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5話 妹になりきって。

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時刻は、もう夕飯時を大きく過ぎていた。
屋敷の警備は厳重になされていたが、今の私は憎きエライザそのものだ。

ちょうど警備の兵が入れ替わった頃合いを見計らって、

「少し散歩に出ていたのよ」
「たしか、湯浴みに行かれたと聞いていたのですが」
「気が変わったの。悪い?」

それ以上詮索してこようものなら、処刑する。
そう言わんばかりの目で萎縮させ、

「い、いえ! お帰りなさいませ!」

堂々と屋敷へ戻った。

我が家の雰囲気に、気を休めている場合ではない。
今からここは敵の根城そのものだ。

少しでもしくじれば、明日はやってこない。まだ見ぬ幸せな明日は、泡と消える。
影に身を隠しながら、まず私が探ったのは、エライザの動向だ。

今の私は、彼女の姿をとっている。
ならば彼女と鉢合わせたり、同じ人にまったく別の場所で出くわすことがあってはならない。

先ほど警備隊が言っていた通り、エライザはこの時間、いつも長い湯浴みを行っている。

その行為は、自分磨きのためと思っていたが、最近になって真理にいたった。
彼女はそうして長く身を清めたあと、必ず父の寝屋へと向かうのだ。

後のことは、推して量れよう。
吐き気を催したくもなるが、これは好機といえばそうだった。

風呂場へと近づき控える侍女たちの声を伺う。

「いつもに増して機嫌がいいですね、エライザ様は」
「バレッタ様が嫁いで行くことに清々してるのかもね。お世辞にも仲が良かったとは言えなかったし。いつも、目の敵にしてたじゃない?」
「そうですねぇ……。私はバレッタ様の方が私たち目下の者にも細かく気を遣ってくれて、好きだったなぁ。
 エライザ様の長風呂のせいで、今日もこれから1時間以上はここで立ちっぱなしで待機だなんて、ほんと疲れちゃいます」

エライザの動向を掴むだけのつもりだったから、思いがけない高評価だった。

私のことを好いてくれる人もちゃんといた。それだけのことに、今は背中を押される。

エライザがいつも召している寝巻きの中から一着を拝借して、忍び足で湯屋を離れた。

残された時間は多いようで少ない。
人目から隠れながらの行動は、当然制限も伴う。

どうにか着替えを済ませた私が辛々たどり着いたのは、ひときわ立派な寝屋の前だ。

ここまで来れば、むしろ堂々とエライザになりきらなければいけない。

「あたしが出てくるまで、ここには誰も通さないでもらえる? どんな人も、よ」

警備隊にこう言いつけ、彼らが敬礼して答えるのを見てから、扉を三度叩いた。

「早かったじゃないか、エラ。そんなに、ワシが恋しかったか?」

奥から父が現れる。

やはり今日も、妹は父と一夜を明かす予定だったらしい。

ぞわり寒気がするが、私は笑顔のお面を貼り付ける。
その後ろでは、さまざまな感情が渦を巻いていたけれど、全て無用の長物だ。皮膚一枚、そこから先には絶対に出さない。

「えぇ、お父さま。今日はどうしても、早く会いたかったものですから」

はじまりだ。
素晴らしい明日を迎えるための大勝負に、私は打って出た。
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