30 / 99
おやゆび姫
魔法陣
しおりを挟むどうやらこの世界の月と元の世界の月は同じ満ち欠けをしているらしい。日に日に円みを帯びていく月は今夜遂に真ん丸になり、東の空に大きな大きな姿を現した。
夢で兄さまに会って以降、毎夜毎夜の女子会でデボラさんは私が居なくなる寂しさを嘆き、私はデボラさんへのどれだけ言葉を重ねても言い尽くせない感謝を伝えた。そして二人で顔がぐっちょぐちょになるまで泣いたせいで毎朝目が腫れていて、顔を見合わせて大笑いだった。
「これね、店に持って行ってウインドウに飾ろうと思うのよ」
デボラさんは愛おしそうにドールハウスを眺めている。兄さまと魔法使いはあれ一度では終わらず毎日毎日色々な物を転移させて来ており、ドールハウスが凄い充実振りになっているのだ。ヘアブラシとか前髪用のカーラーとか爪切りとか耳掻きとかミニチュアでは使い物にならなかったあれこれは凄く嬉しいけれど、数日で戻るのにここまでするのはやっぱりあの超絶イケメンはどシスコンなのだろう。ちょっと戻るのが怖い。だけどそんな当たり前の日用品がデボラさんにとってはとっても精巧に作られたミニチュアで可愛さに感動して涙ぐんでいる。兄さまったら裁縫道具まで転移させてきていてせっかくだから刺繍枠に布を張り刺繍をしてみたのだ。あえて完成させずに未完成の刺しかけのままで針をさした状態でストップして。そんなものが刺繍針やガラスの玉が付いたまち針が刺さった針山、鳥を型どった糸切り鋏と並んだミニチュアなのよ?可愛い物にからっきし弱い女子が感動せずにいられる筈がないではないか!でもそんなデボラさんこそが可愛くて尊過ぎて私もうるうるしちゃうんだけど。
ウインドウに飾ったら間違いなく人目を引くと思うし、ウェディングケーキのサンプルや予約販売をするっていうお知らせのボードにも目を留めて貰えるだろう。どうかデボラさんのお商売を助けてくれますように。
昨日までは喋って喋って喋べりまくっていたのに今日はほとんど会話がなかった。話したら絶対に寂しくなって泣いてしまうから。そうやって静かな夜は更けていきいよいよ真夜中が迫っている。
私は転移してきた魔法使いの指示書の通りドールハウスの床に長座して胸の前で両手をクロスした。
「デボラさん、お世話になりました」
デボラさんは顔を覆ってつつつっと後退ってからボロボロ涙を流し始めた。流石は気遣いの塊!こんな時まで基本に忠実である。
「ありがとう。私の所に来てくれて、本当にありがとう。リセちゃん、絶対に幸せになるのよ!」
「デボラさんも、お商売に夢中になってばかりいないで、新しい恋を見つけて下さいね」
目元をごしごし擦ったデボラさんが笑顔を見せた丁度その時、私の頭の上に砂時計の砂のようにぼんやりした光の粒が降り始めた。
それはどんどん量を増し眩しく輝いていく。床に落ちた粒はキラキラ光ながら私を囲むように円を描き複雑な模様を形取った。
「魔方陣ってこんな風に作るのね!」
「ですねーっ!私も見るのは初めてなんですよ。自分の世界に魔法使いがいるなんて知らなかったんですもん!」
二人で驚いているうちに光の粒で出来ていた魔方陣はしっかりと結びつき強烈な光と共に風を起こし出して私の身体を浮かび上がらせた。
「ありがとうデボラさん、大好きです!!」
叫んだ私にデボラさんはうんうんと首を振って『私思ったんだけど』と凄い早口で話し掛けてきた。
「アルブレヒト様ってリセちゃんの事が好きなん…………」
最後まで聞こえなかったけどデボラさん。言いたいことは解りました。永遠のお別れ間際にまで恋バナって……貴女って本当に乙女なのね!
でもってそれ、ないからねっ!
真っ白い光に包まれて眩しくて目が開けられないがこのポーズを取らされた理由は実感した。この召還って瞬間移動みたいにするんじゃなくて何処かを通っているみたいで、その通り道の感じがまるっきりウォータースライダーなのだ。時間はそんなに長くは無くて大きなレジャープールのウォータースライダーくらい。最後にすぽん!と飛び出した私はガシッとキャッチされ『成功だ!』と耳元で叫ばれて顔を歪めた。
「リセを離せ。今すぐ離せ!」
こっちのうるさいのは兄さまね?とぎゅっと閉じていた目を開くと案の定激おこの兄さまが血相変えて叫んでいる。で、私が居るのは……
「…………アルブレヒト様?」
どうしてアルブレヒト様がここに?それよりもどうしてアルブレヒト様はお姫様抱っこされている私の頭に頬擦りしていらっしゃるのでしょう?理由を尋ねようと兄さまに視線を送ろうとしたけれど、それよりも先に兄さまは私を強引に引き離しソファに座らせた。
「リセ?無事か?俺が誰かわかるか言ってみろ」
「ユリウス・プロイデン。私の兄さまよ」
「このクソ魔法使い!リセがおかしいじゃないか!」
兄さまが怒鳴り散らしているけれど、私何にも間違えていないわよね?
「リセ、戻って早々申し訳ないけれどこのアホ兄貴の為に兄さまの前に一言足してやってくれるか?」
「……?私の『大好きな』兄さま?」
「リセぇ。無事だったんだな」
ぐえ、苦しい。召還には成功したらしいけれど超絶美型どシスコンの抱擁で絞め殺されてしまいそうなんですけど……
助けを求めてアルブレヒト様に手を差し出した私は思わず瞬きを繰り返した。アルブレヒト様が纏っているのは魔法学校を舞台にした映画みたいなローブで、ということは?
「アルブレヒト様って魔法使いだったの?」
アルブレヒト様が杖を一振りするとローブは消えていつものアルブレヒト様に戻っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
16
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる