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アンネリーゼ
魔法使い
しおりを挟むジェローデル侯爵家は秘密裏に代々王室お抱えの魔法使いを務める家門だそうで、先頃目出度く先代からアルブレヒト様に代替わりをした。でもそれをロイヤルファミリーの一員である私が全く知らないって、ねぇ?こういうの、嫁に対して失礼なんじゃないの?
「そうは言ってもほぼ出番は無いんだよ。掛けられた黒魔術を解く為のお抱え魔法使いだけれど、実際黒魔術を掛ける奴なんてほとんどいないからな」
「どうして?」
「魔法には痕跡が残るんだ。個人情報がたっぷり載った痕跡がね。誰が敷いた魔法陣なのかなんて優秀な魔法使いならば直ぐに判る」
アルブレヒト様は優秀な、というところを強調して説明した。
「今回のは本に仕掛けられた魔法陣だったから痕跡は薄まっていたけれど、このハルメサンなら解読も朝飯前だ」
「ハルメサン?」
「アルブレヒトの魔法使い名だ」
ついマルとテンテンを付けちゃいそうね?
「じゃあ犯人は直ぐに捕まえられるの?」
「それがだな……」
兄さまはアルブレヒト様と困惑したように顔を見合わせ、躊躇いがちに口を開いた。
「命じたのが誰かは予想が付いたんたが、驚いたことにそれは第三者ではなかった。自分の手で敷いた魔法陣だったんだ」
「エレナ様は黒魔術師なの?!」
私は思わず立ち上がった。王女様自らが魔術で手を汚すだなんて、そんな事ってある?
驚く私を見て兄さまはアルブレヒト様に向かって顎をしゃくった。
「どうだアルブレヒト、全部見抜いているなんて俺の可愛い妹は本当に聡いだろう?」
「何を言う、聡いのは俺の可愛い教え子だ。お前の妹は何年も前に嫁いでしまったじゃないか!」
「と、嫁いで行っても血の繋がりは消えない!リセは永遠に俺の可愛い妹だ!!」
「だけれど俺は三年以上もリセを指導してきたんだぞ。今や共に過ごしている時間はお前よりもずっと長い!」
「いや、リセが生まれてからの累積なら足元にも及ばないだろう!俺は産気付いた母をほったらかして商談に行って留守だった父よりも先に、生まれたてホヤホヤのリセを抱いたんだ!」
くだらない二人の言争いは放置して私は辺りを見回した。まだ多少の違和感はあるけれど置かれている物はどれも見覚えがあり、ここはロンダール城の私がいた部屋に間違いないようだ。私は窓を開けてから目を閉じて広がった暗闇の中に光が差し秘密箱を照らした。なるほど、ここまでは今まで通りね。ではお次は、と側面に指を掛けたけれど箱はびくともしない。今まではスルスル滑るようにスライドしていたのに!
「リセちゃん、君は何をしているのかな?」
掛けられた声に振り向くと片眉を吊り上げた兄さまが意味深な笑顔を浮かべていた。
「まさか物騒な事を考えてなんかいなかったよな?」
「オホホ、イヤですわお兄様ッたら…………だって、だってあの光が使えれば私は自分の身を守ることが出来るのよ?それなのに、アレはもう使えないの?」
シクシク、しくしくシクシク。
男がどんな理屈を並べても女の涙には敵わない、という格言を知っているのは燕さんの強味。覚醒前のわたしも我慢ばっかりしていないでもっと活用すれば良かったよね?
だってほら、過保護な兄さまズはオロオロして私の前に膝まづいているではないですか!
「召喚の衝撃であの能力は無くしてしまったようだが心配するな。これからは護衛騎士だけじゃなく常に俺が付き添う」
アルブレヒト様が?
「え……」
思わず絶句した私を赦して!なんか面倒くさいの、とっても。
「いやいやいや、それは駄目だ。お前は影の魔法使いなんだぞ。突然リセに付き纏い出したら不自然だろうが!」
そうだ、不自然だー!と脳内で拳を突上げたが、アルブレヒト様は機嫌良く薄笑いを浮かべた。
「アンネリーゼ王太子妃はお勉強が滞っておいでだ。今後は空き時間は全てこの私、アルブレヒト・ジェローデルの講義を受けて頂く為の時間とする。よって私は常にアンネリーゼ王太子妃のお側で待機させて頂くとしよう!」
うっわ!
「アルブレヒト様が居たら何が違うのよ?」
「よくぞ聞いてくれた!」
嬉々として始めたアルブレヒト様の説明によると、エレナ王女の黒魔術は要するに下手なんだそうだ。なんてったって勉強不足で極めていない付け焼き刃感がプンプンするみたい。元々この世界の王族ってある程度の魔力を受け継いでいるんだけど、エレナ王女は生まれつきそこそこ強めの魔力を持っているからどうにかなってる杜撰な代物なんだって。
「だから俺が感知すれば発動を弾く事ができる。それには常にリセの側にいないと」
アルブレヒト様は自慢気に胸を張った。
仕方がない、あれを使おう。私は首を傾げてきゃぴんとアルブレヒト様を見上げた。
「偉大な魔法使い様!それでもリセは不安なのです。防御魔法……なーんて掛けては頂けないかしら?い、いえっ。無理にでは無いのですよ?もし、もしも魔法使い様がそんな難しい魔法を扱えるのなら……だってリセは怖いんだもの……」
文末にかけてフェードアウトするように声量を落とし同時に視線を斜め下に流す。するとどうでしょう!魔法使いはデレっとした顔で右手をぶるんと振り杖を取り出し一瞬でローブを装着し、指先を光らせて空中に魔法陣を描き始めた。
ふーん、この世界では魔法陣ってこうやって描くのね、なんてカクテルを作るバーテンダーを眺めるように見ていたら、魔法陣が私の頭上にするんと移動してストンと落ちてきた。そして私の身体を数秒間光らせて何事もなかったのように消えて行った。
「これで大抵の魔法は弾くだろう!」
流石!凄い!と褒め称えつつお礼を言うとアルブレヒト様は面白いようにドヤっていたが、『これで付き添いは必要無し!』とパチパチ拍手をするとやっと自分が何をしたのか気が付いたらしく頭を抱えて猛烈に後悔している。
大丈夫かなこの国は?こんな単細胞がお抱え魔法使いだなんて。
「リセちゃん、君、随分とあざといことが出来るようになったんだね」
兄さまは笑いを堪えながら耳打ちしてきた。
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