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アンネリーゼ

言い合い

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 リードは何も言わない。私は小さな溜息をつき、アルブレヒト様を恨みを込めて睨み付けた。

 元はと言えば誰かさんが悪いのよ!

 「殿下はアルブレヒト様にからかわれたのですわ。ご自分の事を棚に上げてわたくしを責めたりなさるから」
 「そういうわけでは」
 「だって、ご自分は好き勝手なさるのに捨てられたわたくしが幸せになるのは赦せないとそう仰っているのでしょう?どうしてかしら?わたくしは殿下に快く再出発して頂けるように協力すると申し上げておりますのに」

 ニギニギニギ、リリアの手が小刻みに動いている。警告ね、警告なのよね。でもごめんね、私、止まれないわ!

 「最低限の礼儀として下らない優越感の為にわたくしの今後に干渉なさるのはおやめ下さい。殿下は殿下の、わたくしはわたくしのそれぞれの新しい道を進む、それで良いではないですか。それに……私もう結婚なんてうんざりだわ」
 「妃殿下……」

 咎めるように私を呼んだリリアの肩に私は甘えるように額を乗せた。

 「だって苦しくて辛いことばかりなんだもの。もう嫌なの、傷付きたくないのよ」
 「…………俺は違う。リセを傷付けたりなんかしない」

 アルブレヒト劇場はまだ終わっていなかったらしい。ホントに厄介な悪戯坊主だわ。

 「それはどうも。小さな私の頭にカエルを乗せた人にそんな有り難い申し出をして頂けるなんて想像もしていなかったわ!」
 
 顔を上げた私に冷たい横目を向けられたアルブレヒト様はそれでも嬉しそうにニンマリと笑った。

 「言っただろ?リセはもう小さな子どもじゃないし、俺だって」
 「どうせプロポーズの指輪の箱だと思ったらびっくり箱なんでしょ?わかっているんだから!」
 「リリアっ!」
 
 言い合いをしている私達を無視しリードに唐突に名前を呼ばれたリリアは、よっぽど驚いたのか『ひゃん?』という声にならない返事をし目を真ん丸くした。

 「……アンネリーゼを頼む。どうも…………色々と、相当色々と心許ない。注意を怠らないように」
 「は、はい。承知いたしました。ですが妃殿下は非常に思慮深いお人柄でございますので殿下が案じられるようなことはないかと……」
 「考えるまでもない!この絶望的な察しの悪さで何を勘付くと思う?」
 「まぁ否定はできませんが……」
 
 リリアはリードとアルブレヒト様を交互に見つめ、最後に目があった私から気まずそうに視線を反らした。

 「リリア、そこは否定してよね。私がどれだけ空気を読んで生きてきたのかリリアが一番良く知っているのに。それをよりによって察しが悪いなんて……」
 「いえ、大概の事柄において妃殿下の洞察力は素晴らしいものだと思っておりますわ。ですがちょっとした特定の分野に限って些か不安が……」
 「だからどんな分野よ?直さなきゃいけないからちゃんと教えて!」
 「駄目だ、リリア。黙秘しろ。自覚したらそれはそれで問題が多い」
 「殿下……流石のわたしも今直ぐに動こうとは思いませんよ。リセを苦しい立場にする気はさらさらありませんからね。行動を起こすのはあくまでもお二人の離婚が成立してからです」
 
 口を挟んだアルブレヒト様をリードは鋭く睨んだ。アルブレヒト様は例によってどこ吹く風だけど。王室お抱えの魔法使いってよっぽど特異な地位なんだろう。王太子をイジるなんて普通なら恐ろしくてできないもの。

 「ほら来たぞ!リセを有利にしてくれる自由の女神様が」
 
 カーテンの隙間から外を覗いたアルブレヒト様がそう言うと同時に馬車は停まった。馬車が本城に到着したのだ。

 自由の女神様って誰のこと?って伸び上がって覗いた私の目に入ったのは、確かに私を有利にしてくれるに違いないあのお方のお姿。夕方の冷たい風吹く中で肩剥き出しのベアトップのドレスで急ぎ足でこちらに向かっている。何か羽織らないと風邪ひくんじゃないのかしら?

 ドアが開き先ずはリリアが、続いてアルブレヒト様が降りそしてリードが降りたが、私に手を差し出すのがお仕事の筈のリードはエレナ様に抱きつかれている。しかもグズグズ泣かれているもんだからどうにもならず、私は見かねたアルブレヒト様が差し出した手を借りることになった。

 エレナ様はリードの胸に顔を埋めて会えなくて寂しかっただの心細かっただのヒヨヒヨと愚痴っていて私には見向きもしないのだけれど、私は王妃陛下仕込の完璧な所作でスカートをつまみ一方的に口上を述べた。

 「只今戻りました。エレナ様のご滞在中にも関わらず勝手な都合で留守にしましたこと、深くお詫びいたします。大変申し訳ございませんでした」

 ヒックヒックとしゃくり上げていたエレナ様が泣くのをピタリと止めてポカンと私を見ている。私は居住まいを正しにっこりと微笑んだ。

 「お取り込み中のようですし、両陛下に帰城のご挨拶に参りますのでわたくしはこれで失礼させて頂きますわ」
 「あ、そ、え……回復なさってよろしかったですわ。心配いたしておりましたのよ」
 「まぁ!本当に?本当の本当に?なんて嬉しいのかしら!リリア聞いた?エレナ様がわたくしを心配して下さったんですって。どうしましょう、感動で涙が出てきそうよ!」

 キャピキャピはしゃいだ私は指を組んだ両手を首を傾げた右の頬に当て、ルンルンと身体を揺らしてから最後にターンまで付け加えた。

 

 
 
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