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16.触れるな危険
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「ちょいとテルマさん、聞いてちょうだいな」
「なんだい」
服屋の店員が仏頂面でテルマの家に入ってきた。
「うちの服屋に店長の甥っ子が副店長として来たんだけどさあ。そいつが最悪なのよ」
「そうなのかい」
「まずさ、来た日に自己紹介するじゃない? 店員と裁縫職人にさあ、年齢言わさせんの。でさあ、二十代の女の子の名前だけ覚えんだよ。残りは全員おばさんって呼ぶの。どう、これ。クソ野郎だろう?」
「クソ野郎だね、間違いない」
テルマが呆れた顔で首を振る。
「そいつ仕事のこと何ひとつ分かってないんだよ。でもえっらそうにしやがんのよ。まあ、それだけならよくある話だから、我慢するけどさ。そいつ、若い子を舐めますような目で見るんだよ。女の子たちイヤがっちゃって」
「そりゃそうだろうね」
「隙あらば、ふたりきりになろうとすんのよ。だから、今は若い子は絶対ひとりで行動しないようにさせてんのよ。若い子とおばさんで組ませてんの」
「それがいいよ。若い子は守ってやんないと」
テルマは魔法陣を山ほど積んで調べ始める。
「そうすっとさあ、そいつ、おばさん倉庫からアレ取って来てって言うんだよね。まあ、魂胆丸わかりだから、のらりくらり交わすんだけどさあ。このままだと若い子みんな辞めちゃうんじゃないかって」
「よし、これだ」
テルマは魔法陣を広げた。
『嫌味なことを言おうとするとくしゃみが止まらなくなる。それでも無理に言おうとすると青っぱなが出て大事な書類や衣装にくっつく』
ふたりは顔を見合わせてニヤリと笑う。
◆◆◆
「おい、おばさん。何ノロノロしてんだよ。さっさと新しい布取って来いよ。たく、ほん……ぶえーっくしょいっ」
「…………」
「ああ、おばさん何ニヤついてんだよ、ふわ…はぶしゅっ…はぶっ……ズビィー」
「副店長、鼻水が男爵夫人の注文衣装につきました。店長に報告します」
「あ、待てっ、ババア……はびっ……ぶえーっくしゅ」
「副店長、契約書に青っぱながつきました。店長に報告します」
「はあ……まったく。姉さんの顔をたてて雇ってやったのに、お前……。なんてことをしてくれたんだ。もう帰れ。クビだ」
「やったーーーー、クソが。二度と戻ってくんな。変態ドアホ野郎!」
「塩まけ、しおー」
「みんな……悪かった。今月の給料、上乗せしておくから……」
◆◆◆
「最初は気のせいかなって思ったんです」
「はい」
「でもやっぱり触られてるんじゃないかって」
「え」
エイミーが驚いて目を見張る。
「主任が私の後ろ通るたびに、私のお尻をさーって撫でていくんです」
「ええっ」
「でも他の誰も見てないし……。すごく軽い感じで触るから、当たっただけって言われたらそれまでだなって。主任だから、逆らったらクビになりそうで……」
アネッタはシクシク泣き出した。
「ぶん殴りてえ」
マヤが指をポキポキ言わす。
「あのーお仕事ってどんな感じですか?」
「はい、建築関連です。私と主任は設計図などの書類を整理して、管理する仕事をしてます」
エイミーはしばらく虚空を見つめてブツブツつぶやいたあと、魔法陣を取り出した。
『なくても問題ないけど、ないとちょっと不便なものを失くしたり忘れたりするけど、後で必ず見つかる』
◆◆◆
「ひっ……。あ、主任。どうされました?」
「アネッタ、中央神殿の二年前の補修工事の資料、どこにあるか知らない?」
「はい、神殿関連はまとめて、教会・神殿の棚に並べてます。日付順で並べてます。目録も棚の一番上に置いてますので、それを見ていただければ分かると思いますけど」
「そうか、もう一度探してみる。ありがとう」
主任はアネッタの髪をさらっと触ると、書庫に向かった。
「アネッタ、見つかったよ。さっき探したときはなかったんだけどね」
主任はアネッタの肩をポンと叩くと、その手を二の腕まで滑らせ数回もんだ。
「君、少し薄着じゃないか。私の上着を貸そう」
「いえ、そんな、結構です」
「遠慮しなくていい。今日は肌寒いからね。風邪をひくといけない」
主任は上着を脱ぐと、アネッタの肩に羽織らせる。アネッタの髪を上着の外に引き出し、首筋を手の甲でスルリと撫でた。
「リヒター主任、中央神殿の資料は見つかったのか? 急いでいるのだが」
「あ、部長。はい、ありました」
「リヒター主任、最近こういうことが続いているな。注意不足ではないか。二度手間になるから、今後は資料の管理は全てアネッタに任せることにする」
「え?」
「アネッタ、明日から秘書のレニーの隣の席に移動しなさい。私の部屋の近くだから安心だろう」
部長は探るような目で主任を見ると、資料を持って部屋から出ていった。
◆◆◆
「レナ、どうしたの? なんだか声が少し震えてるけど」
「さっき、街で通りすがりの男にお尻叩かれたの……」
「……護衛は何をしていたんだ」
「そのとき、道で倒れたおばあさんがいて、護衛の人が助けてあげてたの。私、聖女ってバレないように町民の格好してたの……」
「護衛の人数を増やそう。男の行方は王家の威信をかけて見つけ出す。腕を切り落として王都から追放する。それでレナの気がすむだろうか?」
「いや、そこまでしなくていいから。厳重注意で十分だから! たまたま当たっただけかもしれないから」
「いや、僕もまだ触れたことのないレナの聖域を、そのような汚れた男が叩いたなど……。許しがたい。聖女と王家への冒涜だ。謀反の意ありとして処刑でもいいくらいだよ」
「ええっ、ティム、落ち着いて。私のお尻、それほどの価値ないから、ね。なんなら今触ってくれてもいいから、ね」
「…………」
「なんだい」
服屋の店員が仏頂面でテルマの家に入ってきた。
「うちの服屋に店長の甥っ子が副店長として来たんだけどさあ。そいつが最悪なのよ」
「そうなのかい」
「まずさ、来た日に自己紹介するじゃない? 店員と裁縫職人にさあ、年齢言わさせんの。でさあ、二十代の女の子の名前だけ覚えんだよ。残りは全員おばさんって呼ぶの。どう、これ。クソ野郎だろう?」
「クソ野郎だね、間違いない」
テルマが呆れた顔で首を振る。
「そいつ仕事のこと何ひとつ分かってないんだよ。でもえっらそうにしやがんのよ。まあ、それだけならよくある話だから、我慢するけどさ。そいつ、若い子を舐めますような目で見るんだよ。女の子たちイヤがっちゃって」
「そりゃそうだろうね」
「隙あらば、ふたりきりになろうとすんのよ。だから、今は若い子は絶対ひとりで行動しないようにさせてんのよ。若い子とおばさんで組ませてんの」
「それがいいよ。若い子は守ってやんないと」
テルマは魔法陣を山ほど積んで調べ始める。
「そうすっとさあ、そいつ、おばさん倉庫からアレ取って来てって言うんだよね。まあ、魂胆丸わかりだから、のらりくらり交わすんだけどさあ。このままだと若い子みんな辞めちゃうんじゃないかって」
「よし、これだ」
テルマは魔法陣を広げた。
『嫌味なことを言おうとするとくしゃみが止まらなくなる。それでも無理に言おうとすると青っぱなが出て大事な書類や衣装にくっつく』
ふたりは顔を見合わせてニヤリと笑う。
◆◆◆
「おい、おばさん。何ノロノロしてんだよ。さっさと新しい布取って来いよ。たく、ほん……ぶえーっくしょいっ」
「…………」
「ああ、おばさん何ニヤついてんだよ、ふわ…はぶしゅっ…はぶっ……ズビィー」
「副店長、鼻水が男爵夫人の注文衣装につきました。店長に報告します」
「あ、待てっ、ババア……はびっ……ぶえーっくしゅ」
「副店長、契約書に青っぱながつきました。店長に報告します」
「はあ……まったく。姉さんの顔をたてて雇ってやったのに、お前……。なんてことをしてくれたんだ。もう帰れ。クビだ」
「やったーーーー、クソが。二度と戻ってくんな。変態ドアホ野郎!」
「塩まけ、しおー」
「みんな……悪かった。今月の給料、上乗せしておくから……」
◆◆◆
「最初は気のせいかなって思ったんです」
「はい」
「でもやっぱり触られてるんじゃないかって」
「え」
エイミーが驚いて目を見張る。
「主任が私の後ろ通るたびに、私のお尻をさーって撫でていくんです」
「ええっ」
「でも他の誰も見てないし……。すごく軽い感じで触るから、当たっただけって言われたらそれまでだなって。主任だから、逆らったらクビになりそうで……」
アネッタはシクシク泣き出した。
「ぶん殴りてえ」
マヤが指をポキポキ言わす。
「あのーお仕事ってどんな感じですか?」
「はい、建築関連です。私と主任は設計図などの書類を整理して、管理する仕事をしてます」
エイミーはしばらく虚空を見つめてブツブツつぶやいたあと、魔法陣を取り出した。
『なくても問題ないけど、ないとちょっと不便なものを失くしたり忘れたりするけど、後で必ず見つかる』
◆◆◆
「ひっ……。あ、主任。どうされました?」
「アネッタ、中央神殿の二年前の補修工事の資料、どこにあるか知らない?」
「はい、神殿関連はまとめて、教会・神殿の棚に並べてます。日付順で並べてます。目録も棚の一番上に置いてますので、それを見ていただければ分かると思いますけど」
「そうか、もう一度探してみる。ありがとう」
主任はアネッタの髪をさらっと触ると、書庫に向かった。
「アネッタ、見つかったよ。さっき探したときはなかったんだけどね」
主任はアネッタの肩をポンと叩くと、その手を二の腕まで滑らせ数回もんだ。
「君、少し薄着じゃないか。私の上着を貸そう」
「いえ、そんな、結構です」
「遠慮しなくていい。今日は肌寒いからね。風邪をひくといけない」
主任は上着を脱ぐと、アネッタの肩に羽織らせる。アネッタの髪を上着の外に引き出し、首筋を手の甲でスルリと撫でた。
「リヒター主任、中央神殿の資料は見つかったのか? 急いでいるのだが」
「あ、部長。はい、ありました」
「リヒター主任、最近こういうことが続いているな。注意不足ではないか。二度手間になるから、今後は資料の管理は全てアネッタに任せることにする」
「え?」
「アネッタ、明日から秘書のレニーの隣の席に移動しなさい。私の部屋の近くだから安心だろう」
部長は探るような目で主任を見ると、資料を持って部屋から出ていった。
◆◆◆
「レナ、どうしたの? なんだか声が少し震えてるけど」
「さっき、街で通りすがりの男にお尻叩かれたの……」
「……護衛は何をしていたんだ」
「そのとき、道で倒れたおばあさんがいて、護衛の人が助けてあげてたの。私、聖女ってバレないように町民の格好してたの……」
「護衛の人数を増やそう。男の行方は王家の威信をかけて見つけ出す。腕を切り落として王都から追放する。それでレナの気がすむだろうか?」
「いや、そこまでしなくていいから。厳重注意で十分だから! たまたま当たっただけかもしれないから」
「いや、僕もまだ触れたことのないレナの聖域を、そのような汚れた男が叩いたなど……。許しがたい。聖女と王家への冒涜だ。謀反の意ありとして処刑でもいいくらいだよ」
「ええっ、ティム、落ち着いて。私のお尻、それほどの価値ないから、ね。なんなら今触ってくれてもいいから、ね」
「…………」
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