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171 エルシャの思いつき
しおりを挟むエルシャは実に面白くなかった。
“兄”が、少しも自分を相手にしてくれない。
彼女がどんなに美しく着飾って甘えようとしても、ニコリとも笑わない。
病を装ってみても、心配されるどころか放置される。
涙を浮かべながら、そばにいてほしいと懇願しても……それを聞くフリードの顔は平静そのもの。何も心に響いているふうはなかった。
(っどうしてなの⁉)
つい先ほどエルシャは、フリードのそばまでわざわざいって、目の前でめまいを装って倒れてみたのだ。が……。
それに対するフリードの反応があまりにひどく、エルシャの心をぺしゃんこにしてしまったのである。
あの男の、床に崩れ落ちた“妹”への対応は、
なんと、首根っこをつかんで吊るす、だった………………。
まあ、つまりフリードは、わざとらしくそばまできて倒れてた女の意図を分かったうえで、床から拾い上げたのだが。
正直なところ……あのガサツな男がそうして寝室まで連れて行ってくれた(※連行してくれた)だけでもかなり親切な方だった。
そして彼女はそのフリードに超絶面倒くさそうに『ではさっさと寝ろ』と言われてしまって。
現在、こうして仕方なく寝台におさまっているというわけだった。
これにはエルシャは怒り狂った。
(あれが病の妹にすること⁉)
……いや、あんたそれ仮病でしょう? と、いう突っ込みは置いておいて。
エルシャはまさか、あんなにガサツそうでも、あんがい相手の体調や肉体の程度というものに鋭いフリードがそれを見破っているとは思いもしない。
いっそ、叔母が陰で密かにしているように『あんたなんかバカのくせに!』と、罵ってやりたいが……それをするには、フリードはあまりにも彼女好みのいい男だった。
あの屈強で堂々とした男に、優しくされたい。どうしても。
(っでも、それが叶わないのよ! もう! どうしたらいいのよ!)
この件に関しては、ここまで王太子篭絡のために指導をしてくれていたグリゼルダはちっとも役に立たない。
あの女は女で、フリードに振り回されて、できるのはせいぜい影口だけ。
しかたなかった。グリゼルダには、後ろ暗いところがありすぎるのだ。あまり逆らって揉めていては、これまで犯してきた罪が暴かれるかもしれない。
「本当に……使えない女!」
エルシャは毒々しく吐き捨てた。
しかし、このままではエルシャの自尊心は潰されるばかり。
悔しくてたまらない。くさくさしていたエルシャは、ふと、思いついて寝台に起き上った。
「あ……そうだわ」
兄が駄目なら、代わりに他の男にちやほやしてもらえばいいではないか。
(そうよ、わたしには王太子がいるわ!)
この思い付きに、エルシャは上機嫌になった。
(病だと手紙を送って王太子に見舞わせよう。そしてお兄様の薄情さを訴えたらいいわ!)
優しい王太子殿下は、泣き落としに弱い。
エルシャは、彼に兄の高慢さを正してもらえばいいと思った。
王太子に命じられれば、さすがのフリードも逆らえないはず。きっと心を入れ替えて、自分のことを大切に扱うはずと。
この思い付きに気を取り直したエルシャは、さっそく机に向かい筆をとった。
思い切り悲痛な手紙を書いて王太子に同情させ、兄の鼻を明かしてやろうと。
……もちろん、その手紙の最後に彼女は、『グステル・メントライン』と署名した。
(早く来て! わたしの王子様! あなたの出番よ!)
エルシャはウキウキしながら病人の化粧をして、待ちきれない思いで寝台で待っていた。
──の、だが……。
「……え……なん、ですって……? 殿下が……お断りになった……?」
使いに出て戻った家の者は、愕然とするエルシャの剣幕に身をすくめている。
「い、いえ、その……なんでも王太子殿下はお忙しいとかで……今日ではなく明日にしてほしいと……」
「そんなの嫌よ!」
エルシャは家人の言葉をさえぎって叫んだ。
絶対に今日が良かった。今すぐにでも、自分の自尊心を傷つけたフリードを懲らしめてほしかったのに!
そして彼女は、はっとして、嫌な予感に表情を険しくする。
「ま、まさか……ラーラ・ハンナバルトに会いに行っているなんてことじゃないでしょうね⁉」
そんなことは絶対に許せないと、エルシャは家人を問い詰めたが。彼が理由は知らないと小さな声で答えると、エルシャの口からは、病弱な令嬢とは思えぬ鋭い舌打ち。
「使えない! なら調べてきなさいよ! 殿下のお付きにでも金を渡してすぐに理由を聞きだしてきなさい!」
「は、はい!」
叱咤された家人は転がるように部屋を出て行った。その後ろ姿をエルシャは猛烈に睨んでいる。
むしゃくしゃしていたところへ、これはまったく裏切られた気持ち。
「なんなのよ……! 気に入らない! まさかあの女に心が戻った? いいえ、そんなはずは……私は殿下の前では完璧に“儚く美しいグステル”としてふるまっていたわ……私があの女に負けるわけ……」
エルシャは爪を噛んで部屋の中をせわしなく歩き回った。
社交界中にも、グリゼルダがさんざんラーラの悪評を流したはず。
きっと王太子の周りからは、彼女との交際をとめる声もそろそろたくさん上がっているはずだった。
だが、確かにここのところエルシャは兄フリードに振り回されていて、彼女のほうでも、そっけない兄の関心を少しでも買いたくて。若干、王太子のことは後回しになっていた。
もし、その間に、ラーラに何かエリアスの心が戻るようなことをされていたらと──エルシャは焦る。
「あ、あの女……なんて油断ならない……狡猾すぎるわ! 許さないわよ!」
自分のことはすっかり棚にあげて。エルシャはラーラを呪った。
しかし……。
びくびくと戻ってきた家人の話を聞いたエルシャは、一瞬ぽかんと目を丸くした。
「……、……は……? 今、なんて……? 殿下が……ラーラではない、別の女を市中で探している? ラーラ・ハンナバルトではない……別の? ど、どういうこと……⁉」
その問いかけには、家人は思い切り怯えている。自分の話すことが、令嬢を激怒させることがもうわかっているのだろう。彼は気の毒なほど青ざめた顔で小さく答える。
──彼の話によれば。
どうやら最近王太子は、街で見かけたある女性を必死で探しているという。
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