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アンネリーゼ
赤い顔
しおりを挟む荒々しく開けられたドアから駆け込んで来た二人の護衛騎士が室内を素早く見渡しリリアの喉元に剣を突き付けた。うん、訓練された彼らならそういう判断になるよね。ここに居るのは私とリリアだけなんだもん。
「違うの!」
と言ってみたけれど詰め所から次々と駆け付けた騎士達が私達を取り囲み凄い殺気を放っている。
「エテルカルド嬢、妃殿下を放しなさい!」
流石は選び抜かれた精鋭の騎士。静かだけれど凄みのある声は威圧感満点で効果抜群だ。だけれどそれでもリリア・エテルカルド嬢は私を解放できないのだ。だって『ぎょえーっ!!』って悲鳴を上げてリリアに抱きついたのは私なんだもの。
そろりそろりとリリアを放し両手を上げた私を見てようやくアレ?……って気が付いた護衛騎士達に私は高速で首を上下して見せた。そろそろとリリアの喉元から剣が下ろされる。
「リリアごめんね。大丈夫?」
ギコギコっと私に顔を向けたリリアはにっこり笑った、かと思ったら白目を剥いて後ろ向きにバタンと倒れた。不幸中の幸いだったのは倒れた先が私のベッドだって事だ。そうじゃなきゃ後頭部を床にぶつけて大変な事になっていたものね。
ところでアンネリーゼちゃんは非常に行いの良い手の掛からない優良王太子妃だ。騎士達への接し方は優しく丁寧だし労いの言葉も欠かさない。我が儘だって言わない。
一度だけトラス村に行くんだとゴネまくって困らせたけれど、あれはそれなりの結果も残したし騎士達も評価を受けたから今じゃ感謝までされている。
『お忍びで街に出掛けて広場のベンチで市場の串焼き肉を買い食いしてみたいの!』なんてよくありがちだけど護衛騎士にしてみたらとんでもない無理難題を突き付けたりしなかったアンネリーゼちゃんよ、グッジョブ!こんな良いコの王太子妃を護衛騎士の皆さんが愛さぬはすがないではないか。
「虫が、虫がほっぺにとまったの。それでびっくりして大きな声を……本当にごめんなさい」
ポロンポロンと涙を溢す私を責める者は一人もいない。彼等の怒りはいつもいつも我慢強くていじらしくて泣いたりなんかしないんだもん!って頑張っている我等が王太子妃殿下のふんわりほっぺにとまり、珍しく泣きべそをかかせた不届き者の虫一点に集中している。
繰り返す、良いコにしていたアンネリーゼちゃんよ、グッジョブ!
気絶していたリリアは医局に運ばれたが早々に目を覚まし異常もなかったと直ぐに戻ってきた。
「驚いたのよね、怖かったのよね。私が叫んだりしたから……ホントにごめんね」
「大丈夫ですよ」
リリアは自己嫌悪ではち切れそうな私を宥める為にハーブティを淹れている。さっき気絶したばかりなのに私もとんだブラック雇用主よね。
「それでいきなりどうなさったんですか?ナイフを手に取るなり瞳の色が変わったんですよ?」
「瞳の色?」
「えぇ、真っ黒に!」
急いで鏡を覗いたけれど私の瞳はいつもの翠色だ。それが黒くなる……つまり瞳孔が開いたってことかな?
「また箱から中味が漏れたのよ。ナイフを見た途端に……」
「まあ!」
「わたしは13歳でリードと図書館にいたの。リードに留学するって言われてそれから『待っていてくれる?』って聞かれて当たり前じゃないって答えた。そうしたら『約束だよ?』って言ったリードが、リードが……あのヤロウが…………」
「妃殿下、ヤロウはいくらなんでも……」
ぐぬぬんと歯を食い縛り拳を握りしめた私は涙目でリリアを見上げた。
「だって、わたしのほっぺにチューしやがったのよ!まだ13歳の穢れを知らぬ無垢なほっぺに!」
「いや、あのお兄様ならばほっぺにチューはされまくりでしたでしょうに」
「兄さまは良いのよ兄さまは!だって兄さまですもの。でもあのヤロウに何の資格があってほっぺにチューなんかしやがったわけ?ホントに赦せない!!」
リリアはカップをテーブルに置くと跪いて私の左手を取り、やれやれとでも言うような困り果てた顔で見上げてきた。
「あのですね、待っていて、約束だよ?からのほっぺにチューはつまりそういうことですわ」
「そういうってどういう?」
「おわかりにならないのであれば黙秘します!しろというご命令でしたので……」
リリアはそう言うとそそくさとお休みなさいませと言い残して出て行ってしまった。ちょっと待てと言いたいのは山々だけど気絶したばかりだもの、流石にそれは憚られる。
ベッドに入った私は手の中のナイフをサイドテーブルに乗せた。王妃様に処分されたと言ったナイフをリードは何処から取り戻したんだろう?
目を閉じると瞼の裏に走っていく15歳のリードの後ろ姿が浮かび上がった。私は何だかついさっきの出来事のような気がして頬をごしごしと擦った。そう言えば帰りの馬車の中でもずっとそうしていたんだっけ。
呆然としていたわたしの所に王妃様の侍女が来て、急に必要になったからいくつか花束を作って欲しいと言われた。こんなこと今まで一度もなかったんだけどと不思議に思いながら花束を仕上げフローリストナイフの水気を拭き取った時、急にリードがこのナイフを眺めていたのを思い出して。
そうしたらその後の出来事までが一気に頭の中を流れるように思い出され顔が火照ったけれどもどうにもできなかったした。
何時もよりもずっと遅く帰ってきた私の赤い顔を見て『熱があるんじゃないのか?』と聞いてきた父さまにどぎまぎしながら『馬車の中が暑かったから』って首を振った。そうしたら父さまは『そうか』とだけ答えてそれっきり黙ってしまい、どうして父さまが何も言わないのかわからなかったわたしは不安でたまらなくなって泣きそうになっていた。
そんなわたしに父さまは告げた。
「リセ、王室はお前を王太子妃として迎えたいそうだ」
と。
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