151 / 192
150 妹は冷たくも尊い
しおりを挟む「そんなもの。隠密部隊を配して、さっさとやつらをひそかに捕えてしまえばいいだろう」
「……お兄様はちょっと黙っていてくださる?」
あまりにも軽く言い捨てる兄に、グステルの頬はぴくぴくと痙攣。
冷たく睨まれたフリードは、「それより……」と、妹にかまわれようとした次の言葉が封じられ、沈黙。これには兄は心のなかで落胆。
愛情表現に不慣れな強面はそのままふてくされ、恨めしさのあまり妹を睨み返したような表情となる。その顔を見たグステルも、警戒感が露わ。ピシャリと冷気のただよう兄妹たち。──に、そばに座っているヘルムートはハラハラした。
彼はシスコン経験者として、なんとなくフリードの不器用さを察し、気の毒に思った。
しかし青年のそんな心配も知らず、不器用な兄は不満全開で妹を睨む。
「……なぜだ? 悪党は捕えろ。処刑できぬなら幽閉だ。叔母も手下も獄につなげ」
手下、とは、おそらくエルシャのこと。
フリードはあくまでも尊大に言いはなつが、やはりそこはグステルが厳しい。
彼の妹は、瞳に呆れを滲ませながら、こんこんと説く。
「お兄様……それはあまりにも脳筋なる暴論です。それで、王太子と仲良くしていた公爵令嬢が急に消えて、騒ぎにならないとお思いですか? 殿下自らお救いになったと思われておいでの令嬢ですよ? まちがいなく国家が動きます。それが捜索のあげく、メントライン家に娘が幽閉されているとなったら、当家はどうなります? それこそ対処の難しい事態に発展します」
しかし、妹に“脳筋”と称されてもなんとも思わなかったらしい兄は、けろりとしている。
「見つからなければいいではないか」
「……お兄様は……ちょっと国家権力を甘く見過ぎかと」
グステルは呆れた。
国が王権を掲げて本気で捜索しにきたら、王国の臣下たる公爵家が、どうこばむというのだ。
公爵たる父が健在ならまだしも、病に倒れた彼の代理はこの何かとおおざっぱな兄。
グステルは、なんだか頭が痛くなってきた。
現状もそうだが……この嫡男が、いずれ大勢の領民を抱えるメントライン家の領地を継ぐのだと思うと、頭痛は余計にひどくなる。
(…………わたし、本当に帰ってきてよかった……)
これも父が倒れて、母が別宅に去ったゆえの弊害だろうか。
叔母に、両親の教育や管理の及ばぬ土地に行かされたことで、兄も物語上の人格とはすっかり変わってしまった。
自分を敵視していないらしいのは大変ありがたいが……兄の次期領主としての思考や能力は、あまりにも筋肉に振り切ってしまっている……。領地経営に熱心だった父に教育されれば、こうはならなかったはず。
この兄の、なんでもパワーで乗り切ろうとするところは本当に、早急に直してほしいところである……。
グステルは、兄の再教育の必要性を痛感。
(こんなに大雑把で……よく他の領で騎士などやれているわね……)
その領地は、こんな兄を受け入れていて本当に大丈夫なのだろうか、ものすごく迷惑をかけているのではないか。
いや、それともその領地こそが、兄をこんなふうにした諸悪の根源なのか……?
「もしや、ものすごい脳筋な領主様だったりするの……? あ……や、止めよう……変な妄想をして保護者的ストレスを味わっている場合ではなかったわ……」
どこぞに、筋肉至上主義の愉快な公爵領でもあるのかと想像してゾッとしたグステルは。頭を振ってその考えを振りはらう。
兄の指導はおいおいでいい。まずは、現在王都で進行中の叔母たちの悪事をなんとかしなければ。
グステルは、深いため息を一つ。表情を曇らせて、自分の手に視線を落とした。
「……グステル?」
ふと、様子の変わった妹に気が付いたフリードがその名を呼ぶ。と、グステルは凪いだ瞳を動かさぬまま、それに、とつぶやく。
「……いくら悪事を働こうとも、あの方は私たちの叔母なのですよ。……お父様の妹君でいらっしゃるのです」
それを思うと本当に気が重い。現在床に伏している父だって、本当は、実の妹の行く末に心を痛めているはず。あまり、父に心労をかけたくはなかった。
やるせなさそうに言葉にされた事実を聞いたフリードも、うっと怯んで沈黙。
現在、この男にとって“妹”というワードは非常に重い。自分が目の前にいる娘に感じる愛しさと尊さを重ねてしまうと、叔母に対しても、簡単に『捕えろ!』とは言いにくくなった。
「ぐ……」※フリード。いろいろ想像して涙目。目頭をつまんで天井を仰ぐ。
「(無視)まあ……もちろん相手の出方次第では、最終的には捕えるしか方法はないと思います。彼女の改心を期待したいところですが、人はそうたやすくは変わりません。目標とする企みを邪魔されれば余計です。我々を恨めば、きっと心が濁って改心する気も起らない」
ですから、と、ため息交じりに言ったグステルは。姿勢を正して、兄と、ヘルムートを交互に見渡した。
「──ここはやはり、利によって叔母様を動かすべきかと思います」
「……」
そう提案するグステルをじっと見つめていたヘルムートは、その瞳の中に、どこか不敵なものを見て、ほっとする。
ずっと、どこか沈んだ顔をしていた彼女。
おそらくいろいろなことに責任を感じ、つらい思いを抱えているのだろう。
けれども。
こうして何かを企む表情には力強いものがあった。
困難でも前に進もうとする横顔はたくましく、ヘルムートは惚れ惚れとする。自然瞳は恍惚とし、口元には笑みが浮かんでしまう。
(……彼女は、切り開こうとしている……私も、負けてはいられないな……)
ヘルムートは、密かに胸に決意を刻む。
彼自身も、妹のことで難しい立場にあるが、勇気づけられる思いだった。
──ただ。
「り? りってなんだ? ん?」
何もわかっていない男が、ここに一人。
94
あなたにおすすめの小説
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜
As-me.com
恋愛
事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。
金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。
「きっと、辛い生活が待っているわ」
これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。
義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」
義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」
義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」
なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。
「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」
実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!
────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる