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さんどめの春

フローラス聖堂

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 聖堂に荘厳なオルガンの音が響き扉が開かれる。そしてアシュレイド侯爵の腕に手を添え純白のウエディングドレスを身に纏った花嫁が姿を現すと、聖堂内の参列者は感嘆の溜息を漏らした。


 ハイネックのシンプルなデザインのドレスと手にした白とブルーの小花ばかりを纏めた小振りのブーケは彼女の清楚な雰囲気に良く似合っている。あっさりと結い上げられた栗色の髪に戴いているのは先王妃から受け継いだティアラ。きめの細かい素肌を隠さぬように控え目に施された化粧は初々しさを引き立て、長い睫毛に縁取られた大きな目の茶色い瞳はステンドグラスからの光を受けてキラキラとした輝きを放っていた。


 祭壇の前に立つファビアンは思わず息を飲み、目を瞠ってバージンロードを進む彼女を見つめていた。彼女には可憐な可愛らしさがあった。だが正装し着飾った時には華やいだ艶やかな雰囲気を醸し出す。しかし今日の花嫁姿はそれとは比較になどならぬ程美しく、ファビアンは微かな目眩すら感じた。


 アシュレイド侯爵とピピルは祭壇の前で立ち止まり彼女はそっと侯爵の腕からその手を解いた。侯爵と見つめ合い微笑んだ彼女はファビアンに手を伸ばし、ファビアンの手に重ねられようとしたその瞬間ーー


 頭上から爆音が鳴り響いた。



 咄嗟に抱き抱えられた侯爵の腕の中で、ピピルは身体を竦ませて辺りを見回した。聖堂は何事も無かったかのように静まり返っている。直後に警備に当たる者達が慌ただしく一斉に尖塔へと向かう足音が響き、一体何が起こったというのかと参列者達がざわめき出した。


 その時だ。


 突然聖堂の扉が開け放たれ、入ってきた黒い覆面を被った男が振りかぶって何かを投げた。途端に耳をつんざくパーンという甲高い破裂音が轟き聖堂は白い閃光に包まれた。

 一瞬の静寂の後、聖堂には飛び交う悲鳴と怒号が渦巻いた。その中でファビアンは必死にピピルの名を叫ぶ。


 「ピピルっ!何処だ?何処にいる?!」


 ファビアンの叫びに答えは無い。閃光で目がくらみ何も見えなくなったファビアンは手探りでピピルの手に触れようとするが、どんなに必死に手を伸ばしても求める物を見つける事はできなかった。


 少しずつ開けていくファビアンの視界に映った物はバージンロードに落ちて踏み付けられ花びらを散らしたブーケ。そしてその横に転がったティアラだけ。


 開け放たたれた扉の向こうにもピピルは居ない。


 そこにはただ、エクラの花びらがはらはらと雪のように舞い散っていた。




 尖塔に仕掛けられたのは時限爆弾だった。威力は小さいものの、大きな爆音を出すように細工されている物だ。警備の目を尖塔に集め手薄にした上で聖堂に押し入ったのだろう。

 閃光に視力を失った列席者達は大騒ぎになったが、暫くすると何事も無かったかのように回復し、落ち着いてみれば誰一人として怪我をした者はいなかった。

 しかし花嫁だけが忽然と姿を消していた。


 聖堂の周りには朝早くから人だかりができていた。平民から圧倒的な支持を受けているピピルの花嫁姿を一目見ようと市民が待ち構えていたのだ。彼らによって門から入った三台の荷馬車がその直後バラバラの方角に走り出すのが目撃されていたが、辺りは蜂の巣を突いたような騒ぎになり、その為に初動捜査が混乱したのも致し方なかった。しかも漸く発見された荷馬車はどれもが王都の外れで乗り捨てられており、恐らくピピルを連れ去った者はこのどれかから別の馬車に乗り換えて逃げたのだろうと結論付けられた。これは用意周到に計画された事件だったのだ。


 こうして彼女の行方を探す手掛かりは遂に途絶えてしまったのであった。


 **********


 あの時と同じだ。でも今回はしてやられたようだ。だって私の両手両足は金属の拘束具で自由を失って居るのだから。今度こそは完璧に拉致に成功されたらしい。


 白い光に目がくらみ何も見えなくなった私はゴロンと転がされた、と思ったら誰かの肩に担がれて運ばれていた。首筋に何かを刺された後は何も覚えていない。

 目が覚めたら馬車の中だった。窓には厚いカーテンが掛かっていて今何処に居るのかは勿論、昼なのか夜なのかも解らない。ドレスは脱がされ下着の上から毛布が被せられているだけみたいだ。多分運ぶのに不便だったから…だと信じたい。下着といっても夏のワンピースみたいな物だし変な違和感はないので大丈夫だと思うんだけど。


 「あんた、本当に薬物に弱いのね。こんなに寝るとは思わなかったわよ」


 聞き覚えのある声の方に視線を向けると派手なドレスが目に入った。


 「……動機を教えて貰えますか?」


 面倒なくらい眠いのだけれど一応それくらいは把握しておきたいので顔も向けずに要点のみを尋ねると、苛立ちを込めた舌打ちと共に拘束具の鎖をガチャガチャと引かれた。


 「ねぇ、わかってるの?あたしに拉致されてるの。このあたしに!!少しは驚くなり泣くなりしたらどうなのよ!本当に可愛げがないわねっ」

 「こんなことをなさるのはどうせマライア様だろうと思いましたから驚くも何も別に……」


 再び舌打ちしたマライア様は鎖をポイッと私に投げ付けた。毛布越しだから痛くないけどズシッと重い。


 そういえば、今回はちゃんと話ができるじゃない!少しは薬に耐性が付いたのかしら?じゃあもしも次の機会があったら眠気も感じないかも。勿論二度と拉致なんてされたくないけれど。

 などどぼんやり考えている私に気付くことなくマライア様は『まぁいいわ、教えてやる』と言って勝手に告白を始めた。


 「あんたが目障りなのよ。出来が良いってチヤホヤされて陛下にも目を掛けられて。流石にファビアンの気は引けないみたいでざまあみろと思ったら、いつの間にか婚約とはね。あの冷血漢にどんな手を使ってたぶらかしたんだか。とにかく平民のくせに正妃なんて許せない。得意げに頭にティアラを載せた幸せの絶頂から地獄に突き落とされるなんていい気味よ」


 マライア様はご機嫌で話しているけれど、当人にとっては幸せの絶頂だなんてそんな良いものじゃないのに。大体ね、そんなちょっと考えれば思いつくような話じゃなくて、もうちょっとマシな情報をくれないかしら?


 結局二度目でも眠気はなかなか治まらず、ほぼウトウトしっぱなしだったのでどれくらいの時間が過ぎたか全くわからないけれど、走り続けた馬車が停まったと思ったらマライア様に頭から布袋を被せられた。誰かに荷物のように担がれて何処かに運ばれドサリと投げ出されて身体を硬くしたが、着地点は柔らかくどこも痛くならなかった。雑な手つきのマライア様に布袋を剥がされて辺りを見回すと、どうやらここは宿屋らしく私はベッドの上に転がされていた。運んだ誰かはもう出て行った後のようだ。


 足首の拘束具が片方だけ残され、ご丁寧にサイドテーブルの脚に鎖が巻付けられている。なるほど、建物の構造もわからないのにサイドテーブル持参で逃げ出すのは至難の業って事ね。


 「部屋の外には腕利きの見張りがいるからね。変な気を起こすんじゃないわよ」


 マライア様は満足そうに言うと出て行った。なんか、ほんとに単純な人だ。誘拐が大成功でウキウキなんだろうな。今知りたいのは目的なのにきっとこの人は何も教えて貰えていないと思う。

 無傷で連れ去ったということは身代金かそれに代わる何かを要求する気なのだろうか?実行犯が複数人いるようだしこの宿屋にも口止め料を積んだに違いない。アイツが絡んでいるのは間違いないけれど、それ以前に大きな組織が関わっているって事だよね。


 ご親切にテーブルの上にはパンとチーズと干し肉と果物、それから真鍮の水差しとカップがおいてあった。チェストの上には下着も含めた着替えまで。サイドテーブルを抱えてバスルームに行ってみたらちゃんとお湯が出るし石鹸も用意されている。サイドテーブル付だとしてもこんなに自由に動けるし誘拐のイメージからはかけ離れた手厚いお気遣いが不気味ではあったけれど、今日は明け方からてんやわんやでその上誘拐なんてされてクタクタなのだ。お風呂に入ってさっぱりし、遠慮なく着替えを拝借する。この世界のおパンティは紐パン的な物なので、あの宇宙戦争の映画に出てくるピコピコ言うドロイドよろしく私の横に常にいるサイドテーブルも着替えの妨げにはならなかった。


 私はベッドに腰掛け仲良くなったサイドテーブルに腕を置いて顔を伏せた。


 「私、どうなるんだろう?」


 呟きと共にぽろりと零れた涙は、サイドテーブルにすうっと吸い込まれて行ったのであった。





 


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