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三章 古の対峙
70話 その男、弟子とともに尾行を開始する
しおりを挟む「こちらをどうぞ、先生。うちで昨夜焼いてきたパンです」
数日後、鳥たちが鳴きやみ、虫の音だけがかすかに響く深夜。
ほとんど人通りもない静かな宿屋街の一角で、俺はリーナとともに路地裏置いてあった酒樽の影にしゃがんで、身を潜めていた。
目的はもちろん、オレステ・オレンの行動追跡だ。
現状、その姿は昼頃に王都で目撃されているが、どうやってダンジョンに転移しているかは不明ときている。
リーナにはすべてを打ち明けていたこともあった。
そこで二人で相談した結果、気合を入れてその行動を一日見張ってみようということになったのだ。
すでに、この路地裏で過ごすこと数刻が過ぎていた。
「あぁ、それなら取って置いてくれ。今日は長引くかもしれないからね。俺も、ミモザさん――宿屋の方にはからってもらって、パンを持たせてもらったんだ」
「……なるほど、そうですか」
「あぁ。少し宿屋を直しただけなのに、ここまで手厚くしてもらえて、助かっているよ」
と言いながら、俺は鞄の中から、ミモザさんにもらった巾着袋をリーナの方へと見せる。
すると、なにを思ったかリーナはそれを素早く奪い取り、中に入っていたパンを一つ取り出してかじる。
「……なかなか美味しいのですね。いっそまずければよかったのですが」
「……おいおい。あの宿屋、建物がぼろい以外はなかなか優秀なんだよ」
「そうですか。では、先生がうちの家に移り住む日までに、うちの料理人には徹底的に指導をしておきます。先生が安心して、その宿を出られるように徹底的にサポートいたしますね」
……いや、なんで移り住む前提になってるんだ?
思わなくもなかったが、ここで下手に突っ込んで、リーナをヒートアップさせてしまったら、本来の目的であるオレステ・オレンの追跡に支障をきたすかもしれない。
一応、【視認阻害】魔術はかけているとはいえ、声まで制限することはできない。
それに、いくら言っても聞かない頑固者なのだ、リーナは。
俺がただ苦笑いをしていると、そこへ表通りに人影がよぎった。
俺もリーナもそれに気づいて、音を立てぬように二人、そちらを覗く。
すると、そこにいたのはフードを被った青年だ。
間違いなく、オレステ・オレンだ。
一見しただけだが、間違いない。
【鑑定】でわざわざ見るまでもなく纏っている魔力の量が人とは違うし、体格も立派で、背中に背負っている大きな布袋の先からはバトルアックスの持ち手が少しだけ覗いている。
あれだけの大ものを扱うのだから、ただものじゃない。
そして、怪しいことに、なにやらきょろきょろとなにもない道端を振り見ながら、ゆっくりと歩いているのだ。
「リーナ、一つ頼むよ」
作戦は事前に打ち合わせてあった。
俺が彼女にこう投げかけると、リーナは一つ首を縦に振り、表通りへ近場に転がっていた石を投げる。
これにオレステ・オレンが反応した。ぴたりと足を止めて、こちらを振り返る。
が、なにもないことを確認すると、きょろきょろと辺りを振り見はじめた。
その動きが止まっていた一瞬が好機だった。
俺は速記で術式を展開して、彼の斧に【位置測定】の魔術をしかける。
【探索】の応用的な技で、はじめから調べたい対象が分かっているときには、術式を変えることで仕掛けることができる。
この魔術は、術をかけた対象物と自分との距離感を、魔力量によって把握することができる。
物にしかかけられないのが欠点だが、距離が離れていても反応が出るため、追跡任務にはぴったりなのだ。
かつて千年前には、ストーカーなどが横行しないよう、使用制限もされていたっけ。
この身体に転生してきてからも、倫理面を考慮して基本的には使用しないようにしていたが、今はその使いどきだろう。
結局、なにもないと判断したらしい。
オレステ・オレンがそのまま立ち去って行ったのを確認してから、
「ありがとう。助かったよ。じゃあ、行こうか」
俺は、隣のリーナに礼を述べる。
それに対して彼女はなぜか、ぽっと頬を赤らめ、口元を覆う。
「先生と協力できた……。これがはじめての共同作業……」
……そのうえで本当に小さな囁くような声で呟かれたのは、なかなか言葉だった。
リーナにしてみればたぶん聞かれていないつもりなのだろう。
が、夜中の静寂のせいではっきり聞こえてしまった。
なんて恥ずかしいのだろう。というか、どうすればいいんだ、こういう時。
いや、最適解は分かる。なにも聞こえなかったふりを決め込めばいいのだ。
が、しかし。
「今度その魔術、私にもご指導ください。色々と使いたいので。って……先生?」
「あ、あぁ、そうだね、うん」
そんな玄人な対応は、俺にはできず、ついおどおどとしてしまった。
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