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第402話 プロポーズ

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翌日、昼過ぎに城を出た俺はまずバックスを訪れ、スフィリ王女への面会を求めた。既に話は通っているらしく、対応してくれた兵に案内されて昨日も尋ねたスフィリ専用工房へにとお邪魔する。中ではスフィリが指輪の出来を確認していたようだった。

「こんにちはスフィリ様」
「エストさん、時間ピッタリですね。指輪なら完成していますよ」

差し出された指輪を早速拝見すると、期待した通りの素晴らしい物が完成していた。金の輪をベースに銀の装飾が施され、派手でさはないものの上品な美しさがある。そして台座の部分には米粒大の魔石がはめ込まれてあった。浮き彫りで紋章の形もハッキリとわかるし、彼女達にプレゼントするにはこれ以上ない指輪だろう。

「ありがとうございます。予想以上に素晴らしい物ですよ」
「えへへ……実はですね、その魔石、試しに魔力を流したら思わぬ効果を発揮してくれたんですよ」

昨日俺が帰った後、指輪に使うために魔石を細かく砕いたスフィリは、その欠片を手に取ってついでに実験を始めたそうだ。魔力の流れた二角獣の魔石は鮮やかな緑色の光を放ち、しばらく輝き続けたと言う。しかしいつまでたっても変化らしい変化が訪れないので失敗かなと首を傾げたスフィリは、自分の腕にあった古傷が無くなっている事に気がついたのだ。慌てて全身を確認して見ると、治癒魔法をかけるまでもないと思い放っておいて痕になった古傷が全て消えていたらしい。

「どうやらこの魔石には治癒の力があるようです。それもかなり強力な。王族となられるお三方にはありがたい能力ですよね」

王族ともなると常に身の危険は存在する。王の治世に納得しない者や他国の間者、ただの愉快犯など様々な人間から攻撃対象になるからだ。いくら俺達が高レベルとは言え不意打ちされては十分死ぬ可能性があるため、そんな責任ある立場にこれから立とうと言う俺達にとっては、スフィリの言う通りありがたい能力をもった指輪だった。

「結婚式には呼んでくださいね!」

手を振るスフィリに別れを告げ、俺はガルシア王都へと跳んだ。丸一日ぶりに見る花屋の前には、昨日俺が頼んだと思われる花が露店を埋めるほど大量に用意されていて、珍しい光景に露店の前にはちょっとした人だかりが出来ていた。

「あ、お客さん!お待ちしてましたよ!」
「どうも。随分集めてくれたんだね」
「王都中の伝手を頼って掻き集めましたよ」

笑顔で話す店員の言う通り、これだけの量は街中から集めないと無理だっただろう。突然の無茶な注文に答えてくれた彼女には頭が下がる。適当な量集めたり断る事も出来たのに、しっかり仕事をしてくれたようだ。

「これだけ集めても貰ったお金の半分ぐらいしかかかりませんでしたよ。お釣りお返ししますね」
「いや、それは貰って欲しい。急な注文したお詫びとお礼って事で」

昨日おつりはいらないと言ったのに律儀に返そうとエプロンのポケットをゴソゴソやりだした店員を手で制し、俺は大量にある花束に手を添える。崩れないように一括りにされているので、転移しても問題なく全部運べるだろう。

「あの、お客さん! それだけの花束を使うって事は、どこか名のある方とお見受けします。名前聞いてもいいですか?」
「エストだ。俺の国に商売に来てくれるなら歓迎するよ」

今や知らぬ者は居ない俺の名を聞いて初めて噂の勇者だと気がついた店員は、驚きに固まって口をポカンと開けていた。そんな彼女の目の前から花束ごと転移して、次の瞬間城内にある私室に姿を現した。タイミングのいい事に部屋の中には誰も居ない。まあ俺の部屋なんだから当然と言えば当然なのだが。クレア達に見つからない内にさっさと準備をしよう。いそいそと花束を縛ってある紐を解き、部屋の隅から均等に花を置いて行く。手渡す用に二つだけ小さめの花束を用意して、後は全部部屋の飾りに使うのだ。これで断られたら立ち直れないぐらいダメージを受けそうだが、始める前から失敗する事を考えてもしょうがない。

「できた……」

失敗した場合の事を考えると本当に断られそうな予感がしたので、作業中はなるべく明るい未来を妄想しながら手を動かした。その甲斐あってなのか、部屋は花で溢れ、床一面が深紅の花びらで埋まっていた。少々汚い感じもするが、俺のセンスではこれが限界だ。後は二人をこの部屋に招き入れて、結婚を申し込むだけだ。

気がつくと日が暮れていた。今頃の時間帯なら彼女達は食堂に居るはずだ。すれ違いになってはかなわないと急いで食堂に足を運ぶと、ちょうどクレアとディアベルが列に並んで食事を受け取っている所だった。先に席に着いた彼女達を追って、俺もクレア達の向かいに相席する。

「ごしゅ……じゃなかった。エストさん、今日はどこに行ってたんですか?」
「えーとね……今日はあちこち飛び回ってたかな。ちょっとやる事があって」
「魔族達との戦争は終わったと言うのに、まだ忙しく動いているのだな。領内の事に専念しても良いのではないか?」
「うん、まあ……それは今やってる仕事が落ち着いてからかな。それでさ……二人にもちょっと手伝ってほしい事があるから、後で俺の部屋に来てくれないかな?」

突然の申し出に二人は頭の上でクエスチョンマークを作る。普段の彼女達は冒険者学校の教官や畑の手伝いなどをしているし、俺は俺で生活に使える道具作りやルシノア達から上げられてきた報告の可否を判断するぐらいで、仕事らしい仕事は今のところしていない。そんな俺が仕事の手伝いを頼む事が変だと思ったのだろう。

「あるじ……じゃなくてエスト。また何か企んでないか?」
「企んでないよ! 少なくとも悪い事は考えてない。今後の俺達の人生に関わる重要な仕事だから、二人の力が必要なんだ」
「うーん……何をするかわかりませんけど、とりあえず後で部屋に行きますね」

何とか誘い出す事に成功した。その後は談笑しながら食事していたはずなのに、緊張のためかいまいち何を食べたのか何を話していたのかも覚えていない。一人部屋に戻って鏡で身だしなみを整え、ドラムロールのように鳴る心臓を深呼吸して無理矢理落ち着ける。落ち着け……別に失敗しても顔を合わせ辛くなるだけで死ぬ訳じゃない。よそよそしい態度を取られて他人行儀になるだけだ……って、それじゃダメだろ!

一人ボケツッコミをしている時、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえて思わず跳び上がる。ついに彼女達が来たようだ。

「エストさん? 約束通り来ましたけど」
「寝ているのか?」
「開いてるよ! 入って来て!」

何気なく部屋の中に入って来た彼女達だったが、部屋の様子を見た途端驚いて動きが止まってしまった。パタンと軽い音を立てて閉じられたドアの音で我に返ったクレアとディアベルは、キョロキョロと部屋の様子を見渡しながら俺に目を向ける。

「これ……どうしたんですか? なんか凄い事になってますけど」
「花屋でも始めるつもりなのか? 領地の特産になれば儲けが出るかも知れないが……」

彼女達の問いかけにろくな返事も返せない俺は、入力されたプログラムを実行するロボットの様に二つの花束を手に持つと、ギクシャクとした動きで彼女達の前まで歩き、その場にひざまずいた。

「エストさん!?」
「な、なんの真似だ!?」
「あー……えっと……ふ、二人とも! 俺と結婚してくれ!!」

ヤバい。頭の中が真っ白になって考えていたセリフが一つも出なかった。勢いに任せて口走った俺は、花束を突き出す様な格好で下を向いているため、彼女達の様子がわからない。二人とも無言なので、これはダメだったか……と思った次の瞬間、ぷっと言う噴き出す声が聞こえたと思ったら、二人が大笑いし始めたのだ。

『あははは!』
「え……? あの、二人とも……?」

予想外の反応にどうしていいのかわからなくなる。俺の脳内シミュレートによると、上手くいった場合は顔を赤らめた二人が花束を受け取ってくれて、駄目な時は手に持った花束で悪役レスラーのように殴りかかってくると予想していたのだが、これはそのどちらとも違う。これは成功なの? 失敗なの? どちらかわからず不安な顔をしている俺の表情がツボにはまったのか、彼女達は目に涙をためながら俺の突き出していた花束を手に取ってくれた。

「あはは……あー、面白かった。二人同時に結婚を申し込むなんて、エストさん以外に居ませんよ」
「本当にな。我らが夫はどこまでも規格外な人物の様だ」
「えっ……夫って、その、え?」

オロオロしている俺がおかしいのか、二人は笑顔で頷いてくれる。て事はこれ、告白成功した? 安心して腰が抜けそうになるのを何とか踏ん張り、思わず二人を抱きしめる。二人は特に嫌がる素振りも見せずに、素直に受け入れてくれた。

「まったく、そんなに緊張しなくてもいいだろう」
「そうですよ。私達が断るはずないじゃありませんか」
「そうは言っても、どうしても緊張するよ」

そう言いつつ、俺は懐に隠していた指輪を取り出し、一人ずつ順番に指にはめていく。二人は驚いた様に指輪を眺め、その魔石に刻まれた紋章を食い入るように見ていた。

「エストさん、これは?」
「俺の元居た世界には、結婚する時相手に指輪を贈る習慣があるんだ。薬指に結婚指輪を嵌めている人は既婚者ですって意味もある。その指輪についている石は魔石でね。俺達の国の紋章を彫ってもらったよ。俺達が持つにはピッタリだろ?二人には死ぬまで俺と一緒に居て欲しい。そんな願いを込めて用意させてもらった指輪なんだ。どうか受け取って欲しい」

それを聞いて二人の目から再び涙が溢れ出した。さっきまでの笑いの涙とは違う、嬉し涙だ。ポロポロと笑顔で涙を流すクレアとディアベルは、指輪のある左手を大事そうに胸に押し抱き、俺の目を見てキッパリと宣言する。

「もちろんです。もう返せって言われても返しませんから! これは新しい私達の絆です。これから先の人生、改めてよろしくお願いしますね、エストさん!」
「私は本当に幸せ者だ。エストのような立派な男と出会えたばかりか、その妻にまでなれるとは。あなたの命尽きるまで側を離れないと誓おう。よろしく頼む、我が夫殿!」
「ああ、こちらこそだ。二人とも、幸せな家庭を築いていこうな!」

この日の事を俺は生涯忘れないだろう。始まりは奇妙な出会いだったけど、今はその運命に感謝している。彼女達となら、きっとこの先も上手くやっていける。どんな困難が待っていようと、後ろで支えてくれる人が居るのだ。乗り越えられないはずがないさ。

幸せそうに笑う二人を見つめながら、俺はこの幸せを噛みしめていた。
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