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Side:伊織
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「伊織……」
かすれた声で囁きながら、陽斗は僕の唇に、頬に、首筋に口づけていく。その動きはやがて、僕の耳元で止まった。しつこく耳朶を甘噛みしては、舌を差し入れてくる。僕のパジャマの隙間から滑り込ませた指先は、さっきからせわしなく乳首を弄っていて、僕は感心するしかない。
(完全に、弱い所を網羅してるな……)
努力家の姿勢は、こういう所にも発揮されるらしい。陽斗は昔から、何事にも全力投球する男だった。無理をして業界の飲み会に付き合ったのも、その性格ゆえだろう。僕とは正反対だな、としみじみ思う。僕は勉強でも仕事でも、エネルギーは八十五パーセントしか注がないのだ。だって、百パーセント使い切ってしまったら、くたびれるじゃないか……。
「何考えてんの?」
僕は知らないうちに、笑みを浮かべていたらしい。陽斗が不満そうな顔をする。
「この状況で考えるって、君のこと以外にある?」
「……本当かあ?」
どうやら、意地になったらしい。陽斗は、乱暴に僕のズボンを引きずり下ろした。そこが反応しているのを見ると、彼はようやく安心したような顔をした。
「余裕ぶってても、勃ってんじゃん」
「性感帯を刺激されたら、誰だってそうなる」
「……ったく。可愛くねー奴!」
言葉とは裏腹に、陽斗は僕のそれを愛おしげに撫でた。やがて下着を脱がせると、ゆっくりと舌を這わせていく。真剣な表情で、的確にポイントを刺激しながら。
(ま、彼がムキになるのも仕方ないかな)
初めての夜に、僕が男性経験があると語ったことが、陽斗はよほどショックだったらしいのだ。彼自身はノンケで、男相手は僕が初めてだったからである。
陽斗の愛撫を受けながら、僕はぼんやりと、その夜のことを思い出していた。
一年前のその夜、僕はややむしゃくしゃしながら、夜の街を歩いていた。原因は、陽斗である。
(ついに、直接コンタクトを取って来なかったな……)
僕の書いた小説がドラマ化され、その主演に陽斗が内定したと知った時は、さすがに驚いた。モデルが陽斗だっただけに、なおさらだ。
しかし陽斗本人からは何の連絡も無く、ある時テレビ局を通じて、『あの同級生は今』出演の打診が来た。
『主演の桜庭君も、是非桐村先生に会いたがっていましてね』
テレビ局の人間のその言葉は、僕を出演させるためのでまかせだったかもしれない。いずれにしても、なぜ陽斗は直接そう言わないのか、と僕はむっとした。というのも、陽斗が僕に会いたがっていることを、僕は知っていたからだ。
中学卒業後、陽斗からは何度となく連絡が来た。毎度、『同窓会の幹事として』という名目だった。最初は、気にも留めなかった。派手好きで目立ちたがりの彼のことだ、幹事を務めても何ら不思議は無かった。
しかし、途中で僕は気づき始めた。なぜ陽斗は、僕の居所を必ず把握しているのか。人付き合いの悪い僕は、中学時代の同級生とは一切交流を絶っていた。おまけに、高校在学中、大学入学時、就職時と、僕は転居を繰り返したのだ。それなのに陽斗は、いつの間にか僕の連絡先を調べ上げては、誘ってくるのだった。
(彼は、個人的に僕に会いたがっている……?)
だとしたらなぜ正直に言わない、と僕は苛立った。極めつけは、このテレビ出演オファーだ。陽斗の僕への思いは、毎度テレビ局や事務所を通じて聞かされた。それがどうにも癇に障った僕は、断固として出演を拒否した。
『偏屈作家め』
『若くして新人賞を獲ったからって、生意気な』
そんな陰口を叩かれても、陽斗の思うままにはなりたくない。そう決意していたのに……。あの時、バーで酔い潰れている彼を、僕は放っておけなかった。
かすれた声で囁きながら、陽斗は僕の唇に、頬に、首筋に口づけていく。その動きはやがて、僕の耳元で止まった。しつこく耳朶を甘噛みしては、舌を差し入れてくる。僕のパジャマの隙間から滑り込ませた指先は、さっきからせわしなく乳首を弄っていて、僕は感心するしかない。
(完全に、弱い所を網羅してるな……)
努力家の姿勢は、こういう所にも発揮されるらしい。陽斗は昔から、何事にも全力投球する男だった。無理をして業界の飲み会に付き合ったのも、その性格ゆえだろう。僕とは正反対だな、としみじみ思う。僕は勉強でも仕事でも、エネルギーは八十五パーセントしか注がないのだ。だって、百パーセント使い切ってしまったら、くたびれるじゃないか……。
「何考えてんの?」
僕は知らないうちに、笑みを浮かべていたらしい。陽斗が不満そうな顔をする。
「この状況で考えるって、君のこと以外にある?」
「……本当かあ?」
どうやら、意地になったらしい。陽斗は、乱暴に僕のズボンを引きずり下ろした。そこが反応しているのを見ると、彼はようやく安心したような顔をした。
「余裕ぶってても、勃ってんじゃん」
「性感帯を刺激されたら、誰だってそうなる」
「……ったく。可愛くねー奴!」
言葉とは裏腹に、陽斗は僕のそれを愛おしげに撫でた。やがて下着を脱がせると、ゆっくりと舌を這わせていく。真剣な表情で、的確にポイントを刺激しながら。
(ま、彼がムキになるのも仕方ないかな)
初めての夜に、僕が男性経験があると語ったことが、陽斗はよほどショックだったらしいのだ。彼自身はノンケで、男相手は僕が初めてだったからである。
陽斗の愛撫を受けながら、僕はぼんやりと、その夜のことを思い出していた。
一年前のその夜、僕はややむしゃくしゃしながら、夜の街を歩いていた。原因は、陽斗である。
(ついに、直接コンタクトを取って来なかったな……)
僕の書いた小説がドラマ化され、その主演に陽斗が内定したと知った時は、さすがに驚いた。モデルが陽斗だっただけに、なおさらだ。
しかし陽斗本人からは何の連絡も無く、ある時テレビ局を通じて、『あの同級生は今』出演の打診が来た。
『主演の桜庭君も、是非桐村先生に会いたがっていましてね』
テレビ局の人間のその言葉は、僕を出演させるためのでまかせだったかもしれない。いずれにしても、なぜ陽斗は直接そう言わないのか、と僕はむっとした。というのも、陽斗が僕に会いたがっていることを、僕は知っていたからだ。
中学卒業後、陽斗からは何度となく連絡が来た。毎度、『同窓会の幹事として』という名目だった。最初は、気にも留めなかった。派手好きで目立ちたがりの彼のことだ、幹事を務めても何ら不思議は無かった。
しかし、途中で僕は気づき始めた。なぜ陽斗は、僕の居所を必ず把握しているのか。人付き合いの悪い僕は、中学時代の同級生とは一切交流を絶っていた。おまけに、高校在学中、大学入学時、就職時と、僕は転居を繰り返したのだ。それなのに陽斗は、いつの間にか僕の連絡先を調べ上げては、誘ってくるのだった。
(彼は、個人的に僕に会いたがっている……?)
だとしたらなぜ正直に言わない、と僕は苛立った。極めつけは、このテレビ出演オファーだ。陽斗の僕への思いは、毎度テレビ局や事務所を通じて聞かされた。それがどうにも癇に障った僕は、断固として出演を拒否した。
『偏屈作家め』
『若くして新人賞を獲ったからって、生意気な』
そんな陰口を叩かれても、陽斗の思うままにはなりたくない。そう決意していたのに……。あの時、バーで酔い潰れている彼を、僕は放っておけなかった。
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