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本編
7.一緒に暮らすなら風呂は必須です
しおりを挟む俺の家にお泊まりしていったシルバーは、あれから頻繁に俺の家に遊びに来るようになった。日が暮れるとペルの実や狩ってきた魔獣をお土産に玄関をカリカリ引っ掻いて訪問を知らせ、そのまま晩御飯を一緒に食べる。
モフモフに癒されながら眠りにつき、朝は顔ペロの目覚ましで起こされる。そして朝食を食べたあと、俺が仕事に手を付けはじめると庭でゴロゴロ日向ぼっこしたり森に遊びに行ったりして、また日が暮れた頃にやってくる。そんなルーティンが出来上がってから俺はようやく違和感に気付いた。
……あれ、ていうかこれもう一緒に暮らしてね?もしかしてペルの実と魔獣はお土産じゃなくて家賃代わりだったりする?
玄関で足を拭くのもすっかり慣れたもので、帰ってくると入り口の前できちんとお座りして待っている。そして俺が濡らしたタオルを持ってくると、前足を自ら持ち上げて協力までしてくれる。
もうさ~~なんだよ、可愛すぎない?
うちの子賢すぎる。
うん、もういいよ。誰がなんと言おうとシルバーはもう、うちの子だ。シルバーにとってここが帰る家になってるなら俺は大歓迎なんだから。今日も今日とて、わしゃわしゃと抱きつきながらあるはずの無い母性を爆発させる。
さて、これから一緒に住むのが確定しているなら色々と環境を整えていかなくてはならない。
まずは部屋の片付けから始まり、これまで曖昧だった作業場と居住区の区切りをはっきりとさせて、シルバーの毛が舞っても問題ないようにした。寝床に関してはリビングの絨毯の上がお気に入りなようだが、せっかくならもっと寝心地がいい場所を用意してやりたいので、そのうちシルバー専用の大きなクッションを作ってやる予定だ。
あらかた準備が整ったので、これで心置きなく次のステップへ進める。それはもちろん、お風呂だ。庭でゴロゴロしたり森で狩りをしてくるシルバーは、それはもう汚れる。一応蒸しタオルで身体を拭ったり毛に絡みついた葉っぱなどはその都度取ってやったりしていたけど、そろそろ気温も上がってくることだし、ここらで一度洗わなければ家中悲惨なことになりそうだ。
本当はもっと早く入れたかったのだが、なかなか良いシャンプーが見つからなかったのと、シルバーのブラッシング用の大きなブラシがどこにも売ってなかった。それでも諦めきれなかった俺は辻馬車で片道2時間かかる王都へと足を運び、獣人御用達の店でようやく目当てのものを見つけたのだ。
獣人の尾にも使える低刺激なシャンプーに、大型長毛種の獣人専用ブラシ。少々値は張るが、その分人間用よりも大きく丈夫なのでこれならシルバーにも使えるだろうと即決した。
そんなわけで戦利品片手に帰宅した俺は、シルバーが帰ってくるのを今か今かと待っていた。
そして日が暮れて帰ってきたシルバーを笑顔で出迎えた瞬間、何かを感じ取ったのかいつもならお利口に前足を上げてお座りするのに、なかなか玄関に入ってこない。
「どうしたシルバー。ほらおいで、足拭いてやるから」
「ウウウウ……」
渋々といった態度でのっそりと玄関を跨いだシルバーは、警戒したように控えめに唸っている。やっぱ野生の勘は健在か。これから何か良くないことが起こると本能的に感じ取っているのかもしれない。これは一筋縄ではいかないかもしれないな、と内心げんなりする。
しかし問題を後回しにするわけにはいかないのだ。足を拭き終えて、いつものようにソファを目指して歩き出したシルバーの前に立ち塞がる。
「シルバー、お風呂入ろっか」
「ガゥ⁉︎」
シルバーの耳がピルル!っと立ってすぐさまくるりと方向転換した。させるか!とがっしり身体に抱きついて引き止める。体格差的に勝てるわけはないのだが、シルバーも俺相手にはそこまで乱暴な扱いはしないように気を付けてくれていることはもう分かってる。シルバーには悪いが今日はそこを突かせていただく。
「クゥゥゥゥン」
「そんな声出してもダメ!いい加減風呂に入らないと部屋中獣臭で商品がダメになっちまう。ここで一緒に暮らしていくなら風呂は必須だ!」
「ガゥワゥ!」
「いいからおいで!観念しろシルバー!」
珍しく吠えて抗議してくる程、風呂は嫌いらしい。仕方ない、こうなったら最後の手段だ。
「シルバー、風呂に入ったら俺の部屋に入っても良いよ」
シルバーがピクリと動きを止めた。
これまでシルバーは度々俺の部屋に入りたがっていたが、せめて一度風呂に入れるまではと立ち入り禁止を命じてきた。そのせいで就寝の為に部屋に戻ろうとすると、それまでご機嫌だった尻尾が悲しげに垂れ下がるので、毎回俺が折れてリビングで一緒に寝ている。とはいえ寝心地は最高なので実際のところ文句はないのだが、使えるものは使っていく。
「お前ずっと入りたがってただろ?風呂にさえ入ってくれればいつでも出入り自由だし、なんなら俺のベッドで一緒に寝てやるぞ?」
「クゥゥゥ……」
最後のひと押しが決まったのか、抵抗していた力を抜いてぺしょりと尾が垂れ下がった。
うーーん、かわいそ可愛い。そんなに一緒にベッドで寝たかったのかよ。
不覚にもキュンと来てしまった。
よし、そうと決まればシルバーの心が変わってしまう前にさっさと風呂に入ろう。
なるべくササっと終わらせてやらないとな。
明らかにテンションが下がったシルバーは、のっそのっそとついてくる。風呂場に着いても躊躇ったように中々脱衣所から浴室に入ってくれない。
「シルバーおいで。大丈夫、怖くないから」
暫くその場を動かず、じっとこちらを見てくるばかりのシルバーに焦れてもう一度呼べば、やっと重い腰を上げて近づいてきた。
結論から言うと、予想した通り一筋縄ではいかなかった。お湯から逃げて暴れまくるわ、泡だらけの状態でブルブルされるわで、ゲリラ豪雨に襲われた?と言わんばかりに俺も全身びしょ濡れになった。
お湯をかけると「どこの狼ですか」と言いたくなるほど細く別人になり、その姿に爆笑すれば笑われたことに拗ねて風呂の隅でいじけたり。それを宥めてシャワーをかければ尻尾で叩かれて手放したシャワーホースが暴れて頭からお湯を被ったり。
とにかく疲れた。
その一言に尽きる。
シルバーの身体をバスタオルで拭いてあらかた水分を飛ばしたら、一度俺も着替えて送風魔道具 (前世でいうドライヤー)で乾かしていく。
大きな音に一瞬驚いていたが、温風と共に全身を撫でられるのが気持ちよかったようで、そのうちウトウトと船を漕ぎ始めた。
「よし、こんなもんかな」
ふわっふわに生まれ変わった毛を今度はブラシで丁寧に梳いていく。ブラシを通すたびに毛が抜けていくが、もしかしてこれが換毛期ってやつか。これは毎日のブラッシングがが欠かせないなぁと嬉しい悩みが出来てしまった。
ドライヤーの時点で眠そうだったシルバーはブラッシングしているうちにうつ伏せになり、仕上げに入る頃にはすっかり寝息を立てていた。
こんもり出来上がった毛玉を片付けて、シルバーを起こさないよう隣に寝転ぶ。
首辺りに顔を埋め、思いっきり吸い込んだらシャンプーのいい匂いに包まれた。ブラッシングのおかげで元々綺麗だった毛並みは更に見違えて、部屋の明かりに照らされて艶々と光り輝くようだ。心なしか気品さが増した気がする。
……それにしてもよく寝てるなぁ。
夕飯もまだなんだが、この様子だと朝まで起きないかもなぁ。一緒に住み始めたばかりの頃は少しの物音でも警戒して浅い睡眠しか取ってなさそうだったのに、今ではこんなに熟睡するまでになってくれた。
それがシルバーからの信頼の証に思えて嬉しい。
まぁ今日は風呂騒動で俺も疲れてしまったし、そこまで腹が空いてるほどではないから夕飯を食いっぱぐれる分には別に良いんだけど。
「シルバー、部屋に行かなくていいのか?」
あんなに我慢して風呂を乗り越えたのに大丈夫なのかと念の為声をかけてみるが、やはり全然起きない。
今のうちに部屋に行ってしまえば、シルバーからのあざとい引き留めがないから久しぶりにベッドでゆっくり寝れるなぁと思わないでもないが……。
せっかく風呂に入るの頑張ってくれたのに、シルバーが寝てる隙に約束を違えるのはちょっと違うよなぁ。
「おやすみシルバー」
シルバーの隣に寝そべり身を寄せながら目を閉じれば、ふわふわの毛に身体が埋もれて心地よい眠りに誘われる。無意識なのか、それとも本当は起きていたのか、ふわりと尻尾に包まれた。薄目を開けてシルバーを見上げても、変わらず穏やかな寝息を立てるばかり。
……ほんと、あざと可愛いんだから。
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すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
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