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アンネリーゼ

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 翌朝早く目を覚ました私は兄さまを叩き起こして追い返した。お義姉さまの出産予定日はまだ先だけれどいつ産気付くかわからない。超音波の無いこの世界では結構な誤差があったりするのだ。優雅という言葉がぴったりな美しいお義姉さまだけれど性格はなかなか男前で度胸がある。『どうせ貴方はドアの前でウロウロするだけなんだから居ても居なくても関係ない』という辛辣な言葉と共に兄さまを送り出してくれたそうでしかも本気でそう思っているみたいなんだけど、やっぱりドアを隔てたとしても赤ちゃんの産声は夫婦揃って聞きたいよね?

 ついでに優秀な王室お抱え魔法使いハルメサンことアルブレヒト様も回収しては貰えないかと頼んだけれど、これについては却下された。自分の能力頼みで繰り出す魔法って未知数でもあって、もしもエレナ様が後先考えず捨て身でってなるととんでもない強力な魔法を繰り出してくる可能性があるんだって。

 「研鑽を積んだ魔法使いなら決してそんな事はしない。魔法は等価交換、無茶をすれば自分にも跳ね返り命を脅かすからね。でも中途半端に噛った程度のあのお姫様なら感情のままに暴発させるかも知れないだろう?そうしたら防御魔法だけではリセは守れない」

 いつになく真剣なアルブレヒト様だったので私も渋々従った。異世界転生した上に異世界転移して転生した世界に召還されて戻って、また異世界転移なんてもうホントにごめんだもの。

 それはそうと、私がおやゆび姫になっている間に婚儀まで残すところ約ひと月になっていた。

 「なんだかさ、リセ……太ったか?」
 「失礼ね、元に戻ったって仰って下さいませんこと!」

 ここに来たとき眠れず食べられずで窶れていたわたしは向こうの世界でのデボラさんとの女子会三昧であっさり元に戻っていた。だって話が弾めばつい食べちゃうし、デボラさんはお父さま仕込みの腕の良いパティシエなんだもの、出てくるお菓子が美味しくない訳がないではないか。けれども決して通り越してふくよかになったのではない。これは非常に喜ばしいことだと思う。ドレスの最終フィッティングでお直し無しになる筈だからね。

 それなのにリリアは心労でげっそり窶れちゃって可哀想なくらいだ。何をする気にもなれなかったと泣きながら打ち明けてくれた通り髪もお肌も全然お手入れしていなかったんだろう。いつもの綺麗なお姉さんはどこ?って探しちゃうくらいボロボロになっている。

 異世界転移被害?の事は極一部の限られた者にだけ通達されたそうだ。でも封印のことがあるので常に側にいるリリアにだけは私は燕だって打ち明けた。リリアはびっくりしたもののなるほどなって感じの反応だった。どことなく変わり者の気配がしていたみたいだ。

 それはそうと行方不明になって見つかったのが異世界で。そんな特異な事情にも関わらず婚儀の予定に変更はない。わたくし、異世界に転移させられ戻ったばかりなのですが。

 魔法使いハルメサンによる一通りのチェックの結果まだ精神的な混乱はあるものの特に大きな問題は見られないとの事で、朝起きた時にはもう報告を受けた王室から一両日中に本城に戻るようにとの書簡が届いていた。この世界って伝書梟がいるのよ。だから夜中でもなんでも連絡が取れるのだ。梟って森の賢者とか言われてるしお利口そうに見えるけど実際は……って聞いた事があったけど、こっちの梟は見た目通りの賢いコ達でしかも夜に動けるから重宝されているらしい。

 変更なし!ってぶうたれたい気持ちはあるけれど移動手段が船か馬車っていう世界だもの、遠方の招待客はもうとっくにこちらに向かっているし中止の知らせを送っても行き合う迄に何日も掛かる。相手の機嫌を損ねると国際問題に発展しかねない訳で仕方がないと言えばそうなんだけど。

 つくづく思うけど、王太子妃なんてちっとも良いもんじゃないわ。

 夜中に戻ったばかりなのに午前中からみっちりハルメサン……ではなくアルブレヒト様の講義が再開されたんだから。

 「リセが向こうにいる間に入った情報なんたが、オードバルはアシュールとの同盟を模索しているらしい」
 「……それ、本当なの?」
 
 アシュール、オードバル、そして我が国ファルシアは国家としてはほぼ同じ規模でその間を埋めるように複数の小国が存在する。小さな小競り合いはあれどもう長い間大きな衝突に至っていないのは
、三国の力が均衡を保っているのが大きな要因だった。

 「オードバルの狙いは?」
 「さあな。大方隣の小国に侵攻して領土を広げるのが狙いなんだろうが、はっきりしたことはわからない」
 「向こうがアシュールと手を組んだとなればファルシアは無闇に非難できなくなるものね……でもそれならどうして」「そんな大事な時期にあのお姫様はこっちでのんびり羽を伸ばしているか、だろ?」

 不愉快そうに私の言葉を遮ったアルブレヒト様は窓の外にふくれっ面を向けた。

 誰かを乗せた馬車が着いたようだ。

 「何しに来た……」
 「誰が来たの?」
 
 私が立ち上がると同時にドアがノックされ、顔を出したリリアはいつになくオロオロしている。

 「あのぉ妃殿下……どうしましょう?」
 「どうしましょうって何が?」
 「それが……先触れが無かったもので存じておりませんでしたが、お迎えにお越しになりまして……」

 ……だってリリア、迎えをやるからすぐ戻れだなんてってプンプン怒っていたのに忘れちゃったの? 

 という私の脳内の疑問をちゃんと読み取るリリアって流石。

 「殿下がっ、王太子殿下がご到着されました!」 
 「え?……なんで?!」
 「多分……妃殿下をお迎えに?」 
 「いやいや、聞いてない!」
 「わたくしも、というか誰も伺っておりません!馬車から降りられたのが殿下でしたので皆呆気に取られた次第で」

 慌てて窓に駆け寄ったがもうそこにリードの姿は無かった。

 「リリア、着替えの用意をして!寝るから!私、具合が悪いの」
 「ですが妃殿下!」
 「連れ戻されるのは想定の範囲内で仕方がないにしても、顔も見たくないのに同じ馬車に乗れなんてどんな罰よ?別に私だって飛ばされたくて飛んだんじゃないのよ?あのセクスィ王女にやられたんだから!なのにどうして私がお仕置きされなきゃいけないの?絶対に嫌、断固拒否!」「ひ、妃殿下!後ろ、後ろ!」

 リリアの声に振り向いたがアルブレヒト様がポカンとしているだけで、別にそんなの構わない。

 という私の脳内の呟きをまたしても読み取ったリリアさんが『ち・が・い・ま・す』と口だけを動かしつつ腕をバタバタと振っている。

 「同じ馬車に乗るなんて絶対に嫌!なんにも言えないと思ったら大間違いよ。私はNOが言える物言う王太子妃になるんだから!ということで本日の帰城は見送ります。私は体調がわる」「元気そうだな!」

 話の途中だった私はそのお口のまま固まった。リリアが言う後ろってドアの後ろの事だったのね。

 で、そこに居てぜーんぶ聞いていた人物こそ、ファルシアの王太子で私の夫であるジークフリードだった。

 
 
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