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アンネリーゼ
悔しがる
しおりを挟むよくこんなにも並べられたものだと感心するくらいのエピソードを披露し、アルブレヒト様はようやく満足したらしい。リードに満面の笑みを向けると
「あの頃の可愛らしい妃殿下をご存知ないとは、失礼ながら殿下がお気の毒にすら感じられます」
と言ってようやく口を閉じた。
何言ってるのこの人は?あの話からどうしてこうなるわけ?何これ、俺はお前の知らないこいつの過去を知ってるんだぞっていうマウント?
じとっと見ている私を無視してアルブレヒト様はリードをからかうような半笑いまで浮かべている。
そして一方のリードはと言うと……アルブレヒト様に向けているのはポカンかと思いきや不服そうな膨れっ面。なんで?
「確かに僕が知るのは12歳からの王太子妃だ。だがその時期ハルメサンは留学中だったな。ならば当時の様子はわからないだろう。書架の図鑑に手が届かずにべそをかいたり、無理して登った脚立から飛び出ていた釘にスカートが引っ掛かかって降りられなくてべそをかいていたり、助けた後なかなか泣き止まないのに困ってチョコレートを口に放り込んだら目を丸くしてこんなに美味しいチョコレートは初めて食べたと言って感動して泣き出したり、そんな王太子妃をハルメサンは知らないだろう?」
私のジト目は負けじとマウントを取ろうとするリードに移動した。横ではリリアが萌えている。萌えるような話かな?ごくごく普通の子どもらしいお間抜けっぷりだと思うんだけど。
「ですが殿下、12歳の妃殿下は兄に宛てた手紙にわたくしへの手紙も同封してくれておりまして。少女らしい文字や文章から存分に様子を伺い知ることができました。そうそう、文末に必ず添えられた星印、この意味がおわかりになるでしょうか?」
「星印?」
「やはり、やはりご存知ない!そうですか、ご存知ない!」
苛立ちが見え隠れするリードにアルブレヒト様はドヤって胸を張る。
「キスですよ、おやすみなさいのね」
「だって兄さまへの手紙に書いていたのを見つけて自分のにも書いてくれって散々催促したからじゃないの!書いてくれたらオードバルの珍しいお菓子を送ってあげるって」
「君は菓子で買収されて男にキスを送るんだな!」
なんでこっちに飛び火する?
あぁもう!何なのコイツらは?どうしてこんなにコロコロと話を転がしちゃうのよ?
「アルブレヒト様はわたくしの兄のような方で幼い頃よりわたくしを愛称で呼んで下さっておりました。ですから今もなお愛称で呼ぶことに特段の問題はないかと思いますがいかがでしょう?」
何時までも付き合っていられるかと書類をめくりながらそう言ったがリードからの返事はない。言いがかりもいいところなのに今度は無視?
それに、だわよ。恙無く署名を済ませ夫婦になりました!ってバルコニーに並んでお手々を振ったわたしという妻がいるのに、愛称で呼ばれて嬉しそうな顔をしているのはどなたでしたっけ?アンタでしょうが!
「文句なら特段の理由を込めていらっしゃる方に仰ればよろしいのではないかしら?愛称で馴れ馴れしく呼ぶだけではなくて一日中ベッタリと一緒に過ごしこれみよがしに腕を組んだり隣の席に座ったり、夜会でエスコートを受けたり……あっ、でもそれは『どうしてもと懇願された』と伺いましたのでお門違いって言われてしまうかしら?」
「懇願?僕が?」
「豊満なお胸が今にも溢れ出そうなドレスでしたもの。お気持ちはお察しいたしましてよ。お望み通りさぞかし素敵な眺めをご堪能なさったのでしょうね。どうりでわたくしの体調不良をひと目で見抜かれたわけですわ」
あれは凄かった。限界に挑戦したのかと思うような胸元の開き方は、今にもポロリしちゃうんじゃないかしらと他人事ながら心配になるくらいで。そんなご立派なお胸が眼下に広がっているのだもの、それはそれは楽しい夜を過ごされたのでしょうよ!
「僕は……」
何か言いかけたリードは憮然として口を閉ざし私を睨みつけている。反論なんてできないわよね?あのマシュマロボディをエスコートする為にわたしに強制的に仮病を使わせたんだから。
私は目を細めてうふんと笑った。
「ご親切にも沢山の方がお夜会でのご様子を耳打ちして下さいましたのよ。三曲も続けて踊られたとか乱れたお髪を愛おしそうに撫で付けていらしたとか、お酒に酔われてフラつかれたのを抱き止めたとか、夜風に当たった方が良いと二人っきりでテラスに出られたとか、それから長々と、やたら長々とお戻りにならなかったとか」
誰が、とは言わぬまま再び書類に目を通す。リードはしつこく睨み続けているけれどそんなの無視だ。大人しくて言いなりだった筈の王太子妃に痛いところを突かれて反論もできないなんて、さぞや歯痒いでしょうね?
なんたって私は物言う王太子妃ですから!
「君はもしや……」
リードはそのまま言い淀んで一向に続きを言わない。待ちくたびれた私はとうとう顔を上げて首を傾げた。リードの瞳は何かを探るように私の視線を捕らえている。まるで縋り付くように。
「嫉妬……しているのか?」
「いいえ、嫉妬ではごさまいません」
サラリと答えた私を見つめるリードの顔がほんの少しだけ歪んだ。
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