?」
『安心しろ、近道をしなくともお前のような馬鹿は最初から殺される運命だ』
「うるせぇー! 人間やっぱり地道にやるのが一番だって思い知らせてやる!」
なお、過去に幾度も楽をしようとしてきたことがあるが、大抵は地道にやった方が楽だった。
『で、具体的には何をするつもりだ?』
「千里の道も一歩から! ギャルゲーでもヒロインとの会話を重ねることで好感度を稼いでフラグを立てる。つまり、楽しくお喋りして好きになってもらう! これぞ由緒正しき日本の伝統的な攻略法!」
『……色々と言いたいことはあるが、まぁ好きにするがいい』
開発者は何か言おうとしたが、諦めるような口調で自由にさせることにした。
ちなみに、神小は自信満々に胸を張っているが、これで彼女ができたことは一度もないということを補足する。
そうして一時間が経過した。
「ふぅー、楽しく話せたな!」
『……と言っているが、好感度はどれだけ上がった?』
好感度と言われても、人間の感情を数値化することなどできない。
つまり≪催眠アプリ≫で答えを強制したところで、答えられないのが普通だ。
ただ一つの解を除いて――――。
「0ですけど」
「エェー!? ナンデ!? 好感度0ナンデ!?」
彼を少しフォローするならば、おかしな話題などはなかった。
セクハラにならないよう話題運びにも気を使ったし、無難な話題だけを選んだ。
ただ、それが失敗だった。
「面白味も新鮮味もない話を延々と聞かされて、どうして好かれると思ったんですか?」
「ぇっ……ぁ、ぃゃ…………」
「オチもなければ意味もない話ばかり。退屈でしかありません。あと自分のこととかも話してましたが、好きでもない、興味もない、人の身の上話を聞かされても苦痛なだけ」
「ぁ…………はぃ……そっスね……そのとおりッス……ぁぃ………」
言葉に恨みなどの毒々しさはない。
そのせいで、余計に鋭さが際立っていた。
『大丈夫か? 今日も帰って涙で枕を濡らすか?』
「へいきっす、まだいけます、たたかえます」
まだ大丈夫はもう駄目だという言葉がここまでピッタリな状況も中々ないだろう。
流石に一方的に串刺しにされる神小を見て、流石の開発者も少しだけ援護することにした。
『女、お前がこの馬鹿が嫌いなのはよーく分かった。だがな、この馬鹿はお前を好き放題にできる力を持ちながらも、お前に好かれる努力をしている。そこくらいは評価してやってもいいのではないか?』
そのフォローを聞き、神小の心が少しだけトゥンクしたかもしれない。
だが彼女にとって、そんなことは何の意味もなかった。
「≪催眠アプリ≫があろうと、それで人に使うことがそもそも間違いだと思いますが」
『…………まぁ、社会通念的にはそうだが』
「アナタの言ってることは、"銃を向けてくる凶悪犯がまだ撃ってこないのは、彼が優しいからだから感謝しろ"と言っているようなものです。そもそも銃を向けてくる時点で優しさなんてものはありません」
野亥の正論を真正面から受け、さしも開発者も何も言えなくなってしまった。
「あの、野亥さん……その辺で勘弁してあげて? その人も悪くは――――いや諸悪の根源ではあるんだけど、そういうのとはちょっと違うというか……ベクトルが違うやつだから……」
「…………まぁ、いいですけど」
フォローしたはずなのに、逆に神小にフォローされる立場になってしまった。
さしも開発者も、彼に別の提案を試みることにした。
『おい、もうこの女は諦めて別のやつにしたらどうだ? 都合よく催眠できそうなクラスメイトなんていくらでもいるだろう』
「いや……それがクラスの女子は大体彼氏持ちなんスよ。いない女子も……まぁ片思いだったりアプローチ中だったりで……」
『それがどうした?』
「寝取られは抜けない」
『……お前の性癖、厄介すぎるだろう』
彼氏がいないなら寝ても寝取られじゃないとか、そもそも本当に彼氏がいるのかといった疑問点はあるものの、現代のユニコーン気質である神小のNGの幅は、かなり大きかった。
「そういえば俺たち勝手に喋りまくってるけど、逆に野亥さんが喋りたいことってないの? ほら、やっぱり会話って双方向性のものだしさ、話題あると嬉しいなーって」
「………………楽しくも面白くもない、どうしようもない話ならあるけど」
「いいって、いいって。さっき野亥さんは好きでもなければ興味のない人の話は苦痛だって言ってたけど、俺は野亥さんに興味津々だから遠慮しなくて大丈夫だよ」
神小は初めてのちゃんとしたコミュニケーションがとれると嬉しそうな顔をするが、それとは対照的に野亥の表情は暗く淀んでいた。
「………実は私の両親って十年前に離婚してて」
そこでようやく神小は自分の迂闊さに気づいたのだが、彼女の吐露は止まらなかった。
「父さんが事故で頭を怪我してせいで、記憶喪失。それが原因で、家に帰ってきても、いつもあの人は他人行儀だった。」
「それを見せられて、母さんも毎日つらそうだった。かつて愛した人は記憶を失い、事故の後遺症でピアノも弾けなくなった。二人の愛を証明するものはなくなって気づいた。母さんの愛した父さんは、もう死んだんだって」
「だから……あの人が離婚届をもってきた時は、ようやく解放されるって顔をしてた……そして先日、その父さんが少し前に死んだ。脳溢血だったみたい」
「それで家に手紙が来てたの、処分する前に遺品を引き取りに来てほしいって。でもそんなのを受け取ったら母さんはまた思い出してしまう。だけど捨ててとも言えない」
「だから母さんは返事をしないでずっと隠してた。で、今日がその最後の日ってわけ。…………だから言ったでしょ、楽しくも面白くもない……どうしようもない話だって」
ひとしきり言いたいことを言ったおかげか、少しだけ彼女の表情は柔らかくなっていた。
しかしそれでもまだ険しく、場の雰囲気はオホーツクの流氷の如く冷え切っていた。
こんな話題、絶対に処理できない……開発者の男はそう考えていた。
少なくとも小僧であればここからカバーしようとして、更に地雷を数発ほど爆破させると確信していた。
そして、肝心の人物はといえば―――――。
「ふぅ~~~~~~ん、そうなんだぁ~~~」
スマホをいじり、明らかにどうでもよさそうな反応をしていた。
『何をやっているのだこの馬鹿者がアァァァ!! 何をどう考えたらそんな態度を取ろうと思えるのだアァァァァ!!』
開発者の男は怒声のように声を張り上げる。
それでも神小の態度は変わらなかった。
「いや、だって遺品を受け取るなら今日が最終日なんでしょ? それならもうグダグダ言ってる時間ないでさ―――――スグに引き取りに行こうよ」
何でもなさそうなその提案に対し、野亥は少しイラついた声で返す。
「だからっ……引き取ったとしても、それを見たら母さんがつらくなるって――――」
「うん、だから安いレンタル倉庫の場所を調べといた。運搬サービス頼むと高くなるから、自分らで運ばないといけないけど」
一瞬、野亥の瞳が逡巡したかのように揺れた。
「でも……今更…………」
「今更っていうか、逆じゃない? 野亥さんの中で答えは決まっていた。だけどあと一歩、誰かに背中を押してほしかった。だから誰かに喋りたかった」
野亥が、初めてハッとしたような表情を向けた。
それを気にせず、彼は言葉を続ける。
「たぶん、いつも放課後まで残ってたのもそのせいじゃない? だから今更というのは違くて、誰かに言いたくて待ってたってのが本当」
神小は人をよく見ている。
女子とのコミュニケーションは失敗の連続だったが、それは低すぎる自己評価によって答えがねじ曲がったり、伝え方や言葉を間違えたせいだった。
それさえなければ、彼は人の機微というものをよく理解する男だった。
「そんで今……野亥さんが喋って、俺が聞いた。だから、もう行くだけなんだ。行こう」
そう言って、神小は彼女の手を優しく引く。
その手の感触で、彼女は父親のことを思い出した。
迷子になって泣いてしまった時、父親が優しく自分の手を引いてくれた時のことを。
大きくて頼りがいのある、好きだったあの手の感触を。
「…………ウン、行く」
この手は父さんと違うけど、同じ温かさだと野亥は感じた。
そうして彼女は優しく手を引かれながら、夕闇が訪れる空の下、一緒に教室を出ていった。
「俺、思ったんだ。やっぱり地道に好かれる努力をした方がいいんだって。ホラー映画でも近道しようとした馬鹿から殺されるのがお約束じゃん?」
『安心しろ、近道をしなくともお前のような馬鹿は最初から殺される運命だ』
「うるせぇー! 人間やっぱり地道にやるのが一番だって思い知らせてやる!」
なお、過去に幾度も楽をしようとしてきたことがあるが、大抵は地道にやった方が楽だった。
『で、具体的には何をするつもりだ?』
「千里の道も一歩から! ギャルゲーでもヒロインとの会話を重ねることで好感度を稼いでフラグを立てる。つまり、楽しくお喋りして好きになってもらう! これぞ由緒正しき日本の伝統的な攻略法!」
『……色々と言いたいことはあるが、まぁ好きにするがいい』
開発者は何か言おうとしたが、諦めるような口調で自由にさせることにした。
ちなみに、神小は自信満々に胸を張っているが、これで彼女ができたことは一度もないということを補足する。
そうして一時間が経過した。
「ふぅー、楽しく話せたな!」
『……と言っているが、好感度はどれだけ上がった?』
好感度と言われても、人間の感情を数値化することなどできない。
つまり≪催眠アプリ≫で答えを強制したところで、答えられないのが普通だ。
ただ一つの解を除いて――――。
「0ですけど」
「エェー!? ナンデ!? 好感度0ナンデ!?」
彼を少しフォローするならば、おかしな話題などはなかった。
セクハラにならないよう話題運びにも気を使ったし、無難な話題だけを選んだ。
ただ、それが失敗だった。
「面白味も新鮮味もない話を延々と聞かされて、どうして好かれると思ったんですか?」
「ぇっ……ぁ、ぃゃ…………」
「オチもなければ意味もない話ばかり。退屈でしかありません。あと自分のこととかも話してましたが、好きでもない、興味もない、人の身の上話を聞かされても苦痛なだけ」
「ぁ…………はぃ……そっスね……そのとおりッス……ぁぃ………」
言葉に恨みなどの毒々しさはない。
そのせいで、余計に鋭さが際立っていた。
『大丈夫か? 今日も帰って涙で枕を濡らすか?』
「へいきっす、まだいけます、たたかえます」
まだ大丈夫はもう駄目だという言葉がここまでピッタリな状況も中々ないだろう。
流石に一方的に串刺しにされる神小を見て、流石の開発者も少しだけ援護することにした。
『女、お前がこの馬鹿が嫌いなのはよーく分かった。だがな、この馬鹿はお前を好き放題にできる力を持ちながらも、お前に好かれる努力をしている。そこくらいは評価してやってもいいのではないか?』
そのフォローを聞き、神小の心が少しだけトゥンクしたかもしれない。
だが彼女にとって、そんなことは何の意味もなかった。
「≪催眠アプリ≫があろうと、それで人に使うことがそもそも間違いだと思いますが」
『…………まぁ、社会通念的にはそうだが』
「アナタの言ってることは、"銃を向けてくる凶悪犯がまだ撃ってこないのは、彼が優しいからだから感謝しろ"と言っているようなものです。そもそも銃を向けてくる時点で優しさなんてものはありません」
野亥の正論を真正面から受け、さしも開発者も何も言えなくなってしまった。
「あの、野亥さん……その辺で勘弁してあげて? その人も悪くは――――いや諸悪の根源ではあるんだけど、そういうのとはちょっと違うというか……ベクトルが違うやつだから……」
「…………まぁ、いいですけど」
フォローしたはずなのに、逆に神小にフォローされる立場になってしまった。
さしも開発者も、彼に別の提案を試みることにした。
『おい、もうこの女は諦めて別のやつにしたらどうだ? 都合よく催眠できそうなクラスメイトなんていくらでもいるだろう』
「いや……それがクラスの女子は大体彼氏持ちなんスよ。いない女子も……まぁ片思いだったりアプローチ中だったりで……」
『それがどうした?』
「寝取られは抜けない」
『……お前の性癖、厄介すぎるだろう』
彼氏がいないなら寝ても寝取られじゃないとか、そもそも本当に彼氏がいるのかといった疑問点はあるものの、現代のユニコーン気質である神小のNGの幅は、かなり大きかった。
「そういえば俺たち勝手に喋りまくってるけど、逆に野亥さんが喋りたいことってないの? ほら、やっぱり会話って双方向性のものだしさ、話題あると嬉しいなーって」
「………………楽しくも面白くもない、どうしようもない話ならあるけど」
「いいって、いいって。さっき野亥さんは好きでもなければ興味のない人の話は苦痛だって言ってたけど、俺は野亥さんに興味津々だから遠慮しなくて大丈夫だよ」
神小は初めてのちゃんとしたコミュニケーションがとれると嬉しそうな顔をするが、それとは対照的に野亥の表情は暗く淀んでいた。
「………実は私の両親って十年前に離婚してて」
そこでようやく神小は自分の迂闊さに気づいたのだが、彼女の吐露は止まらなかった。
「父さんが事故で頭を怪我してせいで、記憶喪失。それが原因で、家に帰ってきても、いつもあの人は他人行儀だった。」
「それを見せられて、母さんも毎日つらそうだった。かつて愛した人は記憶を失い、事故の後遺症でピアノも弾けなくなった。二人の愛を証明するものはなくなって気づいた。母さんの愛した父さんは、もう死んだんだって」
「だから……あの人が離婚届をもってきた時は、ようやく解放されるって顔をしてた……そして先日、その父さんが少し前に死んだ。脳溢血だったみたい」
「それで家に手紙が来てたの、処分する前に遺品を引き取りに来てほしいって。でもそんなのを受け取ったら母さんはまた思い出してしまう。だけど捨ててとも言えない」
「だから母さんは返事をしないでずっと隠してた。で、今日がその最後の日ってわけ。…………だから言ったでしょ、楽しくも面白くもない……どうしようもない話だって」
ひとしきり言いたいことを言ったおかげか、少しだけ彼女の表情は柔らかくなっていた。
しかしそれでもまだ険しく、場の雰囲気はオホーツクの流氷の如く冷え切っていた。
こんな話題、絶対に処理できない……開発者の男はそう考えていた。
少なくとも小僧であればここからカバーしようとして、更に地雷を数発ほど爆破させると確信していた。
そして、肝心の人物はといえば―――――。
「ふぅ~~~~~~ん、そうなんだぁ~~~」
スマホをいじり、明らかにどうでもよさそうな反応をしていた。
『何をやっているのだこの馬鹿者がアァァァ!! 何をどう考えたらそんな態度を取ろうと思えるのだアァァァァ!!』
開発者の男は怒声のように声を張り上げる。
それでも神小の態度は変わらなかった。
「いや、だって遺品を受け取るなら今日が最終日なんでしょ? それならもうグダグダ言ってる時間ないでさ―――――スグに引き取りに行こうよ」
何でもなさそうなその提案に対し、野亥は少しイラついた声で返す。
「だからっ……引き取ったとしても、それを見たら母さんがつらくなるって――――」
「うん、だから安いレンタル倉庫の場所を調べといた。運搬サービス頼むと高くなるから、自分らで運ばないといけないけど」
一瞬、野亥の瞳が逡巡したかのように揺れた。
「でも……今更…………」
「今更っていうか、逆じゃない? 野亥さんの中で答えは決まっていた。だけどあと一歩、誰かに背中を押してほしかった。だから誰かに喋りたかった」
野亥が、初めてハッとしたような表情を向けた。
それを気にせず、彼は言葉を続ける。
「たぶん、いつも放課後まで残ってたのもそのせいじゃない? だから今更というのは違くて、誰かに言いたくて待ってたってのが本当」
神小は人をよく見ている。
女子とのコミュニケーションは失敗の連続だったが、それは低すぎる自己評価によって答えがねじ曲がったり、伝え方や言葉を間違えたせいだった。
それさえなければ、彼は人の機微というものをよく理解する男だった。
「そんで今……野亥さんが喋って、俺が聞いた。だから、もう行くだけなんだ。行こう」
そう言って、神小は彼女の手を優しく引く。
その手の感触で、彼女は父親のことを思い出した。
迷子になって泣いてしまった時、父親が優しく自分の手を引いてくれた時のことを。
大きくて頼りがいのある、好きだったあの手の感触を。
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