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第八章 『忌み子』がもう一人いた

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 まさか本当に、ジュダがクオピボ領主の令嬢とと恋に落ちるとは思わなかった、と真純は仰天した。それも、そこまで話が進んでいるとは。

「ジュダさん、結婚されるんですか!? クオピボ領主のご令嬢と?」

 ルチアーノが戻って来ると、真純は尋ねた。だがそこで、ルチアーノの態度がおかしいことに気づく。彼は、意味ありげな笑いを浮かべていたのだ。よく見れば、フィリッポも同様の表情を浮かべている。

「マスミ殿は、本当に純粋なのだな」

 こらえきれなくなったように、ルチアーノがふふっと笑う。フィリッポも頷いた。

「そこが、良い所ですけどね」
「は? あの……」

 ルチアーノは、声を潜めた。

「デタラメだ。ジュダなら今、ニトリラにおる」

 真純は、目を見張った。ルチアーノが説明し始める。

「怪我は完治したとのことなので、再び調査に行かせたのだよ。だが、王妃陛下にこちらの動きを悟られないため、ジュダはまだクオピボに滞在していることになっている。使者やクオピボ領主にも、口裏を合わせてもらってな。今は、早速王妃陛下の間者らしき者がうろついておったので、わざと廊下で開封してああ言って見せたのだ」

 何だ、と真純は拍子抜けした。フィリッポが尋ねる。

「実際は、何とありました?」

 ルチアーノは、残念そうにかぶりを振った。

「ユリアーノは、焼き討ちについて頑として否定しているとのことだ。ただ、これだけは白状したと。赤子の遺体を置かせた、パッソーニの使いと称する男は、こう言ったそうだ。指示に従えば、神殿を助けてやるだけでなく、お前を出世させてやる、と。さらに、間も無くニトリラには火災が起きると言い、日時と火元も詳細に伝えたとか。的確に振る舞えば、出世も不自然では無かろうと示唆したそうだ」

「……少々、進展といったところですかね」

 フィリッポは、小さくため息をついた。

「以前のユリアーノは、神殿を救うためとしか説明していませんでしたから。火災についても、災難という曖昧な表現でした」

 ジュダの予想通りだったな、と真純は思った。彼は、ユリアーノを名誉重視の人間と表現し、他にも見返りがあったのではとにらんでいた。

「焼き討ちの証拠が得られなかったのは残念ですが……。話を聞く限り、ユリアーノはパッソーニの手先では無いかもしれませんね」
 
 フィリッポが言う。ルチアーノも頷いた。

「私も、そう考える。本当にパッソーニの手下だとすれば、それほど詳しく焼き討ちの手はずを教えるはずが無い……。よし、かくなる上は、ひとまずユリアーノをしょっ引こう」

  ルチアーノが、扇でポンと膝を叩く。

「直接関与せずとも、それほど焼き討ち計画について熟知しながら皆に知らせなかったのは、十分罪に値する。すぐに、王都へ連行させよう。解決の糸口になるやもしれぬ」

 真純とフィリッポは、神妙に頷いた。フィリッポが、チラと時計を見る。

「お話も一段落したことですし、私は失礼しても? 本日は、王妃陛下に同行させていただくのです。孤児院へ行かれるそうですので」
「熱心だな」

 ルチアーノは、少し目を見張ったが、頷いた。

「では、気を付けて。十分護衛は付き添わせるが、くれぐれも油断せぬように」
「承知しました。それでは」

 フィリッポが出て行く。真純も後に続こうとしたが、ルチアーノは引き留めてきた。

「マスミ。話を少々戻すが、よいか」

 そう言うルチアーノは微笑んでいるが、目は笑っていない気がして、真純は嫌な予感がした。ルチアーノが、ずんずん近付いて来る。

「先ほどのフィリッポ殿の話を聞く限り、彼はそなたに想いを打ち明けていたと推察されるが、違うか?   私が誰の子であるか次第で、フィリッポ殿は進退を決する約束だったようだが」
「その……、はい。その通りです」

 か細い声で答えると、ルチアーノは大きく頷いた。

「記憶力は良いと自負していたが、聞き漏らしたであろうか。初耳のように思えるのだが。一体いつ、そのような話を?」
「王宮入りした夜、です」

 じりじり近付いて来るルチアーノが何となく恐ろしく、真純は後ずさった。

「その場ではびっくりして、うやむやにしてしまいましたが……。でも、殿下が僕を伴侶にすると言ってくださった後、きっぱりお断りしました。けれど彼は納得せず、殿下のお父上次第と言ったのです……。すみません、黙っていて」

 びくびくしながら伝えたが、ルチアーノは意外にも怒らなかった。逆に、表情を和らげる。

「正直に打ち明けてくれて、ありがとう。責めはしない。私とて、パッソーニの奥方と会うことや、娼館を調査することを秘密にして、そなたを不安にさせたのだからな」

 すり、と頬を撫でられる。真純は、ほっとするのを感じていた。

「だが……」

 ルチアーノは、にっこりした。

「我らはまだまだ、相手の素行が気になってしまうようだな。仕方あるまい。始まったばかりなのだから。と、いうことで」

 ルチアーノは、素早く真純の唇に口づけた。

「これまで以上に、愛情を深め合うこととしよう。……そうだな、早速今宵から」

(これまで以上……?)

 この一週間、寝不足寸前まで抱き潰されたというのに。真純は、がくりと頭を垂れたのだった。
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