20 / 22
20.寝させてくれ
しおりを挟む三人の女性がエイミーの前で嘆いている。
「うちの夫、イビキがすごくて」
「うちは歯ぎしり。ギリギリギリギリってすごい音よ」
「うちは寝返りが激しいの。私しょっちゅうベッドから押し出されて落ちるの」
エイミーはひとり寝の経験しかないので、少しだけうらやましい。
「別の寝室で寝ればいいじゃないですか?」
「その通りです」
「それができればどんなにいいか……」
女性たちが顔を見合わせる。
「ダメなの?」
「子どもが産まれたあとならいいけれど、ねぇ」
「そうそう。うちもまだ子どもいないから、ちょっとねぇ」
「使用人にウワサされて、あの夫婦は別室で寝てるって他家に知られると、ねぇ」
「そうですか」
貴族ってめんどくさいなぁ、エイミーは思った。
「イビキって太ると出やすいって聞いたことあるから、痩せさせればいいのでは?」
エイミーが提案すると、女性が考え込む。
「確かに、最近なんだか太ってきたような気がするわ、あの人」
「やっぱり」
「うちの人、噛まずにささーっと食べられるものが好きなの。仕事が忙しいから、食事に時間をかけられないって」
エイミーは腑に落ちた。
「それですよ。よく噛まないと太りますよ。噛まないとお腹いっぱいになった気がしないから、つい食べすぎちゃうんです。平民はとにかくよく噛むの。少ない量で食べた気にするには、硬めのごはんをよく噛まなきゃ」
エイミーは『どんなに気をつけても食事中に必ず一度喉に詰まらせる呪い』の魔法陣を出した。
「これから食事内容を、噛みごたえのあるものに変えてください。そして量は少なく。よく噛まないと危ないって思わせてください」
「ありがとう。お礼は髪の毛とお金でいいのよね?」
「うーん、髪の毛は最近余ってるぐらいだから、ひとふさだけでいいです。何か代々伝わる魔法陣とか、お守りがあったら今度見せてください。お返ししますんで」
「分かったわ。探してみるわね」
「歯ぎしりの旦那さんにはこの魔法陣がいいと思います」
『朝起きると、枕が抜け毛まみれになってる呪い』
三人が一斉に首をかしげる。
「髪が抜けると歯ぎしりが止まるの?」
「いえ、止まりません。肩が凝ってたり、体が緊張していると歯ぎしりしやすいって聞きます。だから、旦那さんには運動してもらわないと」
「はあ」
「歯ぎしりなおしてほしいから、運動してって言っても、多分旦那さんやってくれないんじゃないかなって。だって、旦那さんは自分の歯ぎしりで困ってないでしょう?」
女性がハッとしてエイミーを見つめる。
「本当だわ。その通りよ。わたくしが何度訴えても、そんな訳ないって聞き流されたわ」
「歯ぎしりの厄介なのはそこなんですよ。本人に自覚がないの。だから、別の分かりやすい問題を作ってあげればいいんです。抜け毛って男の人は気にするでしょう?」
「素晴らしい目のつけどころだわ。そうね、抜け毛のためって言えば、猛烈に運動すると思うわ。ありがとう、エイミーさん」
女性は喜んでエイミーの手を握ってブンブン振る。
「寝返りが激しい旦那さんにはこれです」
『寝返りを打つと必ず寝違える』
「でも効くかどうか微妙です……」
「そうね」
「効かなかったら、もうひとつ小さなベッドを買ってはどうですか? ふたり用のベッドの横に、少し隙間あけて小さいベッド置けばいいと思います。奥さんはそっちで寝ればもう落ちないですよね」
「まあ、それとってもいい案だわ。それならなんとでも言い訳できますものね。夜中にお手洗いに度々行くから、夫を起こしたくなくて、とか言えばいいのよね。助かるわ。ありがとう、エイミーさん」
女性たちは皆明るい笑顔を浮かべた。
◆◆◆
「むぐむぐ……グッ、うううう……ゴホッゴホッゴホッ」
「あなた、ひと口につき三十回噛んでくださいって、何度も申し上げたでしょう」
「あ、ああ、そうだった。ついクセで」
「しっかり噛まないと、死にますわよ」
「あ、ああ、そうだな。気をつける」
「あなたには元気で長生きしていただきたいですから。ね」
「あ、ああ。そうだな。お前もな」
「はい。ふふふ」
◆◆◆
「わーーーー」
「な、なんですの、なにごとですか?」
「わーーーーー」
「まあ……すごい抜け毛……」
「わああああああああ」
「あなた、抜け毛には運動がいいんですって。一緒に乗馬しましょうよ」
「する」
「はい」
◆◆◆
ゴロンゴロン
「イテッ」
ゴロンゴロン
「イテテッ」
ゴロ……ガッ……
「……器用な人ねぇ。ベッドの隙間で寝てるわ……」
◆◆◆
「ティムって寝相いいの?」
「なんだい、急に?」
「さっきね、ベッドから落ちてアザできたーって子どもが言ってたから」
「ああ、なるほど。僕は寝相はいいと思うけど、分からないなあ」
「そっか」
「レナは寝相いいの?」
「えー分かんないけど。……一緒に寝て確かめてみる?」
「えっ? えっと……それは。すごく心惹かれるけど……。レナ、日を改めてきちんとプロポーズさせてくれないかい? やはり順序は守りたい」
「うん」
「レナに催促させるみたいになって、ごめんね。すごく嬉しい」
「うん。楽しみにしてるね」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
335
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる