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おやゆび姫
鋏とナイフ
しおりを挟む庭園を散策してきた王妃陛下から見事に咲いている芍薬を見ながら食事がしたい言われ、わたしはダイニングルームに向かった。既に作業用のテーブルが準備され庭師が選んだ花材も並んでいる。薄紅色の芍薬をメインに組み合わせを決めると手早く花を捌き握る場所よりも下の枝や葉を落とし花束を組んでいく。久し振りに触れた花は些細な事にも過敏になっていたわたしの気持ちを落ち着けてくれた。
「まあ凄い!」
無心になって花束を組んでいたわたしは突然背後から掛けられたエレナ王女の声に飛び上がりそうになった。
「アンネリーゼ様が花束を作っていらっしゃるって聞いて半信半疑で来てみたんだけれど、まさか本当だったなんて驚いたわ」
その驚きはもちろん花束を作れる事ではなく作る事対してで、いつものように侮辱する文言は一切入っていないながら口調や表情で巧妙に嘲っている。内心またかとげんなりしつつわたしは作り笑を浮かべた。
「そうだ!わたくしもやってみようかしら?茎を握るのは気持ちが悪いけれど花瓶に入れるだけなら簡単でしょう?」
了解を取りもしないうちにエレナ王女は隣に立った。エレナ王女は度々こういう強引で不躾な行動を取るのだけれどそれは必ず国王夫妻の居ない時に限っている。茎を握るのは気持ちが悪いだなんて今まさに握っているわたしの横でよくも口にできるものだ。王妃陛下もこれをご覧になったら流石にエレナ王女を手本にとは言わなくなるんじゃないかしら?とわたしは溜め息を呑み込んだ。
「よろしければお使い下さい」
差し出した花鋏を受け取ったエレナ王女は拙い手付きで茎を切り空いていた花瓶に無造作に入れていく。だがそれは花の重みで傾きくるりと向きを変え思い通りにならないようで、忽ち苛立ち始めた。
一輪挿しの花瓶じゃあるまいし当然だろう。後でこっそり抜いて活け直さないと花が可哀想だわ……そんな事を考えながら黙々と手を動かしていたわたしにエレナ王女は尋ねた。
「貴女は鋏を使わないの?」
「いえ、花束は組み始める前に花材を全て捌くのでその時には使いました。束ねてから茎を切り揃えるのも鋏ですし」
「ふーん……」
「でも活け込みならナイフを使うことの方が多いです。水の吸い上げも良いですし……」
「解ったわ!」
エレナ王女は大きな声を上げその場にいた侍女達を見回した。
「アンネリーゼ様ったらちょっと意地悪が過ぎてよ。だからこの花は萎れてしまったのね?それに思った方を向いてくれないのも鋏で切ったのがいけないんだわ!!」
「……え?」
「いくら唯一のお得意が花だからってわざとわたくしに失敗させようだなんて、ちょっと幼稚すぎるんじゃない?」
あまりの言い掛かりにわたしは唖然とした。花が萎れているのはエレナ王女が弄りすぎたせいで鋏で茎を切ったからではない。思い通りに活けられないは論外だ。けれどもエレナ王女の侍女達は軽蔑するような目でわたしを見ている。エレナ王女は狼狽えるわたしの前に手を伸ばし大事にしているフローリストナイフを勝手に掴んだ。
「危ないわ!!」
そして返事もせずに開いたナイフを茎に当て力任せに動かした。
思わず目をぎゅっと閉じたわたしが恐る恐る見てみると運良くエレナ王女に怪我はなかったらしい。しかし代わりに芍薬が花首の下でぽっきりと折れている。掴んでいた場所が悪かったのだろう。折れたのが花首で良かったと胸を撫で下ろしたその時、エレナ王女が荒げた怒鳴り声を上げた。
「何なのこのナイフは!貴女手入れをしていないんでしょう!!」
キッと睨んできたエレナ王女がナイフのそりに当てた指を『ほら見ろ』と言うようにすっと引き、わたしは悲鳴を上げ持っていた花を取り落とした。
大袈裟に騒ぐんじゃないわよ!とでも言いたげにわたしを一瞥し、それから指に目を向けたエレナはフラリと崩れ落ちた。
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
『お説教をする訳ではないのだけれど』という王妃陛下の前置きから始まった話はどう考えても説教としか捉えられなくて、それでもわたしは項垂れ謝罪の言葉を繰り返した。
王妃陛下曰くエレナ王女は一貴族の娘として自由奔放に育てられたわたしとは違うのだから、好奇心に駆られてナイフに興味を示したからと言って使わせてはならなかったのだそうだ。
跡に残らぬ軽い傷だったから良かったものの、もしも顔に傷でも負う事になっていたら ファルシア王室は当然責任を問われる。わたしを退けてエレナ王女を王太子妃に迎えるという責任の取り方を求められても拒否はできない……
「そうなったら困るのは貴女でしょう?今回は大事にはならずに済んだから良かったけれど。常にもっと注意深い行動を心掛けなくてはいけませんよ!」
何故か王妃陛下はエレナ王女やエレナ王女の侍女達からの話しか聞かなかった。深い意味は無くてそれで把握できたと思っただけなのだろうが、その内容に何も疑問を持って貰えなかった事にわたしは深く傷付いていた。エレナ王女がナイフを使ったのはわたしが薦めたから。王妃陛下はそんな報告を鵜呑みにしたのだ。
やっと開放され廊下に出ると一緒にいたリリアがポロポロと涙を流した。
「ごめんね、リリア。辛かったわね」
リリアの肩を抱きながらわたしは自分の無力さと不甲斐なさが情けなくてならなかった。
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