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10.恋バナは突然に
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とんでもねえ美人がきたぞ。エイミーはおののいた。
これは妖精ではなかろうか。瞬きも忘れて見つめてしまう。
まつ毛がすんごい長いんですけどー。まつ毛に針が何本のりそうか計ってみる。二本、いや、三本はいけるんじゃね。
「…………というわけなんですの」
妖精がエイミーを潤んだ瞳でじっと見る。
「分かります。かわいいって罪ですよね」
妖精はキョトンとして首をかしげる。
「エイミー、落ち着きなさい。聞いていましたか?」
マヤがため息まじりに聞く。
「いえ、聞いていませんでした! まつ毛に針が三本のりそうだなと考えていました!」
「まあっ ホホホホホホ」
ほほう、これがコロコロと笑うってアレですね。かわいい人は笑い声までかわいいんですね。なんかいい匂いがする~。エイミーにはもはやまともな思考力は残っていなかった。
マヤが後ろからエイミーの肩をギュッと抑える。
「エイミー、復唱しなさい。このお方はエイデン第二王子殿下の婚約者、ファルエル・アリントン公爵令嬢です」
「エイデン殿下の婚約者のファルエル様。まあ……」
マヤが、よしっと肩を叩く。
「ファルエル様は、エイデン殿下を愛しておられる。しかし、エイデン殿下が聖女カーラ様と婚約するのではないかというウワサが出てきた」
「聖女カーラ様がエイデン殿下を奪おうと!? なんですと!」
(こんな愛らしい人を泣かせるようなヤツは地獄に落ちればいい)
「エイミー、心の声が全部漏れてる。落ち着きなさい」
「はっ、しまった」
エイミーは落ち着くために、紅茶を一気飲みする。
「分かりました。エイデン殿下と聖女カーラ様に最恐の呪いをかければいいんですね。やはり下ネタ系がいいでしょうか。下の毛が全部抜けてしまうなども可能です」
「いや、違うから」
マヤがまたエイミーの肩に手を置いた。
「アリントン公爵家に対抗する勢力が聖女カーラ様を焚きつけているのです。ロードメイン公爵が筆頭で動いております」
「なるほど」
エイミーはよく分からなかったけど、とりあえず頷いておく。かわいい女性には全力で同意したくなるではないか。
「ロードメイン公爵家は元々、ライアン第一王子殿下の派閥です。ですが、ライアン殿下の王位継承が危うくなってきたとたん、エイデン殿下の派閥を乗っ取ろうと画策し始めました」
「ははあ」
色んな名前が出てきて、エイミーはもうよく分からなくなっている。でも真面目な顔をして聞く。だってファルエル様に、この子バカなんじゃ、なんて思われたくないでしょー。
「聖女カーラ様は、ロードメイン公爵がどこからか見つけてこられた女性です。聖女カーラ様が、エイデン殿下と結婚されれば、ロードメイン公爵は大きな力を得ます」
「えーっと、アレですね。ロードメイン公爵と聖女カーラ様になにか呪いをかければいいってこと……?」
「正解。やるじゃないかエイミー」
マヤに褒められてエイミーはニコニコする。ヤマカンが当たった。
エイミーは張り切った。必死で色んな魔法陣の案を出す。既存の魔法陣は使いたくない。こんな完璧な美人の髪を切るのは、人間界への冒涜ではないか。
今までばっさり髪を切ってきた女性が聞いたら泣きそうなことを、エイミーは考えている。
エイミーはがむしゃらに取り組み、四つの魔法陣を最短記録で仕上げた。
エイミーの目は血走り、マヤはやや引いている。
◆◆◆
「陛下、わたくしに発言の機会をいただけますでしょうか」
「うむ」
「アリントン公爵の案である、治水事業は資金がかかりすぎます。民の税金はもっと有効に使うべきです。長年、オーベル川にはなんの問題もなかった。なぜ、今、莫大な資金を投入しなければならないのでしょう」
「アリントン公爵、そなたの意見はどうだ」
「はい、陛下。長年、問題がなかったからこそ、今のうちに堤防整備をするべきです。こちらの資料にまとめました通り、数百年に一度の割合で大洪水が発生しております。ひとたびオーベル川が氾濫すれば、数万人単位の民が亡くなり、農耕地は使い物にならなくなるでしょう」
「なるほど、一理あるのではないか。ロードメイン公爵、どうだ」
「そんなしゅ、資料、まったくもってしゅん、信憑性がありませんな。アリントン公爵はご自分のしょ、領地に利益をよー、誘導したいだけでげす」
「……ロードメイン公爵、どうしたのだ。疲れているのか? ……なぜ鼻をほじっている。不敬であろう。ワシに対してなにか思うところがあるようだな」
「いえ、みゃみゃみゃ、滅相もごじゃいません」
「もうよい、しばらく会議には出なくてよい」
「へへへへへ、陛下ー」
◆◆◆
「エイデン殿下、一緒に庭を散歩いたしましょう」
「カーラ、何度も言ったが、私はファルエルとの婚約を解消する気はない」
「まあ、そんな。エイデン殿下はまだ世間をご存知ないですもの。騙されていらっしゃるのですわ」
「少なくとも、ファルエルはそなたの悪口を言ったことはない」
「あら、いやですわ。それが手ではございませんか。ああいう、いい子ぶった女性がよくやることですわよ。性格が汚れてますのよ」
「私は幼い頃からファルエルを知っている。ファルエルは清らかな女性だ。そなたも少しは見習え」
「はあっ?」
「ファルエルはいつも良い匂いがする。私は密かにファルエルは花の妖精ではないかと疑っている。それに引き替えそなた……口を磨け。ドブ水のような匂いがするぞ」
「なななな、なんですってー」
◆◆◆
「殿下、先ほどのこと、本気でいらっしゃいますの?」
「ファルエル、聞いていたのか。ああ、私はそなたとの婚約を解消する気はない」
「殿下……」
「泣くな、ファルエル。すまなかった、不安にさせたのだな」
「いいえ、いいえ。わたくし、殿下を信じておりました」
「エル、私の妖精。私の愛しい人」
「殿下……」
「エル、昔のように、ディーンと呼んでくれないか」
「ディーン……お慕いしております。ずっと……」
「ああ、エル、私もだ。ずっとエルだけを見ていた」
◆◆◆
「グスッ ズビズビッ ううう、ファルエルざまあ、よがっだー」
「そうだな、よくやった。エイミー」
マヤは『重要な発言をすると必ず途中で噛んでしまう』『偉い人が話し始めると鼻の穴のきわが妙に痒くなる』『肉や野菜を食べると奥歯に挟まる』『歯磨き粉を絞ると必ず暴発する』の魔法陣を金庫にしまった。
これは妖精ではなかろうか。瞬きも忘れて見つめてしまう。
まつ毛がすんごい長いんですけどー。まつ毛に針が何本のりそうか計ってみる。二本、いや、三本はいけるんじゃね。
「…………というわけなんですの」
妖精がエイミーを潤んだ瞳でじっと見る。
「分かります。かわいいって罪ですよね」
妖精はキョトンとして首をかしげる。
「エイミー、落ち着きなさい。聞いていましたか?」
マヤがため息まじりに聞く。
「いえ、聞いていませんでした! まつ毛に針が三本のりそうだなと考えていました!」
「まあっ ホホホホホホ」
ほほう、これがコロコロと笑うってアレですね。かわいい人は笑い声までかわいいんですね。なんかいい匂いがする~。エイミーにはもはやまともな思考力は残っていなかった。
マヤが後ろからエイミーの肩をギュッと抑える。
「エイミー、復唱しなさい。このお方はエイデン第二王子殿下の婚約者、ファルエル・アリントン公爵令嬢です」
「エイデン殿下の婚約者のファルエル様。まあ……」
マヤが、よしっと肩を叩く。
「ファルエル様は、エイデン殿下を愛しておられる。しかし、エイデン殿下が聖女カーラ様と婚約するのではないかというウワサが出てきた」
「聖女カーラ様がエイデン殿下を奪おうと!? なんですと!」
(こんな愛らしい人を泣かせるようなヤツは地獄に落ちればいい)
「エイミー、心の声が全部漏れてる。落ち着きなさい」
「はっ、しまった」
エイミーは落ち着くために、紅茶を一気飲みする。
「分かりました。エイデン殿下と聖女カーラ様に最恐の呪いをかければいいんですね。やはり下ネタ系がいいでしょうか。下の毛が全部抜けてしまうなども可能です」
「いや、違うから」
マヤがまたエイミーの肩に手を置いた。
「アリントン公爵家に対抗する勢力が聖女カーラ様を焚きつけているのです。ロードメイン公爵が筆頭で動いております」
「なるほど」
エイミーはよく分からなかったけど、とりあえず頷いておく。かわいい女性には全力で同意したくなるではないか。
「ロードメイン公爵家は元々、ライアン第一王子殿下の派閥です。ですが、ライアン殿下の王位継承が危うくなってきたとたん、エイデン殿下の派閥を乗っ取ろうと画策し始めました」
「ははあ」
色んな名前が出てきて、エイミーはもうよく分からなくなっている。でも真面目な顔をして聞く。だってファルエル様に、この子バカなんじゃ、なんて思われたくないでしょー。
「聖女カーラ様は、ロードメイン公爵がどこからか見つけてこられた女性です。聖女カーラ様が、エイデン殿下と結婚されれば、ロードメイン公爵は大きな力を得ます」
「えーっと、アレですね。ロードメイン公爵と聖女カーラ様になにか呪いをかければいいってこと……?」
「正解。やるじゃないかエイミー」
マヤに褒められてエイミーはニコニコする。ヤマカンが当たった。
エイミーは張り切った。必死で色んな魔法陣の案を出す。既存の魔法陣は使いたくない。こんな完璧な美人の髪を切るのは、人間界への冒涜ではないか。
今までばっさり髪を切ってきた女性が聞いたら泣きそうなことを、エイミーは考えている。
エイミーはがむしゃらに取り組み、四つの魔法陣を最短記録で仕上げた。
エイミーの目は血走り、マヤはやや引いている。
◆◆◆
「陛下、わたくしに発言の機会をいただけますでしょうか」
「うむ」
「アリントン公爵の案である、治水事業は資金がかかりすぎます。民の税金はもっと有効に使うべきです。長年、オーベル川にはなんの問題もなかった。なぜ、今、莫大な資金を投入しなければならないのでしょう」
「アリントン公爵、そなたの意見はどうだ」
「はい、陛下。長年、問題がなかったからこそ、今のうちに堤防整備をするべきです。こちらの資料にまとめました通り、数百年に一度の割合で大洪水が発生しております。ひとたびオーベル川が氾濫すれば、数万人単位の民が亡くなり、農耕地は使い物にならなくなるでしょう」
「なるほど、一理あるのではないか。ロードメイン公爵、どうだ」
「そんなしゅ、資料、まったくもってしゅん、信憑性がありませんな。アリントン公爵はご自分のしょ、領地に利益をよー、誘導したいだけでげす」
「……ロードメイン公爵、どうしたのだ。疲れているのか? ……なぜ鼻をほじっている。不敬であろう。ワシに対してなにか思うところがあるようだな」
「いえ、みゃみゃみゃ、滅相もごじゃいません」
「もうよい、しばらく会議には出なくてよい」
「へへへへへ、陛下ー」
◆◆◆
「エイデン殿下、一緒に庭を散歩いたしましょう」
「カーラ、何度も言ったが、私はファルエルとの婚約を解消する気はない」
「まあ、そんな。エイデン殿下はまだ世間をご存知ないですもの。騙されていらっしゃるのですわ」
「少なくとも、ファルエルはそなたの悪口を言ったことはない」
「あら、いやですわ。それが手ではございませんか。ああいう、いい子ぶった女性がよくやることですわよ。性格が汚れてますのよ」
「私は幼い頃からファルエルを知っている。ファルエルは清らかな女性だ。そなたも少しは見習え」
「はあっ?」
「ファルエルはいつも良い匂いがする。私は密かにファルエルは花の妖精ではないかと疑っている。それに引き替えそなた……口を磨け。ドブ水のような匂いがするぞ」
「なななな、なんですってー」
◆◆◆
「殿下、先ほどのこと、本気でいらっしゃいますの?」
「ファルエル、聞いていたのか。ああ、私はそなたとの婚約を解消する気はない」
「殿下……」
「泣くな、ファルエル。すまなかった、不安にさせたのだな」
「いいえ、いいえ。わたくし、殿下を信じておりました」
「エル、私の妖精。私の愛しい人」
「殿下……」
「エル、昔のように、ディーンと呼んでくれないか」
「ディーン……お慕いしております。ずっと……」
「ああ、エル、私もだ。ずっとエルだけを見ていた」
◆◆◆
「グスッ ズビズビッ ううう、ファルエルざまあ、よがっだー」
「そうだな、よくやった。エイミー」
マヤは『重要な発言をすると必ず途中で噛んでしまう』『偉い人が話し始めると鼻の穴のきわが妙に痒くなる』『肉や野菜を食べると奥歯に挟まる』『歯磨き粉を絞ると必ず暴発する』の魔法陣を金庫にしまった。
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