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おやゆび姫
必要なこと
しおりを挟む暗殺……前世の私には全くご縁が無かった言葉。私だって刺し殺されたけれども要人でも何でもない主婦だものね。アンネリーゼの暗殺未遂が及ぼす影響は同じ殺人でも比べ物にならないだろう。当然モヤモヤするけれど。
「普通の人間なら飛ばされて終わりだっただろう。でも幸運なことにリセは燕だった。燕は魔法で飛ばされる時に一筋の輝く魂の通り道を残すそうだ。魔法使いはそれを辿りリセの居場所を突き止めた。けれどもお前は飛ばされた衝撃で魂が持っていた記憶を思いだし、代わりに生まれ変わってからの記憶を一時的に無くしていてね。心と身体がバラバラの状態での召還は危険だからと記憶を戻すために毎晩夢を見せた。でも13歳から先はどうしても夢を弾いてしまう。リセが思い出したくないと拒否していたんだ」
魔法使いが取った苦肉の策は私の夢に兄さまを潜り込ませ話をさせるというこの方法だった。
「リセがこの先どんな選択をしても良い。とにかくリセを取り戻したい。それには残りの記憶を戻す必要があるが……忘れてしまいたいと強く強く願ったことだ。思い出せばきっと心の傷を抉るだろう。それでもリセ、お願いだ。兄さまの所に戻るために」「やってみるわ!」
あっさりと了承したのがあまりにも予想外だったのか、兄さまはキョトンと目を瞠った。
「どうせリードは離れている間に好きな人でもできたんでしょう?私を排除したがったのもその相手なんじゃない?っていうよりもそもそもリードにとっても望んだ結婚じゃなかったんしゃないの?どうして自分が王太子妃に選ばれたかわからなかった私と同じで、リードだって不本意ながらの結婚だったのよ。それならお互い様じゃない。文句を言ってそれ相応の慰謝料を貰って私は自由になれば良い。リードは好きな人を妃に迎えたらいいのよ」
「でもな、記憶が戻れば解るだろうがそう簡単にいくような話じゃない。だからリセはがんじがらめになって苦しんでいたんだ」
「そうなの?」
「あぁ。リセは全部見抜いてその上で自分が耐えれば済むことだとそう言い張った。事実俺にはリセを助けられるような力はない。情けないな……こんな情けない兄さまでごめんな……」
私の頭を抱えるようにして頬を押し付けた兄さまは嗚咽を堪えていた。きっとアンネリーゼの実情は見守る兄さまが見るに耐えない不憫な物だったんだろう。
「だけど……何か方法はあると思うの。離婚はできなくても自由になる方法が」
夫の裏切りが辛かったのは自分を愛してくれていると信じ幸せにすると言ってくれた相手だったからだ。でもリードは違う。私達はお互いの想いなんて無関係に、いつか国を率いていくリードとその配偶者として抽出された私が組み合わされただけの関係だ。
だったら私、どうにかできるんじゃないのかな?だってもしもリードに愛人がいたとしても痛くも痒くもないのよ?そもそもおこもり好きなんだし社交界での立場なんてどうでも良い。そんなもの責任と義務に囚われて必死に頑張ってきただけなんだもの、愛人が牛耳るならどうぞどうぞ!だよね。
「今の私には何もわからないけれど……そこに何があろうとも私は戻るしかないと思う。いつまでもデボラさんの家でお世話になるわけにもいかないわ」
それにやっぱり私があの世界で生きていくのは無理が有りすぎるのだ。大いに助けられているドールハウスがいくら精巧にできていたからって所詮はミニチュア。私から見たら物凄く荒削りな造りなんだから。食器だって唯一使い物になるのはお皿くらいでカトラリーなんて分厚すぎて口に入らないもの。デボラさんはあれこれ知恵を搾って私が暮らしやすいようにしてくれてはいるけれど、だからこそちっちゃい私の存在がとっても重い負担になっていると思う。私はこの世界にはそぐわないのだ。
「あそこにいても私には何もできないわ。寿命が尽きるのを怯えながら待つだけだと思う。でも元の場所に戻ればそこに何が起きていようとも打つ手は見つけられるかも知れない。だって兄さま、私は燕なんでしょう?魂の記憶を取り戻した私は今までの私よりも相当図太いわよ?何しろ私、死に際の鬱憤が溜まりまくっているんだから」
「リセ……」
兄さまは私の頭に掌を乗せ顔を覗き込んできた。
「頼んでおいてなんだが、お前、かなり酷い目にあっていたんだぞ?」
私はニヤッと笑った。夫の裏切りのせいで殺された私が今生でも命を狙われた。今度も黙って我慢する?
冗談じゃないわ!!
「おやゆび姫は自分で未来を切り拓いてみせた。私も泣き寝入りなんかしない。虐げられたのなら現実と向き合って戦うまでよ。今度は絶対に乗り越えるから。だから……ヒントを頂戴。そこから記憶を捕まえられると思う」
「わかった……」
しばらく上を見上げた兄さまが心を決めたように私を真っ直ぐに見つめる。
「三月前にリードが帰国した。お前達は長い年月を経てようやく再会したんだ。けれど出迎えたリセの前に現れたのはリード一人じゃなかった」
バチン!
また光が弾ける。けれども今度は真っ白な光が広がって行くだけだ。あまりの眩しさに思わず目を閉じた私は必死に耳を澄ました。
「あ!」
微かに聞こえて来たのは遠くから近付いてくる馬車の走る音。それは徐々に大きくなりすぐ側で停まった。ゆっくりと目を開けると王室の紋章が付いた落ち着いた装飾ながらも立派な馬車が停まっている。私は開かれる馬車の扉を見つめながら呟いた。
「捕まえた……」
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