私を捨てたのは貴方達

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第一章 神の子

十二話 神の子の約束(3)

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「圧倒的に落ち着かないわね…」

 エルが『精霊王に呼ばれたから精霊界に行ってくる~!』なんて能天気な事を言い残していつの間にかいなくなってしまった。

 話し相手がいなかったし、何よりこんな広い部屋に一人っきりというのも、なんだか怖くて落ち着かず、部屋の中を歩き回るだけだ。
 椅子に座ろうが、ベッドに座ろうが、慣れてないというのは怖いもので、居心地が悪い。

 このままというわけにもいかないので、辺りを見渡してできるだけ落ち着く場所に移動しようと考えた。

 そしたら、見つけた。

 ーーー隅っこが一番落ち着くわね…

 自分でも呆れるほどの慣れ。壁と壁が交差している隅っこが何よりも落ち着き、体育座りをする。
 体に顔をうずくまらせ、なんだか落ち着いてきて、うとうとしてきた。

「えっ!だ、大丈夫ですか!!!」

 目の集点が合わさり、すぐさま顔をあげる。あのよく見る使用人が目の前にいた。
 どうやら、私は意識を失いかける直前で気づかなかったらしい。

「えっと、先程はすみませんでした」
「いえ、こちらこそ失礼しました」

 立ち上がり、礼をした。使用人は茶髪で黒い瞳だった、平民の子というのはそれだけで察せる。
 その黒い瞳にうつる私を見る目は明らかに、可哀想という哀れみの感情が含まれていた。
 それがわかった途端、胸が締め付けられそうだった。同情なんてものやめてほしい。

「まず俺はナイジェルと申します。気楽に呼んでくださって構いませんし、俺は使用人ですので敬語じゃなくて結構です」
「…慣れるまで、頑張ります」
「ゼクス様の気遣いで、人をお呼びしました」

 ナイジェルはそそくさと帰り、代わりに女性の白衣をきた綺麗な方が入ってきた。白髪はハーフアップにされており、毛先は森のような深い緑だ。瞳もそれに合わせ白色で、耳が通常より尖っている。そして、とても優しそうな目だった。

「どうもこんにちは、エンリル」
「…失礼しました、私はエンリルと申しますわ。貴方はどなたか聞いてもよろしいでしょうか」

 浅い礼をする。仕草から見るに彼女は、多くの方々に仕えてきたのだとわかる。相手を威圧しないようにする挨拶、敵じゃないと思わせる素振り。

「あぁ、私はスピアクレイというわ」
「エルフと人間の混血種ですか、なるほど。高貴なる血筋に会えて恐縮至極でございます」

 今度は深く礼をした。途端に焦りだし、私の肩を掴んで強制的に体を定位置に戻した。

「あぁっ!そんなかしこまらないで。私は医者だから」
「そういうことですか、それで、どこを見るのですか?」
「一応、全身を見るからね。痛かったら言ってね」
「かしこまりました」

 スピアクレイはただ黙々と私の体を見て、検査していた。反応を示したのは、最初、服を脱いだときに見えた多数の痣や切り傷などだ。
 その時は目を見開き「酷い…」という単語を口にしていた。




「はい!終わり!」
「何か悪いところでもあったでしょうか?」

 服を着なおし、スピアクレイの方へ体を向けた。何やら言いづらそうにして、言おうか言わまいか悩んでいるようだった。
 一度私の様子を窺い、覚悟を決めたのか恐る恐る言葉を紡ぐ。

「……ねぇ、エンリル。貴方は普段どんな扱いを受けていたの?」
「毎日が痛かったです」
「そう…」
「それがなにか問題ですか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そうですか」
「それじゃあ、私は失礼するわ。またね」

 率直な意見を述べたまでだったが、スピアクレイは泣きそうになっていた。
 泣いてる姿を見せまいと言うように、私の頭を撫でたあと、苦笑いして帰っていった。






「公爵様!!どういうことですか!」

 ノックも忘れ、勢いよく書斎室の扉を開ける。公爵様はもちろんナイジェルも隣にいた。
 ナイジェルはスピアクレイに対して、ビビっていたようだが、公爵様は動じなかった。

「体中痣だらけで、鞭の跡や、切り傷、見るに堪えないものでしたよ!腕やお腹とかも全部骨が見えてしまうほどの細さですよ!??」
「やはりか」
「養子にした、なんて…あの子は一体どんな事をされてきたのですか…?」 

 表情を暗くし、何か考える素振りを見せる。
最初は驚愕した。こんな幼い子にどうやってこんな傷がつくのだろうと。
 血がにじみ出てるものもあったし、化膿してるものだってあった。

「…毎日、あの子を診てやってくれ」
「それは…もちろんですが……」

 何もできない自分に嫌気がさした。


「そういえば、俺もあの子と話しましたが、本当に子供かと疑いましたよ。彼女は、何者なんですか?」

 重い空気になり、沈黙が続くと話を変えようと、ナイジェルが言葉を発した。

「知らないが関係ない。あの子には人並みの幸せを与える」
「はーぁっ、なら、公爵様。もっと交流を持ってください」
「そうですね、一緒に食事とかどうですか?」
「何言ってるの!そんな押しが弱いから公爵様は行動なさらないのよ!!強制です!晩御飯の頃、一緒に食事をなさること!」
「えぇ…!でも、ゼクス様はまだ仕事が残ってーー」

 さすがに…と言いそうになるナイジェルに対し、目線を混じらせ威圧する。
 びくっと肩を震わせ、小動物みたいに縮こまった。

「医者の私がいうんですよ?」
「ごもっともッッッッ!」
「……ナイジェル、シリウスも呼べ」
「…はい、伝えときます」






「食事?」

 また隅っこに戻り、状況整理をしたところ、ナイジェルがやってきた。
 苦笑いしながら、一緒に食事をするということを説明された。

「はい、一応慣れる目的で…」
「ふむ…かしこまりました」
「一応言っておきますが、あの人達は子供の扱い方がなんっにもわかってません」
「当主様はシリウス様がいらっしゃるでしょう?」
「んー、なんと言えばいいのか。距離感が全くわかってないんですよね。それに、シリウス様も抱きしめられるとかそういうの嫌ってましたしね、放置教育でした」
「それは…いいんですか」
「まぁ、とはいえど、お話をすることは多いですからね。仲がいいのは確かです」

 「喧嘩して屋敷を破壊されたときもありましたけど…」と、ため息を付きながらぼそっと言葉を付け足す。
 ナイジェルの苦労は計り知れないだろうと心の底から思った。

「さて、それじゃあ少し着替えましょうか。実は、養子の手続きがおわったあと、すぐ買いに行ったんですよ。もちろん、好みを聞いてなかったので十着程度になりましたが……」

 目の前に出されたドレスはいろんな種類のものがあった。ふりふりした幼い子が好みそうなドレス、シンプルでワンポイントつけられているドレス、刺繍が綺麗で、透明感あふれるドレス、体のラインをくっきり見せるようなドレス、今流行りのドレス、色もいろんなのがあり、どれを選ぼうか迷ってしまった。

「…これでお願いします」

 上半身は白色の長袖シャツで、リボンが通してある。下はウエストを緩く締め付けてあり、スカートは落ち着きながらもふんわりしている黒色がモチーフとなったものだ。スカートには金色の刺繍が埋め込まれていて、きらびやかに光る。上と下が別れているもので、ここらへんでは珍しい代物だ。

「わかりました。それと着替えは…申し訳ないんですが、ここに女性の方の使用人はいないので……」
「なぜですか?」
「そもそも、ゼクス様達は人間が嫌いなので、使用人の数も少ないです。あ、これは俺も例外じゃなくてですね、大体使用人は人じゃないのが多いんですが俺はまぁ、特別に?人間の匂いを消す香水をつけて、ここにいます」

 それを聞いて反射的にすんすんと匂いを探ってみる。けれど、そもそも人間の匂いというのが無味無臭なのか、なんのことだかさっぱりだ。
 あはは…と笑いながら話を続ける。

「それで、あの方たちはとにかく女性が嫌いです。頭が悪そうで普通に嫌いと仰ってましたが…女性といったら先程のエルフの医者くらいですしね……」
「はい、貰えるだけで嬉しいです」
「……なので、スピアクレイ様に着替えを手伝ってもらうことになりますが、大丈夫ですか?」
「いえ、一人で着替えられますので」
「え、ですが……」
「大丈夫です」

 私の押しに負けたのか、心配そうにしながらも部屋から去っていこうとした。去る前に一言「助けてほしかったらいつでも言ってください。ドアの前にいるので」とだけ言い残した。

 私は待たせてはいけないと急ぎ目に着替えようと善処する。一通り整えて着替え終わり、大きな等身大の鏡で最終確認をする。
 銀髪に琥珀眼、小さな私が目の前にいた。表情筋が死んでいて、肌も汚く荒れていた。

 ーーーそういえば、髪はさらさらね

 銀髪はいつだって輝いていた。
 自分を眺めていると、普段人からどんなふうに見られているのかわかるもので、この表情筋が死んでいる姿を見られているのか…と少し残念な気分になる。

 試しに…と笑ってみる。

「……諦めましょう」

 口角が上がったり下がったりし、目が完全に死んでいた為、無理やり笑おうとした感が否めなかった。
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