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20.寝させてくれ

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 三人の女性がエイミーの前で嘆いている。

「うちの夫、イビキがすごくて」
「うちは歯ぎしり。ギリギリギリギリってすごい音よ」
「うちは寝返りが激しいの。私しょっちゅうベッドから押し出されて落ちるの」


 エイミーはひとり寝の経験しかないので、少しだけうらやましい。

「別の寝室で寝ればいいじゃないですか?」

「その通りです」
「それができればどんなにいいか……」

 女性たちが顔を見合わせる。


「ダメなの?」

「子どもが産まれたあとならいいけれど、ねぇ」
「そうそう。うちもまだ子どもいないから、ちょっとねぇ」
「使用人にウワサされて、あの夫婦は別室で寝てるって他家に知られると、ねぇ」

「そうですか」

 貴族ってめんどくさいなぁ、エイミーは思った。


「イビキって太ると出やすいって聞いたことあるから、痩せさせればいいのでは?」

 エイミーが提案すると、女性が考え込む。

「確かに、最近なんだか太ってきたような気がするわ、あの人」
「やっぱり」

「うちの人、噛まずにささーっと食べられるものが好きなの。仕事が忙しいから、食事に時間をかけられないって」

 エイミーは腑に落ちた。

「それですよ。よく噛まないと太りますよ。噛まないとお腹いっぱいになった気がしないから、つい食べすぎちゃうんです。平民はとにかくよく噛むの。少ない量で食べた気にするには、硬めのごはんをよく噛まなきゃ」

 エイミーは『どんなに気をつけても食事中に必ず一度喉に詰まらせる呪い』の魔法陣を出した。

「これから食事内容を、噛みごたえのあるものに変えてください。そして量は少なく。よく噛まないと危ないって思わせてください」

「ありがとう。お礼は髪の毛とお金でいいのよね?」

「うーん、髪の毛は最近余ってるぐらいだから、ひとふさだけでいいです。何か代々伝わる魔法陣とか、お守りがあったら今度見せてください。お返ししますんで」

「分かったわ。探してみるわね」


「歯ぎしりの旦那さんにはこの魔法陣がいいと思います」

『朝起きると、枕が抜け毛まみれになってる呪い』

 三人が一斉に首をかしげる。

「髪が抜けると歯ぎしりが止まるの?」

「いえ、止まりません。肩が凝ってたり、体が緊張していると歯ぎしりしやすいって聞きます。だから、旦那さんには運動してもらわないと」

「はあ」

「歯ぎしりなおしてほしいから、運動してって言っても、多分旦那さんやってくれないんじゃないかなって。だって、旦那さんは自分の歯ぎしりで困ってないでしょう?」

 女性がハッとしてエイミーを見つめる。


「本当だわ。その通りよ。わたくしが何度訴えても、そんな訳ないって聞き流されたわ」

「歯ぎしりの厄介なのはそこなんですよ。本人に自覚がないの。だから、別の分かりやすい問題を作ってあげればいいんです。抜け毛って男の人は気にするでしょう?」

「素晴らしい目のつけどころだわ。そうね、抜け毛のためって言えば、猛烈に運動すると思うわ。ありがとう、エイミーさん」

 女性は喜んでエイミーの手を握ってブンブン振る。


「寝返りが激しい旦那さんにはこれです」

『寝返りを打つと必ず寝違える』

「でも効くかどうか微妙です……」
「そうね」

「効かなかったら、もうひとつ小さなベッドを買ってはどうですか? ふたり用のベッドの横に、少し隙間あけて小さいベッド置けばいいと思います。奥さんはそっちで寝ればもう落ちないですよね」

「まあ、それとってもいい案だわ。それならなんとでも言い訳できますものね。夜中にお手洗いに度々行くから、夫を起こしたくなくて、とか言えばいいのよね。助かるわ。ありがとう、エイミーさん」

 女性たちは皆明るい笑顔を浮かべた。


◆◆◆

「むぐむぐ……グッ、うううう……ゴホッゴホッゴホッ」

「あなた、ひと口につき三十回噛んでくださいって、何度も申し上げたでしょう」
「あ、ああ、そうだった。ついクセで」

「しっかり噛まないと、死にますわよ」
「あ、ああ、そうだな。気をつける」

「あなたには元気で長生きしていただきたいですから。ね」
「あ、ああ。そうだな。お前もな」
「はい。ふふふ」

◆◆◆

「わーーーー」
「な、なんですの、なにごとですか?」

「わーーーーー」
「まあ……すごい抜け毛……」

「わああああああああ」
「あなた、抜け毛には運動がいいんですって。一緒に乗馬しましょうよ」

「する」
「はい」

◆◆◆

 ゴロンゴロン

「イテッ」

 ゴロンゴロン

「イテテッ」

 ゴロ……ガッ……

「……器用な人ねぇ。ベッドの隙間で寝てるわ……」

◆◆◆

「ティムって寝相いいの?」
「なんだい、急に?」

「さっきね、ベッドから落ちてアザできたーって子どもが言ってたから」

「ああ、なるほど。僕は寝相はいいと思うけど、分からないなあ」
「そっか」

「レナは寝相いいの?」
「えー分かんないけど。……一緒に寝て確かめてみる?」

「えっ? えっと……それは。すごく心惹かれるけど……。レナ、日を改めてきちんとプロポーズさせてくれないかい? やはり順序は守りたい」

「うん」

「レナに催促させるみたいになって、ごめんね。すごく嬉しい」

「うん。楽しみにしてるね」



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