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アンネリーゼ
宣言
しおりを挟む「何故わたくしが嫉妬を?わたくしはただひたすら不愉快なだけですわ」
言葉通り私の表情は不愉快この上なかったのだろう。リードは根負けしたかのように顔を背けた。
何よ嫉妬って!自分が嫉妬されるようなポジションにいると思っているなんて、随分と思い上がっておいでですこと。
「殿下って自惚れやさんでしたのね」
「なに?」
「だってそうでしょう?嫉妬なんてそれ相応の関係性があるからこそ起こる感情ですわ。まさかわたくしが殿下に片思いでもしているとお思いでしたの?」
手元の書類に視線を落としているリードの横顔はみるみる赤くなっていく。図星だったのかそれとも腹を立てたのかはわからないけれど別にどっちでも構わない。
はっきりしているのは私はただひたすら不愉快だってこと。
「まだ少年でいらした殿下が紙切れ一枚に名前を書き込んで夫婦になったと言われても自覚なんて持てないのは理解できます。誰かに心惹かれ恋に落ちたとしても不思議ではありませんし責めるつもりもございません」
ぐうの音も出ないんだろう。リードが黙って書類を睨みつけているので私は続行を決めた。
「でもそれは殿下だけのことではないのです。この子ならやれそうだからと一方的に王太子妃に選ばれた14歳のわたくしはそれでもわたくしなりに懸命に努力して参りました。選ばれた以上は努めを果たさなければという一心で」
気が付けば私の左手はいつの間にかスカートを握りしめていたが、リリアはそっと外し自分の両手で包み込んでくれた。四年間、ずっとわたしの側にいて支えてくれたリリアにはこの悔しさが手にとるように解っていたのだろう。その手は温かく、私を励ますかのようだ。私はリリアの手をギュッと握った。
「愛人だろうと寵妃だろうとわたくしは何も申しません。だってなんとも思わないんですもの。ほとぼりが冷めるまで様子を見ようとなさるのは致し方ないのも」「様子を見るだと?」
「今わたくしを廃妃になさるのは得策ではないとお考えなのでしょう?」
刃物のような鋭利な目付きでリードに話を遮られたが、私は表情を変えることなく淡々と言葉を重ねた。
「ご存知なかったのかしら?わたくしはお人形ではなく心を持つ一人の人間で、踏みにじられたら傷付く心があるのです。一生無機物の人形みたいに扱われて生きていくなんて真っ平ですわ。婚儀が取り止められないのは重々承知しておりますし逃げ出すつもりもございません。王太子妃であるわたくしの務めだと思っております。ですがそこまでです。ねぇリリア、ロンダール城って良い所だったわね?」
リリアは顔を引き攣らせ真ん丸くした目をパチパチと瞬いた。
「私がロンダール城に移ったらリリアも一緒に来てくれる?そうしたら私、全然寂しくないわ」
「本城を離れてどうするんだっ!」
「邪魔者が消えたと喜んで下さったらいいのですわ。そもそもそれからどうするかは殿下がご自分でお考えになるべきだと思いますけれど、折角ですからアイデアを差し上げますわね」
私は顎先に人差し指を当てて視線を上に向けた。
「色々やれることはございますでしょう?例えばです、既に一度療養しているのですもの、婚儀の疲れを理由に長期療養したことにしても誰もおかしいと思いませんわ。そしてどうやら回復が難しく妃としての務めを果たすのは無理らしいという噂を流す。そうなれば世継ぎに関わる問題ですから気の毒だが離縁やむ無しという世論になるでしょうし、元気一杯胸一杯の新しいお妃様は大歓迎されるのではなくて?しかもそれが尊い血を引く王女様なら誰が文句など言うものですか!」
「君は…………離縁を望むのか?」
「えぇ、しかも円満な離縁でなければ困ります。殿下の恋路の邪魔なんてする気は毛頭無いんですもの、せめてそのくらいは認めて下さいますよね?」
「つまり君は…………」
リードは唇を噛んでアルブレヒト様を睨み付け続けて私を睨んだ。こんなに物わかりよく協力的な妻になんたる態度なのよ?涙を流して感謝の言葉の一つを言っても罰当たりじゃないと思うけど?
だけどハッと忌々しそうに大きく息を吐いたリードはとんでもない解釈をしたらしい。
「僕と離縁してハルメサンと再婚するつもりなんだな!」
「…………はい?」
リードはもう一度アルブレヒト様を睨んでからゾクッとするような冷たい瞳で私を睨み付けている。
「…………待って、何言い出すの?」
「君こそハルメサンに気持ちが傾いたんだろう。そしてハルメサンが……コイツが君に想いを寄せている事なんて火を見るよりも明らかだっ!」
「何処がよ?!」
予想外の展開に慌てる私を他所にアルブレヒト様はゲラゲラと笑いだし、そしてリード以上にとんでもない事を言い出した。
「お気づきでしたか。それならば仕方がない。殿下が仰る通りです。わたくしは以前よりリセを愛しておりました。殿下、ご安心下さい。リセはわたくしが必ずや幸せにします。影の魔法使いハルメサンではなくジェローデル侯爵家嫡男アルブレヒト・ジェローデルの妻として!」
「何言い出すの?!」
どいつもこいつも、この閉鎖空間で訳のわからない事を言い出すのは勘弁して欲しいんだけど。
できることならドアを開けて飛び降りたいと私は心底思った。
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