戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

文字の大きさ
上 下
30 / 90

電話でしませんか?@エンポリウム・スイーツ

しおりを挟む
 年が明けて1月3日。
 長男の陽一郎一家は一足先に東京へ戻って行った。
 四男のたもつは彼女の市子いちこの実家に泊まりに行っていて、家には両親と近間と三男の行人ゆきとの4人きりだ。
 おしゃべりな女性陣2人とムードメーカーの保が去ると、近間家は一気に静けさを取り戻した。
 滞在4日目ともなればご馳走は出てこない。
 一汁三菜の夕食を終えて、一家は地酒を飲みながら麻雀に興じた。

 直樹のことを打ち明けてからも、家族の態度は全く変わらない。寧ろ自然に直樹の話題を出してくるくらいだ。
 そのことを、心から有り難く思う。
 
 夜9時になると、明日から店を開けるという両親が寝支度を始めたので、近間と行人もそれぞれ自室に引き上げた。
 直樹は今朝からバンコク出張で、昼頃にホテルにチェックインしたとワッツアップが来ていた。
 エンポリウム・スイーツという高級ホテルらしい。
 仕事仲間が撮ったものか、豪奢なロビーに立つ直樹の写真が添付されていた。気取ったポーズにカメラ目線だったので、思わず笑ってしまう。
 着いてそうそう繊維工場の視察と会議があると言っていたが、もうホテルに戻っているだろうか。

 ああ、でも接待受けたりしてんのかな。
 少し迷ったが、酒の勢いも手伝って電話をかけてみる。
 案の定繋がらない。6コール鳴らしてから、電話を切った。
 バンコクの接待って凄そうだよな。
 在タイ日本大使館の防衛駐在官も、夜のバンコクはうはうはだとか言ってたし。接待だと、直樹もそういう店行ったりすんのかな。
 考えているともやもやしてきて、布団の上で枕を抱きしめたとき、スマホが震えた。

「すみません、シャワー浴びてて」
 直樹の声が飛び込んでくる。
「どこのシャワー?」
「どこって、ホテル以外どこにシャワーがあるんですか?」
「ゴーゴーなんとかとか」
 ぼそりと言うと、電話の向こうで直樹が笑った。
「近間さん、酔ってます?」
「酔ってない。地酒は飲んだけど」
「それ、酔ってるって言うんですよ。あんた、日本酒弱いじゃないですか」
 直樹の声が心地よくて、近間は枕を抱きしめたまま布団の上に転がった。
 窓の外では、結晶の形が見えるほど大粒の雪がしんしんと降っているが、部屋はぬくぬくと暖かい。
「うん、じゃあ酔ってる」
「はは、素直ですね。ねえ近間さん、俺、あんたと付き合い始めてからは、仕事の付き合いでもそういう店は断ってますから。安心してください」
「客の心象悪くなったりしないのか」
「そんなことで機嫌損ねるような半端な仕事してませんから」
「すげえ自信」
 そこで会話が途切れた。  互いの息遣いがだけが聞こえる。
 目を閉じると、遠くにいる恋人がすぐそばにいるように錯覚する。
 恋をしたのが、電話がある時代で良かった。

「早く帰って来いよ」
「それはこっちの台詞です」
「だな」
 夜の家は声が響きやすい。くすくすと声を潜めて笑い合った。
「近間さん、今、なにしてます?」
「布団の中で、もうすぐ寝るところ」
「まだ10時ですよ」
「早寝早起きなんだよ」
「近間さん」
 直樹の声が甘やかで低いものに変わる。どくんと心臓が鳴った。
「なんだよ」
「電話でしませんか?」


「……っ、……ふうんっ」
「そう、良くなって来たでしょ? じゃあ、指、もう1本増やしてみましょうか」
「そんな、むりっ……」
「無理じゃないですよ。いつも俺の挿れてるんだから、1本じゃ足りないでしょ。……ほら、一度中指抜いて、人差し指と一緒に、ね」
 ひどいことを指示しているのに、イヤホンから流れる声は蕩けるように優しい。
 近間はワセリンを掬い取ると、二本の指をゆっくりと後孔に差し込んだ。
「……はっ、ん……あんっ」
「そう、上手ですね」
 姿は見えなくても、声だけで様子が分かるのだろう。
 直樹の低い囁きに脳が甘く痺れる。
 酒の力も相まってか、腸壁は熱くとろけていて、抜き差しする指に絡みついてくる。 
 まだ10分も経っていないだろうに、抽挿を繰り返す指がだるくなってきた。
 痛い思いをさせたくないからと、直樹はいつもしつこいくらい時間をかけて後ろをほぐしてくれる。
 あいつ、こんなだるいこと延々やってくれてたんだな。
 直樹の前戯を思い出すと、腰がずんと重くなった。

 自室の畳に敷いた布団の中で、近間は下半身だけ裸になって自慰に耽っていた。
 枕元には、ローション代わりに使っているワセリンとティッシュの箱。
 両親の部屋は階下だが、行人は隣の部屋だ。行人は麻雀の最中から結構酔っていたし、隣からは物音一つ聞こえないから、もう眠っているのだろう。
 念のためにと、声消しにつけたテレビはニューイヤーズコンサートの再放送を流している。 
 電話越しに同性で年下の恋人から意地悪な命令をされ、右手の指を自分の尻に突っ込んでいる。
 これ、親が見たら泣くな。
 冷静にそんなことを思えたのは、そこまでだった。

「じゃあ次は、前立腺触ってみましょうか」
 楽しそうな声がイヤホンから流れてくる。
 顔のすぐそばに置いたスマホの画面は、刻々と通話時間を刻んでいる。
「え」
「近間さんの好きなところ。もう、物足りなくなってるでしょう?」
 直樹の言う通りだ。
 指二本を咥え込んでいる中はきゅうきゅうと動いているが、まだ、刺激が足りない。気持ちよさより、もどかしさの方が勝っている。
 中を探るように、深さや向きを変えてみるが、見つけ出せない。
「……分かんないっ」
「俺の指の動き、思い出して」
 直樹の、指。
 節くれ立っていて、爪の先まで手入れされたあの長い指。
 目を閉じて、その指に中を掻き回されるところを想像する。
 背筋がぞくりと震えた。
「腹側の指半ばくらいの場所を探ってみてください。感触違うところがありますから」
 言われた通りに指先を動かすと、しこりのようなものに触れた。瞬間、腰が跳ねた。
「ふあっ!」
 少し触れただけなのに、電流のような快感が背筋を走り抜けた。
 張りつめていたペニスが、更に大きく膨らんだのが分かる。
「そう、そこ」
 よくできましたと直樹が褒める。
「今のいいとこ、もっと触ってみてください」
「……え、そんなの、むりっ」
 あんな強すぎる快感、ひとりでなんて耐えられない。
「どうして?」
「だって、……怖い。おまえがいないのに、おかしくなるの、嫌だ」
 急に心細くなって、ぼろぼろと涙が零れた。
 身体は更なる刺激を求めているのに、ひとりで快楽の海に溺れるのは怖い。
 海の向こうで、直樹がひゅっと息を呑むのが分かった。
「あー、もう! あんたって人は、本当に……」
「……なに?」
「可愛い」
 艶めいた恋人の声にぞくりとする。
「……馬鹿」
「うん。近間さんが好きすぎて馬鹿になりそうです。じゃあ、一緒にイきましょうか。それなら怖くないでしょ」
「ん」
「指、抜いていいですよ。左手じゃしごきにくいでしょ」
 抜いた指はふやけて白くなっていた。
 両手で触れたペニスは腹に付きそうなほど屹立して、先走りを垂らしている。
 亀頭を揉むと気持ちよさで頭がくらくらする。
「なおき、おまえも、勃ってんの?」
「近間さんのエロい声聞いてて、勃たないわけないでしょ。さっきから、ずっと、ぎんぎんですよっ……」
 声が荒いのは、直樹も自身のものを扱いているからだろう。
 その様子を想像するだけで達しそうだった。
「なあ、俺、もう……」
「俺もですよ。一緒にイきましょう……っ」
 数秒間、互いに無言で性器を強く扱く。
「……っ、近間さんっ」
 直樹が絶頂を迎える声を聞いた瞬間、近間も弾けた。
「……あ、直樹っ……はあっ!」
 まぶたの裏が、銀世界のように真っ白になった。


 夢も見ないほど深く眠って、朝6時にすっきり目覚めた。
 年始に飲み食いしすぎたので、今朝は距離を走ろうと決める。
 軽くシャワーを浴びてからジャージに着替え、台所で水を飲んでいると、行人が降りてきた。
「おはよう」
 気恥ずかしさを隠して挨拶をする。
「おはよう」
 答える行人は、パジャマ姿で髪を下ろしていて普段より子供っぽい。
 戸棚からコップを出し、水道水を注いでいる。
「眼鏡、ずれてるぞ」
 手を伸ばして、行人の眼鏡の位置を直してやる。まだ目が眠そうだ。
「ありがと」
「休みなんだから、まだ寝てろよ」
「ん、水飲んだらまた寝る」
「眠れなかったのか? 目赤いぞ」
「……誰のせいだと」
 行人が小声で呟いた。
 心なしか顔が赤い。
 一息に水を飲み乾すと、行人は近間の肩を叩いた。
「恵兄、もうちょっと声気をつけろよ」
「え」
「おやすみ」
 近間の返事を待たずに、行人は階段を上がっていく。
 思わずその場にしゃがみ込んだ。
「まじかよ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

花、拓く人

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:67

熱意を込めて話す

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

悲しみのバット

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

眠れる夏のスノーフレーク

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

花、留める人

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:57

ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

BL / 連載中 24h.ポイント:654pt お気に入り:69

ときめきざかりの妻たちへ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:60,912pt お気に入り:1,978

処理中です...