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第一部
第6話 風呂場の出来事 1
賑やかな音楽とトーク。
三時間生放送の特別番組が映し出されているテレビの前に、人影が一つ。艶やかなフローリングに直接座り込み、ソファに背を凭せ掛けているのは丞だった。だが、その顔はテレビ画面に向いてはいない。
カックリと垂れた首。閉じられた瞼。そして薄く開いた唇から漏れ出す、規則的な呼吸音――そう。ただ今転寝真っ最中の彼は、テレビをつけっ放しにしたまま眠りの世界を漂っていた。楽しい夢でも見ているのか、その口角が僅かに持ち上がっている。
今日は日曜日。夕食も済んだ午後9時前のリビングダイニングには、丞の他に誰もいなかった。昨日から父の所へ出掛けている母は、明日の夜まで帰ってこない。他の兄弟達は、三人とも二階の自室に籠っているようだった。珍しいことに覓も大人しくしているようで、二階はほとんど物音も無く静まり返っている。
――と、カタリと微かな音がした。
眠りこける丞に、何かが近付いていく。キッチンから現れたその白い影は、足音も無く丞の横へと忍び寄った。
「…ん…」
寝息と共に小さく漏れる声。騒がしいほどのテレビの音量にも全く目を覚ます気配の無い丞の、床に投げ出された手に顔を寄せる。濡れた口を開き、彼の指を――
「…痛ってぇ!」
いきなり叫んで、丞が飛び起きる。己の右手親指に咬み付いたソレの首根っこを掴んで、目の前まで摘み上げた。
「またお前はー! 俺に咬み付くなって言ってるだろ、ミルキー!!」
首裏の皮を引っ張られ情けない格好で丞のお叱りを受けているのは、町田家のもう一人(?)の家族、白猫のミルキー(♀)だった。全身真っ白な美しい毛並み。碧く澄んだ大きな目。ピンク色の鼻先を舌で頻りに舐めながら、ぶら下げられたまま丞の顔をじっと見詰めている。
「なんでいつも俺ばっか……。そんなに俺が嫌いか?」
照明の光量が落としてある為、多少薄暗い室内で真ん丸に広がった碧い瞳を覗き込んでから、その眉間を指でグリグリと押した。
ミルキーはペットショップから買ってきた猫では無い。近くの公園の片隅で鳴いていた捨て猫だった。
――半年前の雨の日、片手に納まってしまうくらい小さな子猫を学校帰りに拾ってきたのは、他ならぬ丞。びしょ濡れで震える身体をカッターシャツの内側に入れ、自分の体温で温めながら帰ってきた。
元々動物好きな家族達が反対する訳も無く、子猫はその日から町田家で飼われることになったのだ。
言わば丞は、ミルキーにとって命の恩人のようなもの。にも関わらず、ミルキーは彼をいつも困らせる。他の家人には絶対しないのに、何故か丞にだけ咬み付くのだ。それは甘咬みなどという生易しいものでは無い。まだ成猫で無いとは言え、本気で咬まれれば結構痛かったりするのである。しかも、指だろうが耳だろうが所構わず咬み付いてくる。
もう癖になっているのか、何度怒っても止めようとしない彼女に、丞は毎回痛い思いをしながら溜息をつくのだった。
「今度やったら、煮干しの頭、食わせるからな」
めっ! と怒った顔で、ミルキーの額に自分のそれを擦り付ける。煮干しは大好物なのに頭部だけは嫌いならしく、必ず残すミルキーを脅かすつもりで言った。が、その言葉が解る筈も無いミルキーは、円らな瞳で丞を見返して小さくミュンと鳴く。それが可愛くて、思わず頬が緩んだ。
ガジ
「いだーーっ!」
隙を突いたミルキーの見事な攻撃。鼻頭を咬まれた丞が、涙目で白い小悪魔を顔から引き剥がした時だった。
「またミルキーにやられてるの? 丞」
ダイニングの入口辺りから聞こえた優しい声。振り向いたそこに立っていたのは、薄く笑みを湛えた恵だった。
「うー。今日は二度も咬まれた…。あ、恵。風呂入んの?」
恵が右手に抱えているのはパジャマと下着。うんと頷いた兄に、丞はミルキーを放してから訊いた。
「でも、左手、動かせねぇんだろ? 一人じゃ入れねーじゃん」
昼間、会社のレクリエーションである球技大会に出ていた恵は、バレーボールの試合中に左手首を捻ってしまった。すぐに冷やしたものの、赤く腫れた手首はなかなか痛みが引かず、暫く動かさないように注意されたのだ。手首から掌までを覆うように巻かれた、白い包帯が痛々しかった。
「俺が一緒に入って、体流してやろうか? どうせ恵の次は俺なんだし」
「そうだね。じゃ、悪いけどお願いしようかな」
兄の返事に、丞は立ち上がって一つ大きな欠伸をする。その足元で、ミルキーがテレビのリモコンにじゃれ付いて遊んでいた。
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