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第一章

間章

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 第三区までの移動はガルシア家が所有している馬車を使った。本日の外出のメンバーは、オフィーリア、シス、リリーとそれぞれに付き人が一人ずつ、そして数名の護衛騎士だった。
 オフィーリア、シス、リリーが同じ馬車に乗り、それぞれの付き人たちで別の馬車を使った。護衛騎士はそれぞれが所有している馬に乗り、馬車の前後左右を守っていた。

 馬車を使って移動するのは第二区までと決めていた。第三区内も馬車で移動することは可能だが、やはりその人の多さから馬車で移動するには不便だったのだ。

 オフィーリアはあまり乗り心地の良くない馬車の座席から外を眺める。正直に言えば、第一区は上級貴族の地区であるため、あまり楽しい景色とは言えなかった。オフィーリアの家もそうなのだが、上級貴族の家は無駄に庭が広く、肝心の家屋は遠くにぽつんとしか見えない。なので、整った道をただ揺られているしかなくて、かつてのオフィーリアだったらつまらない道のりだっただろう。

 しかし、久しぶりに家の外に出たオフィーリアにはそれでも十分に気分転換になっていた。

 どことなく楽しそうに外を見ているオフィーリアをシスは嬉しそうに見ていた。

 シスは、シスの目の前で倒れたオフィーリアを見た時、文字通り心臓が止まったと思った。いつものようにシスの稽古が終わるのを待っていたはずのオフィーリアが、顔を真っ白にして、体を震わせながら横たわっているのに気づいた時、どうしてもっと早くに異変に気が付かなかったのかと、自分自身のことを呪ったほどだった。

 幸い、オフィーリアは特に異常もなく、こうして無事に元気になってくれた。

(いや、それは少し違うかな。)

 行儀よく座って遠くを見ているオフィーリアを見ながら、僅かに顔を歪める。

 身体的異常は何もなかった。だけど、元気になったはずのオフィーリアはそれまでのオフィーリアとは何かが違っていた。

 それがどう違うのか、はっきりとした言葉に表すのは難しかったが、ずっとオフィーリアの側で彼女の成長を見守ってきたシスには、その違和感がとてつもなく大きなものに感じられたのだ。

 だけど、とシスは思う。

 どうしてオフィーリアの様子が変わってしまったのか、シスには想像することしかできない。だが、以前のように、元気いっぱいでシスの後ろを付いて回るオフィーリアとは違っても、大切な妹であることは変わらない。

 今の大人びているオフィーリアの事も変わらず大切だ。願わくば、オフィーリアの抱えているもののほんの少しでも肩代わりできたのなら、と思う。そして、オフィーリアが何の心配もせず、笑って過ごしてくれたらと願う。

「お兄様?」

 考え込んでいたらオフィーリアがシスの方を不思議そうに見ていた。

「体調がすぐれませんか?」

 心配そうに聞くオフィーリアに首を振り安心させるように微笑む?

「大丈夫だよ。オフィーリアこそ、大丈夫?」
「はい。私は大丈夫です。」

 シスが逆に尋ねれば、オフィーリアは心配そうな顔のまま頷いた。心配していた妹に逆に心配をされてしまいシスは心の中で苦笑した。

「そろそろ第三区に着くわ。」

 二人の様子を見守っていたリリーが外を見てそう告げる。オフィーリアとシスはリリーを真似して窓の外を見る。第二区はおおよそ半々の割合で下級貴族と庶民の家々が並んでいる。第一区に近い方に下級貴族の家が、第三区に近づくほど庶民の家が建っている。
 
 庶民といっても第二区に住めるのは財力のある富豪、つまり大商人や準貴族のため、普通の庶民は住んでいない。普通の庶民や商人のおおよそは第四区に住んでいる。

「まずはみんなで一緒にシスの制服を見に行きましょう。シスのお買い物をしている間はオフィーリアはちょっと暇になってしまうかもしれないわね。」
「お母様。私、行ってみたいお店があるんです。」
「あら?そうなの。」

 リリーの言葉にオフィーリアが食い気味で口を挟む。シスは窓の外に向けていた視線をオフィーリアに戻した。

「それじゃあ、シスの制服を見たら一緒にそのお店に行きましょう。」
「いえ、あの、サラと二人で行ってきては駄目でしょうか?」

 オフィーリアが気まずそうに視線を彷徨わせる。リリーはオフィーリアの言葉に目を丸くし、シスも僅かに目を見開いた。

 オフィーリアが第三区に降りるのは今日が初めてだ。ただでさえ治安が悪いと言われる第三区をサラと二人だけで行かせるのは心配でしかなかった。そんなことをオフィーリアが言い出した事も驚きだった。

 シスはリリーの顔を伺う。リリーは少し考えるそぶりを見せる。オフィーリアも彷徨わせていた視線をリリーに向ける。

「うーん。サラと二人ねぇ。」

 頬に手を当て困ったような顔を見せる。

「サラのいうことをちゃんと守れる?それと、シスの制服が見終わる前には帰ってこれる?」

 リリーはオフィーリアに言い聞かせるように言う。シスはリリーがオフィーリアの単独行動を許すとは思っていなかったから、その返答に驚いた。なんだかんだいって理由をつけて駄目と言うと思っていた。

 オフィーリアは聡明ではあるがまだ四歳と幼い。くわえて、屋敷の外にも出たことがなく、これが初めての外出だ。だからリリーも今日はオフィーリアを一人でどこかに行かせたりしないと考えていたが、その予想は外れた。

「お母様……。」

 心配に思う気持ちのあまりリリーの方を非難するように見つめる。するとリリーはシスの不安を吹き飛ばすように笑った。

「きっと、大丈夫よ。オフィーリアだって初めての外出なんだし、いろんなところを見て回りたいんでしょう。そのかわり、お昼はみんなで食べて、それからは一緒に回りましょう、ね?」

 リリーは二人の子供にウィンクをする。シスはそれでもオフィーリアのことが心配だった。

「ありがとうございます、お母様。」

 しっかりとした声が聞こえてきてはっとする。思わず声のした方、オフィーリアの方を見る。そこには以前のように家族の甘え、シスの後ろをついて回っていた子供はいなかった。しっかりとリリーの目を見て大人の女性のように穏やかに微笑むオフィーリアがいた。

 何がきっかけだったのかシスにはわからない。それでも、やっぱりオフィーリアは変わった。シスが想像する以上に、大人になったように思う。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。だけど、シスはオフィーリアの兄として、その変化を受け止め、優しく見守っていく必要があるのだと悟った。そう、いつでもシスたちを暖かく見守るリリーのように。

(それでも、いつかフィーの心配事の一部でも良いから、一緒に背負ってあげられたらいいな。)

 そう考えながら、大好きで可愛い妹をみて微笑んだ。その小さな手を守っていけるように、強くなろうと心に決めて。
 
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