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さんどめの春

古城の塔

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 翌日も早朝から一日中馬車に揺られた。マライア様は始めこそ夢中になって私を罵倒したり詰ったり嫌味を言ったりしていたが、とうとうそれにも飽きたのかほとんど寝て過していた。よく次から次へとそれだけ文言が浮かぶものだと呆れて反応もせず聞き流していたので手応えが無かったようだ。


 私はずっとサイドテーブルと一緒だった。逃走防止の為ではない。間抜けな事にサイドテーブルの脚に巻いた鎖が外れなくなったのだ。「これじゃあ逃げられない……」と小声で呟いたら不敵な笑顔のマライア様にそのまま馬車に乗るように言われた。えぇそうですよ。わざと言いました、わざと。何だか愛着が湧いて離れ難く『あーるつー』というベタな名前まで付けてしまったので。


 あーるつーごと担ぐのは無理だと判断したのか、移動時の布袋の装着は無くなり自分で歩かされるようになって、結局実行犯とも顔を合わせた。

 馭者台には二人の男達が乗っていた。マライア様は私の見張りというよりも、アイツらの見張りとして同行しているみたいだ。よっぽど無傷の人質に拘りがあるらしい。


 そうやって馬車に揺られ同じような日々を過ごすこと五日、あーるつーと共に馬車を降ろされたのは城壁に囲まれた石畳の広場だった。目の前にあるのは前世で訪ねたドイツの古城のような石造りの城だったが、周りをよく見る暇もなく男の一人に鎖を引かれあーるつーを抱えて付いていく。大きな木の扉を潜り城に入ると帯剣した男達に囲まれた。ここ迄一緒だったアイツ等とは違う訓練された整った所作の男達だ。

 彼らはあーるつーを抱える私を顔を顰めて眺めていたが、一人の男がマライア様に鍵を出すように言い手足の拘束具を外した。ありがとうとお礼を言ってあーるつーを抱え直し、あーるつーの脚からぶら下がる拘束具を肩に掛けると更に顔を顰めた。


 「何故それを?」

 「重宝しておりますので。別に振り回して暴れようとは思っておりません。信用ならないと思われるのならば代わりに運んで下さいますか。これから何処かに監禁するおつもりなのでしょう?」


 鍵の男はまた更に顔をしかめ、擦って伸ばしてみたくなるくらいの深いシワを眉間に寄せて考え込んでいたが、周りにいた別の男に向かって頷いた。すっと進み出てあーるつーを持ち上げたので彼は部下なのだろう。それならば鍵の男はこの男達を束ねる者なのかも知れない。


 鍵の男に促され城の廊下を進む。いくつも角を曲がり次の階へ上がるとまた角を曲がる。方向感覚を狂わせる為だろか?多分四階分の階段を上り角を曲がりながら進むと奥まった場所に暗い階段があった。上りきった場所には普通の部屋では無いことを伺わせる鋼鉄のドアがある。

 重々しい音を立てながらドアが開けられた先は小さな空間だった。窓は一切無くランプの明かりがなければ真っ暗になるだろう。右手にはドアがあり正面には螺旋階段がある。鍵の男が「こちらへ」と言いながら指し示したのは正面だったので、大人しく付いていくと上りきった所にもドアがあった。ざっと見ただけでこちら側から掛けられる物々しい鍵が三箇所も付けられているのだから、監禁場所はこの向こうに当確だ。


 ドアが開けられると眩しさに目が開けられなくなるほどの明るい光が差し込んで来た。顔をしかめながら見回して理由を悟った。随分上らされた筈で、ここは塔の上なのだ。

 室内には赤いビロード張りのカウチを始め立派な家具が揃っていて宛らお姫様の部屋のようだ。けれど、窓から覗く鉄格子がこの部屋の目的を伺わせていた。


 ここは王族を幽閉する為に設えられた特別な場所だ。




 「この者がお世話を致します」


 鍵の男の声に振り向くと初老の女性が頭を下げ「ラーナでございます」と名乗ったが私は首を傾げた。


 「何の為に?」

 「主よりの指示でございます。姫様」

 「その呼称もその方の指示ですか?」

 「左様でございます」


 鍵の男は無表情のままで答えた。


 「姫様はお疲れでございましょう。暫しお寛ぎ頂きます」


 ラーナに言われて男達は部屋から出て行く。


 「ノックは致しますがお返事を待つ訳には参りません。ご不便でしょうがご容赦下さい」


 最後に続いた鍵の男もそう言い残して出て行き、部屋には私とラーナだけが残された。


 「どうぞ湯浴みをなさいませ。支度はできておりますよ。それからお召替えをいたしましょう。主が待ちかねておりますのでね」


 部屋には出入口の他に二つのドアがあった。その一つを開けるとバスルームがありバスタブには既にお湯が張られている。塔の上なのに蛇口からお湯が出るらしく、シャワーから出る水量もしっかりしていた。


 ラーナは湯浴み迄は一人にしてくれたが、主の指示だと言って身体に乳液を塗り薔薇の香油を馴染ませた髪を乾かして整えメイクもした。それから用意されていたドレスに着替えたのだけれどかなり独特なデザインの物だった。

 デビュタントの時のようなエンパイアデザインで胸の下からストンと落ちるスカートなのだが、前側は膝下が出るけれど後ろは引きずるほど長い。長袖の袖口は肘からラッパ状に広がっていてスカートと共にシフォンが幾重にも重ねられていた。

 ラーナはバスルームの隣のドアを開け中に入ったのでついて行って覗き込むと、そこは衣装部屋で何枚もの同じような形のドレスが吊るされている。ラーナはチェストの小引き出しからアクセサリーを選び私の後ろに回ると、テキパキとネックレスを付けイヤリングを止めていく。


 どうしてこんなことをされているのか聞きたいのは山々だけれど、何となく世話をするようにと言われているだけで何もわかっていない気がしたので、されるがままになっておいた。だって、ラーナは純粋に楽しそうにしているんだもの。まるで夜会の支度をする侯爵家のメイドさん達みたい。

 最後にぐるりと私の周りを回って確認してから満足そうに微笑むとドアをノックし声を掛けた。向こうには見張りが居るようでドアが開くとラーナは一礼をして出て行った。


 程なくしてドアがノックされ、言われた通り断りなく直ぐに開けられた。監禁されているんだからそりゃそうよね。

 鍵の男を筆頭にずらずらと次々男達が入ってくる。服装こそ簡易なものでバラバラだけれど、統制の取れたその動きや綺麗に並んだ立ち姿は既視感があった。恐らく彼等は近衛騎士として主に仕えた経験を持つ者達だろう。


 静まり返った部屋に階段を上って来る靴音が響いていた。靴音が止まると男達が一斉に敬礼をし、迎えられて姿を見せた背の高い銀髪の若い男に向かって私は微笑んだ。


 私の前に姿を現すのが、何も言わずにいなくなってしまった貴方だとわかっていたから。


 「……アル。貴方は誰なの?」


 アル、とかつてそう呼んで欲しいと言った銀髪の男は私の前に跪き右手を胸に当て私を見上げた。私の癒しだった優しい瞳は心なしか哀しそうな色を滲ませているように見える。


 「わたくしの名はアルフレッド・レイヤ・シルセウス。シルセウス第一王子にして第一位王位継承者です。お待ちいたしておりました、我が姫」


 フッと笑いが零れた。


 なんだ、結局アルはアルじゃない……そう思ったけれども見下ろしたアルの顔が滲んで見えなくなる。


 「お願い、一人にしてくれる?」


 アルは少しの間を空け『後ほど参ります』と言って立ち上がった。きびすを返し部屋を後にすると男達もそれに続き、ドアが閉められると同時にガシャンという鍵を閉める音が響いた。


 私は大きな出窓に腰掛けて外を眺めた。鉄格子の向こうには春だというのにまだまだ白い山々が連なっているのが見渡せる。眼下に見えるのはハイドナー氏が話してくれた白鳥が飛来するという湖だろう。その対岸には芽吹きを待つ深い森が広がり遅い冬の終わりを告げる柔らかい日の光に照らされていた。ここはシルセウス、王子だったアルはセティルストリアに侵攻された11年前は13歳位だったのだろうか?多感な年頃に彼もまた辛苦の日々を強いられた一人だったのかも知れない。


 私はあーるつーを抱えてカウチの前に置きストンと座ると天板に突っ伏した。我慢していた涙が溢れ次々とあーるつーに吸い込まれて行く。


 気が付いていた。彼等が主と呼ぶのは誰なのかに。


 ラーナは肌に優しい乳液を使った。薔薇の香油で髪を手入れした。それはアルが知っていたからだ。香油が肌に合わなくて痒い痒いと愚痴を零していたから。庭園を歩く時に薔薇の花の前から動かなくなる私に手を焼いていたから。


 だってアルは私の側に居てくれた人だったのだから。





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