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一つ目の代価
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あの日から、友紀の服を切り裂かれたあの日から、嫌な事がぽつりぽつりと起こる。
『一滴の雫は岩をも砕く』
広海はそんな例えが頭にふっと浮かんでしまう程に負の感情の滴が一滴一滴と友紀の心を壊してしまうのではないかと心配で堪らない。
「友紀、広海が来たから帰ろう。」
咲良に肩を叩かれ友紀はアッと咲良を見上げ、そして目の前にいる広海を見上げた。
「ごめん、ぼんやりしていた。」
「友紀、指は痛まないか?大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ちょっと指先を切っただけだよ。」
誰かも解らない相手からの悪意に傷ついていない訳がないのに大丈夫だと笑みを見せる友紀だが、広海が来たのにも気づかずぼんやりしたりで落ち込んでいる事を隠せていないのに。
🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️
友紀は教科書を開く時に、必ず教科書の側面を指でなぞりページを開ける癖があった。
だから、教科書から少しはみ出した何かに意識もしてなかった。
「え~と、今日は教科書の52ページ、の一次方程式……」
先生の声を聞きながら指が側面を撫ぜた、ポタポタと教科書が真っ赤に染まっていた。
「友紀!先生、御坂が!」
咲良の慌てた声に先生が振り返って声の方を見ると、咲良が高く挙げた友紀の手が血で真っ赤になっていた。
「御坂さん、どうしたんですか!」
咲良達の所に慌てて来た先生は、自分のハンカチを出して、友紀の手に巻きつけた。
「早く、保健室に行って来なさい。」
「先生、御坂の机に誰も近づけないで!証拠を消されたくないから。頼んだ。」
「そんな事より早く行きなさい。現場の保護は任せなさい。」
親指を立てて少し戯けた仕草をする数学教師の高倉雅は、朗らかなで生徒に親身に対応する態度が好ましく人気の教師であった。
咲良は、高倉なら大丈夫かなとウインクを返し、友紀の手を挙げたまま保健室に急いだ。
高倉の視線の先、友紀の机に残されていた血だらけの教科書の側面には赤く染まった薄い刃がキラリと存在感を放っていた。
一方、廊下を友紀を抱える様に足早に走る咲良は、シャツを捲り上げた腕を胸より上に挙げ、巻かれたハンカチがこれ以上赤く染まらない様にするが、ハンカチの隙間から流れた血が腕に赤い一本の筋を作っているのに苛立ち舌打ちをしていた。
やっと辿り着いた保健室のドアを勢いよく開けた咲良は、声を張り上げた。
「先生、止血をお願いします。」
「ドアが壊れる!開け閉めは静かに!」
あまりの乱暴な所作に声を荒げて振り向いた保健医の四ノ宮は真っ赤に染まった手を掲げて飛び込んで来た生徒2人に一瞬言葉を詰まらせた。
「なっ!何があったの?早く手を見せなさい。ハンカチを外すよ。」
まだ血が染み出していたおかげでハンカチは傷口に引っ付く事なく外す事が出来た。
「3本も指先を切るなんて何の授業だったんだ?料理でもしてて包丁でしくじったのか?」
「数学の授業だったんですけど。ちょっと……。」
曖昧に押し黙る付き添いの生徒に黙ったままぼんやりと視点の定まらない怪我をした生徒。
手当をしながら詳細を聞こうと思ったが、如何にも訳ありみたいな様子に、先ずは怪我の手当を優先した方が良さそうだと思えた。
「洗い流すからこっちにおいで。」
小さな洗面台で勢いよく出された水で指先を洗われる。
「ちょっと、そこの君、3番目の引き出しからガーゼの入った袋を一つ取ってくれるか。」
言われた通り、咲良はデスクの横に置かれた引き出しを開ける。
並べられた箱に一回分ずつ袋に入ったガーゼを見つけ、一つを摘み保健医の四ノ宮に渡した。
受け取ったガーゼで四ノ宮は傷口を圧迫止血をする。
「君、名前は?」
「あっ、はい、えっと御坂です。」
「慌てなくていいから、これ、ガーゼを自分で押さえて止血出来るか?無理そうなら怖がらなくていいから言っていいからね。どう?」
「大丈夫、出来ます。こんな感じで良いですか?」
友紀が見様見真似で先生がしていた様に交代して押さえる。
四ノ宮はそんな友紀の背中を支えながら椅子まで誘導して座らせる。
そして、少し離れた所で見守っていた咲良に四ノ宮は身体を向ける。
「君は?」
「1年2組九鬼です。」
「説明は出来るか?」
「はい、数学の授業中で御坂が教科書を開こうとした時に切ったのだと思います。」
「待って、紙で切った傷ではないよ。もっと鋭利な物だが。イジメにでもあってる?」
「否、それは無いです。でも、最近嫌がらせを受けています。」
「担任への報告は?」
「していません。」
「何故?」
「………。」
「自分達で捕まえるつもりかな?それは、辞めた方が良いよ。今回はこちらから担任には報告しないといけない。解るよね。それと、その教科書は教室?」
「はい、高倉先生に現場保存は頼みました。」
「げっ、雅が関わったのか。」
何故か、四ノ宮先生は肩をガックリと落としていた。
10分程押さえていただろうか、ゆっくりと手を離してみると、血は止まっていた。
傷口が開かない様に包帯を軽く巻いて貰い、教室に戻ってみると高倉先生と生徒指導の佐藤先生も来ていた。
「御坂さん、おかえりなさい。傷はどう?痛み止めとか貰った?」
「そこまで痛くないので、大丈夫です。」
友紀と高倉先生が話している横で咲良は携帯で写真を一応撮っておいた。
「御坂、この教科書証拠として貰うが良いか?新しい教科書は用意するが数日はかかるから、隣の席の者に見せて貰いなさい。誰がしたのかは、学校の方で調べるので安心しなさい。さぁ、片付けますよ。誰か、雑巾を持ってきてください。」
キョロキョロと其々が周りの様子を伺うだけで、席を立つ者はいなかったので咲良が教室の隅のロッカーから雑巾を持ってきて机を拭き始めた。
「ごめん、咲良。自分の机だから僕がするよ。」
「良いよ、友紀は怪我してるんだから俺がするから任せろ。」
「ありがとう。いつもごめんね。」
机を拭くのに使った雑巾は、やはり気持ちの良いものではないので破棄する事にした。
咲良は、何度も雑巾を濯ぎ拭いてくれた。その様子を周りは息を殺してただ眺めていた。
数学の授業は咲良の手で綺麗になった頃、見計らった様に終業のチャイムが鳴った。
その後の授業も昼休みも友紀は、大丈夫と言いながらもぼんやりと上の空という感じでいた。
毎回教科書を全て持って帰る友紀の物にどうやって刃物を貼り付けたんだろうか?
2時間目は教室移動で2組の教室には誰もいなかった。
授業を抜けてまで準備をしたのだろうか?誰もいない教室で。
それとも、友紀が開いた教科書は友紀の物ではなく、予め用意されていた物と差し替えられたのだろうか?
証拠の教科書は学校側に渡ってしまったから確かめようがない。
さて、どうしようか?昼休みに広海とも話したが、結論は出なかった。
俺達は手を引き、大人に任せた方が良いのだろうか?
兄達が友紀の手を見て黙って引き下がるとは思えないのだが。
咲良は深い溜息を隣の席の友紀に気づかれない様に溢した。
『一滴の雫は岩をも砕く』
広海はそんな例えが頭にふっと浮かんでしまう程に負の感情の滴が一滴一滴と友紀の心を壊してしまうのではないかと心配で堪らない。
「友紀、広海が来たから帰ろう。」
咲良に肩を叩かれ友紀はアッと咲良を見上げ、そして目の前にいる広海を見上げた。
「ごめん、ぼんやりしていた。」
「友紀、指は痛まないか?大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ちょっと指先を切っただけだよ。」
誰かも解らない相手からの悪意に傷ついていない訳がないのに大丈夫だと笑みを見せる友紀だが、広海が来たのにも気づかずぼんやりしたりで落ち込んでいる事を隠せていないのに。
🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️ 🔳▪️
友紀は教科書を開く時に、必ず教科書の側面を指でなぞりページを開ける癖があった。
だから、教科書から少しはみ出した何かに意識もしてなかった。
「え~と、今日は教科書の52ページ、の一次方程式……」
先生の声を聞きながら指が側面を撫ぜた、ポタポタと教科書が真っ赤に染まっていた。
「友紀!先生、御坂が!」
咲良の慌てた声に先生が振り返って声の方を見ると、咲良が高く挙げた友紀の手が血で真っ赤になっていた。
「御坂さん、どうしたんですか!」
咲良達の所に慌てて来た先生は、自分のハンカチを出して、友紀の手に巻きつけた。
「早く、保健室に行って来なさい。」
「先生、御坂の机に誰も近づけないで!証拠を消されたくないから。頼んだ。」
「そんな事より早く行きなさい。現場の保護は任せなさい。」
親指を立てて少し戯けた仕草をする数学教師の高倉雅は、朗らかなで生徒に親身に対応する態度が好ましく人気の教師であった。
咲良は、高倉なら大丈夫かなとウインクを返し、友紀の手を挙げたまま保健室に急いだ。
高倉の視線の先、友紀の机に残されていた血だらけの教科書の側面には赤く染まった薄い刃がキラリと存在感を放っていた。
一方、廊下を友紀を抱える様に足早に走る咲良は、シャツを捲り上げた腕を胸より上に挙げ、巻かれたハンカチがこれ以上赤く染まらない様にするが、ハンカチの隙間から流れた血が腕に赤い一本の筋を作っているのに苛立ち舌打ちをしていた。
やっと辿り着いた保健室のドアを勢いよく開けた咲良は、声を張り上げた。
「先生、止血をお願いします。」
「ドアが壊れる!開け閉めは静かに!」
あまりの乱暴な所作に声を荒げて振り向いた保健医の四ノ宮は真っ赤に染まった手を掲げて飛び込んで来た生徒2人に一瞬言葉を詰まらせた。
「なっ!何があったの?早く手を見せなさい。ハンカチを外すよ。」
まだ血が染み出していたおかげでハンカチは傷口に引っ付く事なく外す事が出来た。
「3本も指先を切るなんて何の授業だったんだ?料理でもしてて包丁でしくじったのか?」
「数学の授業だったんですけど。ちょっと……。」
曖昧に押し黙る付き添いの生徒に黙ったままぼんやりと視点の定まらない怪我をした生徒。
手当をしながら詳細を聞こうと思ったが、如何にも訳ありみたいな様子に、先ずは怪我の手当を優先した方が良さそうだと思えた。
「洗い流すからこっちにおいで。」
小さな洗面台で勢いよく出された水で指先を洗われる。
「ちょっと、そこの君、3番目の引き出しからガーゼの入った袋を一つ取ってくれるか。」
言われた通り、咲良はデスクの横に置かれた引き出しを開ける。
並べられた箱に一回分ずつ袋に入ったガーゼを見つけ、一つを摘み保健医の四ノ宮に渡した。
受け取ったガーゼで四ノ宮は傷口を圧迫止血をする。
「君、名前は?」
「あっ、はい、えっと御坂です。」
「慌てなくていいから、これ、ガーゼを自分で押さえて止血出来るか?無理そうなら怖がらなくていいから言っていいからね。どう?」
「大丈夫、出来ます。こんな感じで良いですか?」
友紀が見様見真似で先生がしていた様に交代して押さえる。
四ノ宮はそんな友紀の背中を支えながら椅子まで誘導して座らせる。
そして、少し離れた所で見守っていた咲良に四ノ宮は身体を向ける。
「君は?」
「1年2組九鬼です。」
「説明は出来るか?」
「はい、数学の授業中で御坂が教科書を開こうとした時に切ったのだと思います。」
「待って、紙で切った傷ではないよ。もっと鋭利な物だが。イジメにでもあってる?」
「否、それは無いです。でも、最近嫌がらせを受けています。」
「担任への報告は?」
「していません。」
「何故?」
「………。」
「自分達で捕まえるつもりかな?それは、辞めた方が良いよ。今回はこちらから担任には報告しないといけない。解るよね。それと、その教科書は教室?」
「はい、高倉先生に現場保存は頼みました。」
「げっ、雅が関わったのか。」
何故か、四ノ宮先生は肩をガックリと落としていた。
10分程押さえていただろうか、ゆっくりと手を離してみると、血は止まっていた。
傷口が開かない様に包帯を軽く巻いて貰い、教室に戻ってみると高倉先生と生徒指導の佐藤先生も来ていた。
「御坂さん、おかえりなさい。傷はどう?痛み止めとか貰った?」
「そこまで痛くないので、大丈夫です。」
友紀と高倉先生が話している横で咲良は携帯で写真を一応撮っておいた。
「御坂、この教科書証拠として貰うが良いか?新しい教科書は用意するが数日はかかるから、隣の席の者に見せて貰いなさい。誰がしたのかは、学校の方で調べるので安心しなさい。さぁ、片付けますよ。誰か、雑巾を持ってきてください。」
キョロキョロと其々が周りの様子を伺うだけで、席を立つ者はいなかったので咲良が教室の隅のロッカーから雑巾を持ってきて机を拭き始めた。
「ごめん、咲良。自分の机だから僕がするよ。」
「良いよ、友紀は怪我してるんだから俺がするから任せろ。」
「ありがとう。いつもごめんね。」
机を拭くのに使った雑巾は、やはり気持ちの良いものではないので破棄する事にした。
咲良は、何度も雑巾を濯ぎ拭いてくれた。その様子を周りは息を殺してただ眺めていた。
数学の授業は咲良の手で綺麗になった頃、見計らった様に終業のチャイムが鳴った。
その後の授業も昼休みも友紀は、大丈夫と言いながらもぼんやりと上の空という感じでいた。
毎回教科書を全て持って帰る友紀の物にどうやって刃物を貼り付けたんだろうか?
2時間目は教室移動で2組の教室には誰もいなかった。
授業を抜けてまで準備をしたのだろうか?誰もいない教室で。
それとも、友紀が開いた教科書は友紀の物ではなく、予め用意されていた物と差し替えられたのだろうか?
証拠の教科書は学校側に渡ってしまったから確かめようがない。
さて、どうしようか?昼休みに広海とも話したが、結論は出なかった。
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