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アンネリーゼ
約束
しおりを挟むイチャイチャしている二人、わたしを侮辱するエレナ様、エレナ様と比べ未熟さを論い見習いなさいと諌める王妃様、そしてわたしを蔑ろにするリード。わたしはそれをできる限り悟られぬようにとひたすら耐えてきた。
「でももうお終い。目標が円満離婚に定まったならあの人達がどんな目で見られようと知ったこっちゃないし。私は紛れもなく気の毒で可哀想な王太子妃なんだもの、これからは隠し立てなんかしないわよ。元々年端もいかない子どもなのに結婚して王太子妃になったわたしを不憫だって感じている人は沢山いたんだもの。世論を私に味方させるのは難しくないんじゃない?か弱く哀れな存在って関心を引くものだと思うけど。例えそれが純粋な同情じゃなくて単なる野次馬根性だとしてもね」
「その通りだな。だけどリセはそれで良いのか?」
「えぇ、円満離婚の為ならプライドなんてどうでもいいの。私は夫の不義に苦しめられ城を追われるとっても可哀想な妻として認識されなくちゃね」
『ですが……』と言いかけたリリアは苦々しい顔をしていた。
「結局あれは何なんです?エレナ様にルンルンして見せたアレ……」
「燃料を注いでみたのよ」
エレナ様はわたしを蔑み追い詰めるだけでは飽きたらず異世界に転移させてこの世から消そうとした。それだけわたしを憎み邪魔だと思っているのだろう。それなのに意気揚々と戻った私が明るく屈託なく悩みごとなんて何もないって顔をしていたら……
「あの人、今度こそ潰してやるって仕掛けて来るわよ。必ずね。それが私への同情票に繋がるなんて考えることもないわ。だってあの人が見ているのは森じゃなくて一本の木なんだもの。あ、ねえリリア。もみの木っていう童話を知っていて?」
突然何の話だと戸惑った顔をしたリリアはそれでもしばらく考え込んでから首を横に振った。童話とは縁遠そうなアルブレヒト様は思った通り何のこっちゃという表情だ。あの燕はもみの木のお話を書き直してはいないのかな?
それは森で育ったもみの木が願い通り森を離れクリスマスツリーになるお話。
そういえばもみの木は王女さまとの結婚を夢見ていたんだっけ。それでも脳裏に浮かぶのは森に生えていた小さな白樺の木のことだったんだけど。クリスマスが終わり枯れたもみの木は薪にされ暖炉にくべられて燃え尽きた。それが私が知っているもみの木の最期。
この森のもみの木は望み通り王女さまと幸せになればいい。森を出ていくのは私なのだから。
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
長く留守にしていたせいで細々とした雑用が多く私がやっと寝室に辿り着いた頃には真夜中になっていた。
ベッドに入ろうとするとサイドテーブルの上にハンカチに包まれた何かが置かれているのが目に入った。
「何かしら?」
「ロンダール城にいらしていた時に王太子殿下がお届けにみえたようですわ」
「殿下が?」
手に取った私はハンカチの中によく知る重みと固さを感じドキンと胸が高鳴った。急いで中身を取り出すと、それはやっぱり王妃様に処分されたはずのあのフローリストナイフだった。
まただ。
目の奥で光が弾け広がる暗闇と一筋の光、そして照らされた秘密箱。私が箱を手に取るとすっと側面が動き光の粒が舞い上がり輝く球体を形作りそして弾けた。
*********
パチンパチン、隣に座ったリードがフローリストナイフを興味深そうに開け閉めしている。
「凄いね、こんなに美しいナイフは見たことがないよ」
「兄さまがオードバルで見つけて送ってくれたの。欲しくて欲しくてずっと探していたのだけれど、ファルシアでは見つからなくて……」
「それなのにどうしてリセはこのナイフの事を知っていたんだ?」
「うーん……?わからないけれど欲しかったのよ。何故だかナイフじゃないと物足りないって感じていたんだもの」
リードは不思議そうにナイフを眺め丁寧に畳んでわたしに手渡した。
「兄さまはね、やっと戻って来るんですって!」
「嬉しそうだね?」
「とっても。学院の寄宿舎に入った時は休暇になれば帰って来られたのにオードバルに行ってからは三年も戻っていないんだもの」
「寂しかった?」
「えぇ、本当に寂しかったわ。でもリードと仲良くなってからはあんまり泣かなくなったの」
「そう……」
照れ臭そうに横を向いてしまったリードの真っ赤に火照っている耳が目に入り、思わずわたしも咄嗟に目を反らした。リードは恥ずかしがっているのに気付かれたくないんじゃないかしらって、なんとなくそう思ったから。
「しばらくしたら今度は僕が行くんだ……オードバルに……」
「えっ……」
びっくりして振り向いたけれどリードはそっぽを向いたままだ。わたしはしょんぼりと項垂れて『そうなの……』とポツリと言った。
「ねぇリセ。僕が戻るまで待っていてくれる?」
「もちろんよ、当たり前じゃないの」
「……いや……そうじゃなくて……」
リードは口ごもり黙り込んでしまった。リードが何を言いたかったのかはわからないけれど、言いたくないのなら無理に聞こうとも思わずわたしも黙っていた。静かな図書館にはわたしが図鑑を捲る紙の音だけが響いている。
どれくらいそうしていただろう。突然立ち上がったリードが身体を屈めてわたしの耳元に顔を寄せた。
「本当に待っていてくれるの?」
こくりと頷いたわたしに『約束だよ?』というリードの囁きが聞こえ頬に柔らかな物が押し当てられた。
「……!?」
リードはそのまま小走りで去っていった。声も出せずに目をぱちくりするだけのわたしを残して。
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