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アンネリーゼ

何故

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 リードの『何故』はそういう意味じゃないのは承知の上だ。でもそんなことは関係ない。私はこの滅多にない反論のチャンスを利用するだけだ。

 「始めに申し上げておきますが、殿下はわたくしがエレナ様を侮辱したという前提で仰られましたがそんな事実はございません。エレナ様は先触れもなければ断りさえもなく、しかもウェディングドレスの試着中だったにも関わらず王太子妃の間の衣装室にずかずかと入って来られました。何を言われたかを一つ一つ上げはしませんが強いて言えば『ジークの好みとはちょっと違う』でしたかしら?殿下は今朝も朝食の席でエレナ様のドレスを誉めちぎっていらしたし、とエレナ様の侍女達から聞きましたわ」
 「…………」

 リードは何も言わず一切表情を変えなかったが、それは私に動揺していると言っているようなものだった。事実だから否定できないし、そんな自分を棚に上げてアルブレヒト様と朝食をとった私に非難がましい物言いをしたばかりだものね。

 「わたくしの侍女達や女官長、それにチェイサー伯爵夫人はあのドレスはわたくしに『良い意味で』似合うと言ってくれました。太ったのではと心配したけれど、補整下着も無しに着こなせているのならもう大丈夫だと安堵してくれまして……そうしたらエレナ様が急にご退出なさり廊下から花瓶が割れる音が聞こえて来たのですが、あれは一体なんだったのかしら?」
 「…………」
 「わたくしはほとんど何も言わなかったと記憶しております。『わたくしに似合うものをと皆が考えてくれた』くらいでしょうかしら?侍女達もウェディングドレスを誉めてくれただけでエレナ様をどうこうなんて一言も申しておりません。わたくしからは以上ですが何か腑に落ちないことはございまして?」
 「…………いや、何もない」
 「ではエレナ様からはどのようにお聞きになりましたの?」
 「…………もういい」

 リードはあの時のようにプイッと横を向いた。ついでに耳の赤さまで15歳の時と同じだ。

 「笑ったりしてごめんなさい。だってあまりにも酷い先入観で頭ごなしに責めるんですもの。わたくしが人を侮辱して楽しむような人間だと殿下はそのようにお思いなのかしら?」
 「…………」
 「仕方がございませんわ。恋は盲目と言いますしね。でもエレナ様が仰ることなら魚が空を飛んでいるって聞いても信じるのだろうなと思ったら……こんな嘘に騙されるなんて殿下があんまりおマヌケで笑いが止まらなくなってしまって……」

 『おマヌケ』にはピクリと反応したもののリードは黙っていた。

 「きっと愛しい人が紡ぐ言葉は全てが真実に思えるのでしょうね。ですがとばっちりで叱られるわたくしはたまったものじゃありません。どうぞそれだけはご留意下さるようお願いいたします」
 「愛しい人?」

 顔を歪めたリードの瞳が何かを探るように私の視線を捉えた。昨日もこんな風に私の心の内にある何かを探しだそうとしていたみたいだけどやはり求める物は見つけられなかったらしい。

 「君は何も感じなかったのか?」
 「何もって何をです?」
 「僕が……君以外の女性と食事を共にしていても……」
 「そうですねぇ……」

 私は斜め上を見上げて考えながら途切れ途切れに答えた。

 「妻が有りながら別の女性と食事をするのは……常識的にどうかとは思いましたが…………もう公認のようなものですし……開き直るのも潔い……と言えなくもないのかなぁ……と?」

 そこで一度口を閉じたがリードからの答えはなく、私はまだ物足りないのかと説明を付け加えた。

 「これ見よがしに恋人として扱われてエレナ様はお喜びなのですよね?それに対して賛否両論あるでしょうしお耳の痛い苦言を寄せられたりもするでしょうが、殿下がエレナ様の笑顔の為ならばどんな犠牲も厭わない!と覚悟を決められての事でしたら……やっぱり潔い、と受け取れなくもないんじゃないかしら?」
 「違う、そんな事を聞いている訳じゃない!リセは僕が他の女と食事をしても何とも思わないのか?怒りや悲しみは無いのか?」
 「ございませんが」

 私が答えたその瞬間、リードから表情が消えた。

 「あ、でも不快感なら山ほど有りますわ。誰だって蔑ろにされるのは嫌でしょう?わたくしは王太子妃として必死に努力して参りましたもの、それを踏みにじられた苦しみは胸を抉られるような凄まじい物ですからそこだけはお胸に留めて下さらないかしら。その上で酷い事をしてしまったと認めて気持ち良く離縁の手続きを進めて頂けると有り難いですね」
 「…………その話はやめてくれ……」
 「嫌です。これは今のわたくしの最重要課題なんです。それに殿下の今後のお幸せの為でもあるでしょう?事実婚では王太子妃の役目は果たせません。可及的速やかに円満離婚を成立させないと次に進めないのですよ」
 「リセと別れてエレナと次に進め、そう言うのか?」
 
 リードの両手が私の肩を掴み突き刺すような鋭い声を投げ掛ける。でも私は何も感じずただ冷ややかにリードに向き合った。

 「いえ、エレナ様にしろ誰にしろ……ですね。エレナ様には断れない縁談があるのでしょう?殿下がどうなさるおつもりなのかは存じませんが、もう蔑ろにされるのはうんざりです。殿下とエレナ様の恋が成就しなかったからといってわたくしが隣に立つことはありません。殿下はわたくしを人格有る一人の人間として尊重して下さらないのですものね。この国に殿下の伴侶となる資格のある令嬢が何人いるかおわかりかしら?社交界での後ろ楯なんて無いに等しいわたくしでさえ選ばれたのですよ?新しいお相手なんて選び放題だわ」
 「君は……リセは一人しかいない……」

 リードがそう言った瞬間……

 パチン!

 目の奥で光が弾けた。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

                                                                                                                                                                                                
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