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第八章 『忌み子』がもう一人いた
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その後五日間、ルチアーノは、それは精力的に働いた。まずは、近衛騎士団の一新だ。彼は、騎士たちの過去の実績を徹底的に調査し、優秀な者を昇格させた。逆に不振な者、素行の悪い者は降格させ、目に余る者には退団を命じた。入団資格も大幅に緩和し、ペサレージは歓喜している。
そしてルチアーノは、平民対象の教育機関を設立しようと、準備を始めた。教師役には、解雇した元近衛騎士団員を充てるという。
『家柄の良い彼らは高い教育を受けているし、適任であろう。それに、一方的に解雇してそれきりでは、不満が生じるだろう。それを防ぐためだ』
ルチアーノは、そんな風に説明した。早速それを聞きつけたエレナは、是非入学すべく、頑張って資金を貯めているそうだ。
ちなみに教育機関設立の資金は、パッソーニから没収した資産で賄うという。また、これまで廃棄物を川に垂れ流してきた金細工職人たちについては、新たに罰金制度を設けて規制することにした。違反を続ける者が現れたら、そこから徴収した罰金も、教育機関の方へ回すのそうだ。さらに、フィリッポの申し出により、宮廷魔術師の報酬は大幅に引き下げられることになった。パッソーニが、これまで過分な額を得ていたからだ。浮いたその分の予算も、教育の充実に充てる予定とのことである。
その日、外出から帰って来た真純は、ルチアーノの部屋に呼ばれた。
「お待たせしました。浄化作業、順調に進んでいますよ」
真純は、汚れた川の浄化を、水魔法で次々とこなしているのだ。すでに王都の川の半数は、すっかり清潔になった。王都が終わったら、各地域を回ろうと考えている。そして、ショウガ栽培に取り組むのだ。
「うむ、ご苦労であった。無理はするなよ?」
ルチアーノは微笑むと、真純に何やら書類を見せた。女性の名前がずらりと並んでいる。これは何だろう、と真純は首をひねった。
「聖女のリストだ」
ルチアーノが説明する。
「疫病の後処理で、世話になった聖女たちに挨拶した際、人手不足のようだったと言ったであろう? そこで周辺諸国より、招聘することにしたのだ」
「こんなにですか!」
ざっと見たところ、四~五十人はいそうだ。するとルチアーノは笑った。
「アルマンティリアに、異世界から来た優れた薬師がいるという噂が、各国に伝わったのだ。そこで、是非共に学んでみたいと、これだけの数が集まった。マスミ、そなたのおかげだ」
「……いえ、僕は何も」
照れくさくなり、真純はもごもごと呟いた。ルチアーノは、そんな真純を微笑ましげに見つめていたが、ふと顔を曇らせた。
「だが、少し気になる点がある。ホーセンランドだけが、招聘に応じなかったのだ」
「えっ、また王妃様が、何かなさったんでしょうか?」
真純は、不安になった。ルチアーノが首をひねる。
「聖女を派遣しないこと自体は、別にどうということは無いのだが。各国と足並みをそろえないこの態度、何やら不安を感じる」
真純は、眉をひそめた。
「王妃様は、前ホーセンランド国王の三女、と仰ってましたね。ええと、じゃあ、今のホーセンランド国王陛下は……」
「ホーセンランド現国王は、前国王のご長男で、エリザベッタ王妃陛下の兄だ。彼自身は、温厚な人柄とお見受けした。先日お話しした際も、快く本を贈呈してくださった。だが……、ホーセンランド王室全員が同じ考えとは、限らぬ。エリザベッタ王妃陛下には、他にも大勢の兄や姉、そして弟がおられるからな」
何やら考え込む様子で、ルチアーノがリストを畳む。その時、ノックの音がした。家臣が、ルチアーノ宛ての手紙を数通持って来る。ルチアーノは、早速それらに目を通し始めたが、その一通に目を留めた。
「どうされました?」
「クオピボ領主からだ」
ルチアーノは眉をひそめると、手早く開封した。読み進めるうち、彼の眼差しは険しくなっていく。真純は、不安を覚えた。
(何か起きた……!?)
「やはり、か」
ルチアーノは呟くと、便せんを折りたたんだ。
「王妃陛下の側近が、クオピボに現れたとのこと。ジュダはいるかと尋ねてきたそうだ」
この前のルチアーノの小芝居を目にして、確認しにわざわざ向かったというのか。真純は、緊張が走るのを感じた。
「ご領主によれば、打ち合わせ通り、いると答えたとのこと。ところが使者たちは、ジュダに会わせろと迫ったのだそうだ。ご領主は、あれこれ誤魔化したが、彼らは居座り、去ろうとしなかったと。困り果てたご領主は、ニトリラへ行ったことを隠すため、王都へ戻った、ととっさに嘘をついたのだそうだ。それで使者たちは、ようやく帰ったらしい」
真純は、何だか違和感を覚えた。ルチアーノが、チラと真純を見る。
「そなたも、変だと思ったか? 私もだ。王妃陛下の目的は、ジュダがニトリラで何らかの発見をするのを防ぐことであろう。クオピボに居座るというのは、妙だ。ご領主が嘘をついていると疑うなら、さっさとニトリラへ移動すればよい話。それに、ジュダ以外の私の家臣が動いている可能性だってある」
「まるで……、ジュダさんに会うのが目的だった、としか思えませんね」
真純は、思わず呟いていた。ルチアーノが頷く。
「ジュダを取り込もうとしたか? 私の一の家臣を寝返らせようとするなど、舐めた話だな。……まあよい。ご領主の機転は、都合が良かった。実は今夜辺り、ジュダが戻って来るのだよ。ユリアーノを連行して」
「本当ですか!」
真純は、パッと顔を輝かせた。ユリアーノと対面したら、何か進展があるかもしれない。それに、久々にジュダに会えると思うと、純粋に嬉しかったのだ。
そしてルチアーノは、平民対象の教育機関を設立しようと、準備を始めた。教師役には、解雇した元近衛騎士団員を充てるという。
『家柄の良い彼らは高い教育を受けているし、適任であろう。それに、一方的に解雇してそれきりでは、不満が生じるだろう。それを防ぐためだ』
ルチアーノは、そんな風に説明した。早速それを聞きつけたエレナは、是非入学すべく、頑張って資金を貯めているそうだ。
ちなみに教育機関設立の資金は、パッソーニから没収した資産で賄うという。また、これまで廃棄物を川に垂れ流してきた金細工職人たちについては、新たに罰金制度を設けて規制することにした。違反を続ける者が現れたら、そこから徴収した罰金も、教育機関の方へ回すのそうだ。さらに、フィリッポの申し出により、宮廷魔術師の報酬は大幅に引き下げられることになった。パッソーニが、これまで過分な額を得ていたからだ。浮いたその分の予算も、教育の充実に充てる予定とのことである。
その日、外出から帰って来た真純は、ルチアーノの部屋に呼ばれた。
「お待たせしました。浄化作業、順調に進んでいますよ」
真純は、汚れた川の浄化を、水魔法で次々とこなしているのだ。すでに王都の川の半数は、すっかり清潔になった。王都が終わったら、各地域を回ろうと考えている。そして、ショウガ栽培に取り組むのだ。
「うむ、ご苦労であった。無理はするなよ?」
ルチアーノは微笑むと、真純に何やら書類を見せた。女性の名前がずらりと並んでいる。これは何だろう、と真純は首をひねった。
「聖女のリストだ」
ルチアーノが説明する。
「疫病の後処理で、世話になった聖女たちに挨拶した際、人手不足のようだったと言ったであろう? そこで周辺諸国より、招聘することにしたのだ」
「こんなにですか!」
ざっと見たところ、四~五十人はいそうだ。するとルチアーノは笑った。
「アルマンティリアに、異世界から来た優れた薬師がいるという噂が、各国に伝わったのだ。そこで、是非共に学んでみたいと、これだけの数が集まった。マスミ、そなたのおかげだ」
「……いえ、僕は何も」
照れくさくなり、真純はもごもごと呟いた。ルチアーノは、そんな真純を微笑ましげに見つめていたが、ふと顔を曇らせた。
「だが、少し気になる点がある。ホーセンランドだけが、招聘に応じなかったのだ」
「えっ、また王妃様が、何かなさったんでしょうか?」
真純は、不安になった。ルチアーノが首をひねる。
「聖女を派遣しないこと自体は、別にどうということは無いのだが。各国と足並みをそろえないこの態度、何やら不安を感じる」
真純は、眉をひそめた。
「王妃様は、前ホーセンランド国王の三女、と仰ってましたね。ええと、じゃあ、今のホーセンランド国王陛下は……」
「ホーセンランド現国王は、前国王のご長男で、エリザベッタ王妃陛下の兄だ。彼自身は、温厚な人柄とお見受けした。先日お話しした際も、快く本を贈呈してくださった。だが……、ホーセンランド王室全員が同じ考えとは、限らぬ。エリザベッタ王妃陛下には、他にも大勢の兄や姉、そして弟がおられるからな」
何やら考え込む様子で、ルチアーノがリストを畳む。その時、ノックの音がした。家臣が、ルチアーノ宛ての手紙を数通持って来る。ルチアーノは、早速それらに目を通し始めたが、その一通に目を留めた。
「どうされました?」
「クオピボ領主からだ」
ルチアーノは眉をひそめると、手早く開封した。読み進めるうち、彼の眼差しは険しくなっていく。真純は、不安を覚えた。
(何か起きた……!?)
「やはり、か」
ルチアーノは呟くと、便せんを折りたたんだ。
「王妃陛下の側近が、クオピボに現れたとのこと。ジュダはいるかと尋ねてきたそうだ」
この前のルチアーノの小芝居を目にして、確認しにわざわざ向かったというのか。真純は、緊張が走るのを感じた。
「ご領主によれば、打ち合わせ通り、いると答えたとのこと。ところが使者たちは、ジュダに会わせろと迫ったのだそうだ。ご領主は、あれこれ誤魔化したが、彼らは居座り、去ろうとしなかったと。困り果てたご領主は、ニトリラへ行ったことを隠すため、王都へ戻った、ととっさに嘘をついたのだそうだ。それで使者たちは、ようやく帰ったらしい」
真純は、何だか違和感を覚えた。ルチアーノが、チラと真純を見る。
「そなたも、変だと思ったか? 私もだ。王妃陛下の目的は、ジュダがニトリラで何らかの発見をするのを防ぐことであろう。クオピボに居座るというのは、妙だ。ご領主が嘘をついていると疑うなら、さっさとニトリラへ移動すればよい話。それに、ジュダ以外の私の家臣が動いている可能性だってある」
「まるで……、ジュダさんに会うのが目的だった、としか思えませんね」
真純は、思わず呟いていた。ルチアーノが頷く。
「ジュダを取り込もうとしたか? 私の一の家臣を寝返らせようとするなど、舐めた話だな。……まあよい。ご領主の機転は、都合が良かった。実は今夜辺り、ジュダが戻って来るのだよ。ユリアーノを連行して」
「本当ですか!」
真純は、パッと顔を輝かせた。ユリアーノと対面したら、何か進展があるかもしれない。それに、久々にジュダに会えると思うと、純粋に嬉しかったのだ。
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