戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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どんな社畜ですか、それ@朝の食卓

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 目が覚めたのは、日曜日の午前8時だった。
 近間の部屋は50平米程度のスタジオタイプだ。在留邦人が住むアパートメントとしては狭い方だが、すっきり整っている。
 バスルームとキッチンの他は、一部屋にベッドとソファセット、カウチが置かれているだけだ。

 直樹はキッチンを拝借して、電気ポットでお湯を沸かす。
 ベッドを見遣ると、タオルケットにくるまった近間はまだ夢の中だ。
 昨夜は夕方からセックスをして、夕食も食べずに眠ってしまい、夜中に二人して目を覚まして、明け方まで裸のままいちゃいちゃしていた。
 2回目はせずに、話したり、キスをしたり、互いの身体を愛撫したりして、ベッドの中で戯れていた。
 本音を言えば、2ラウンド目に行きたかったのだが、近間は下半身が動かせないようだった。
 それはそうだ。あんなところにこんなものを入れられて、思う存分に揺さぶられたのだから。
 気持ちよさそうだったし、すごく感じてくれていたが、近間は男だ。同性に抱かれる恐怖はあっただろうし、精神的な準備も必要だっただろう。
 だから、受け入れてくれたことが、すごく嬉しい。愛しい人だと心から思う。
 それに、昨夜の近間は色っぽいとかエロいとか可愛いとかを通り越して、ひたすら目の毒だった。
 綺麗な顔を歪ませて、白く滑らかな身体を揺らせて。涙の滲んだ目は欲望でどろどろに溶けていて、蠱惑的に直樹を捕らえた。
 女みたいにふわふわと柔らかいわけじゃないのに、めちゃめちゃ抱き心地が良かった。
 肌は信じられないくらい滑らかだし、鍛えられた筋肉の弾力や骨の固さがあたる度に、近間を抱いているのだという実感が沸き起こった。
 反芻していると勃起しそうだったので、直樹は慌てて脳内イメージを振り払い、戸棚にあった紅茶パックを手に取った。
 ティーバッグをハサミで切り裂き、温めた急須に茶葉を入れる。3分待って、温めたマグカップに紅茶を注いだ。

 ソファでお茶を飲んでいると、ベッドの中で近間が身じろぎした。
「ん……直樹?」
 直樹は微笑む。
 寝起き一番で名前呼ぶとか、可愛すぎるだろ。
 いそいそとベッドに移動すると、近間のふわふわ揺れる黒髪を梳いた。
「おはようございます」
「おはよう」
 寝起きは悪くないらしい。近間は数回瞬きをするとすぐに覚醒した。
 近間が身体を起こすと、上掛けが滑りおちて、上半身が露わになる。白い胸元に唇の跡が散っているのを見て、直樹はにやついた。
「なににやけてんだよ。今、何時?」
「8時半です」
「まじか」
「休日だし、ゆっくり寝てましょうよ」
「俺、6時より遅く起きたの初めてだわ」
「嘘でしょ。土日も6時起き?」
「起床ラッパが抜けないんだよ」
「ラッパ?」
 なんの話だ。
「あー、いいいい、気にしなくて。紅茶?」
 近間はベッドから出ると、ボクサーパンツにタンクトップとハーフパンツを着込む。
「すみません、キッチン、勝手に借りました」
「いいよ、好きに使って。紅茶、俺のもある?」
「勿論」
 直樹が紅茶を注いだマグカップを渡すと、近間は一口飲んで首を傾げた。
「これ、どこのお茶?」
「どこって、戸棚にあったBOH TEAですよ」
「いつもよりうまい」
「ティーバッグから茶葉出して、急須で蒸らして煎れたんで」
 近間が瞼をぱちぱちさせる。
「へえ、凄いな、おまえ」
「イギリスに住んでましたからね」
「ああ、そっか。なあ、腹減らない?」
「減ってます」
 直樹は即答する。なにせ、昨日の昼にチリクラブを食べてから、何も食べていないのだ。
「なんか朝飯作るか」
 直樹は、キッチンへ向かおうとする近間の腰に触れた。
「近間さん、身体平気ですか?」
「んー、まあ違和感あるけど、痛くもないし大丈夫」
「無理させてすみません」
 心から謝ると、近間は直樹の額にキスをした。
「いいよ、気持ちよかったし」
「……っ。煽らないでください」
「は?」
「また押し倒したくなります」
 それを聞いた近間はいたずらっぽく笑うと、今度は唇にキスしてきた。
 これは絶対わざとだ。まったく、この人は。
 直樹は、近間の腕を掴んで引き寄せ、強く口づけた。
 唇の隙間から舌を入れ、舌をすり合わせると、脳が痺れるようだ。ちゅっ、ちゅっと音を立てて、紅茶の風味がするキスを繰り返す。
 もっと、深く。本能のままに舌を深く差し入れ、恋人の腰を抱きしめた直樹の額がぴしりと叩かれた。
「おしまい。飯にするぞ」
 近間は直樹から距離を取ると、でこぴんをした指で濡れた唇をぬぐった。
 だから、そういう仕草がエロいんだって。

 厚切りトーストにバターとカヤジャムをたっぷり塗ったカヤトーストに、トマトと春雨と卵のスープ。ローカルの市場で買ってきたという、トロピカル・フルーツのカスタード・アップル。
 シンガポールの朝だ。 
「近間さんの部屋って、シンプルですよね」
 アパートの備え付けであろう家具以外に、装飾品はほとんどなく、全体的にすっきりしている。
 本棚には雑誌や文庫本が並んでいるが、量は多くない。
「そうか?」
「飛行機の模型とか写真とか飾ってあったり、航空関係の雑誌が山積みになってるものかと」
「おまえ、パイロットと航空オタクを混同してないか?」
 近間はカヤトーストを齧りながら、呆れたように言う。
「あー、確かに」
「例えばだ。おまえ、自分の仕事好きだろう?」
「それは勿論」
 五和商事の社風は肌にあっているし、営業の仕事は楽しいしやりがいもある。
「おまえの部屋、五和商事の社章とか、本社ビルの模型とか、社長の写真とか飾ってるか?」
 想像して直樹は吹き出す。
 そんなサラリーマンはいないだろう。
「どんな社畜ですか、それ」
「それと一緒だよ」
「全然一緒じゃないと思います。それに、大使館の部屋は自衛隊関係のグッズでごちゃごちゃじゃないですか」
「あれは、代々の防衛駐在官が置いていったものと、シンガポール軍に貰った記念品だから、勝手に処分できないんだよ。それに、岩崎1佐が、ああいうのに囲まれて仕事するの好きなんだよな」
「自衛官って、整理整頓命!ってイメージありましたけどね」
「人によるよ」
 他愛もない会話をしながら、二人はカスタード・アップルの白い果肉にかぶりつく。
 アイスクリームのようにとろける濃厚な味が口の中に広がった。
「あ、美味いですね、このカスタード・アップル」
「これから季節だからな。うん、よく熟してる」
「近間さん、今日、どうします?」
 昨日は外でデートをしたから、今日は家でDVDなんかを見たりして、まったりしたい。
 そんなことを考えながら言った台詞は、「トレーニング」の一言でばっさり切り捨てられた。
「トレーニング?」
「うん。昨日さぼったから、今日はきっちりやる」
「具体的には」
「ジョギングして、ジムで筋トレ。余裕あったらプールも」
「近間さん、昨日の今日だし、安静にしてた方が」
「安静って。病人じゃねーし。セックスの翌日に筋トレできないようじゃこの先困るからな。鍛える」
 男らしい発言の中に含まれた「この先」という言葉に、直樹は嬉しくなる。
「俺も付き合います」
「ついてこれんの、ハードだよ、俺のトレーニング」
「元アメフト部なめないでください。あんたこそ、昨夜は先にへばったじゃないですか」
 途端に、近間は真っ赤になり、顔をそむけた。
「あれはっ、また別の体力だろ。大体、おまえがしつこいから……」
 照れる様子が可愛い。
 もごもごと言い訳する近間にキスをすると、南国の甘いフルーツの味がした。
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