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アンネリーゼ
自戒と自罰
しおりを挟む私は役立たずだ。
王太子妃に相応しくない無能な人間だ。
覚醒してから考えていたのは無事にこの鳥籠から逃げ出すことだけだった。
そして今リードの苦しみを知っても尚、景色を映える湖面みたいに私の心にはほんの少しの漣すらも起きはしない。
私はリードの隣に立つべき者ではないのだ。
「他の方法を探るべきかと思いますわ。ジタバタしたところで無いものはないのです。わたくしには殿下の心臓に刺さった鏡の欠片を溶かせません。勿論お役に立てるのでしたら何をすることも厭いません。わたくしはファルシアの王太子妃ですもの、国の為ならば命を差し出す覚悟がございます。それがこの四年間、一番厳しく教えられ刷り込まれたことですから」
身の丈に合わなくても不相応でも、それでもファルシアの王太子妃は私なのだ。四年という年月は、果たすべき責任と守らなければならない民の為なら命を投げ出す覚悟を私に植え付け育んでくれた。
「残念ながら妃殿下が命を賭しても解決にはなりませんね」
「当然承知の上で申しましたのよ?」
私の口答えにジェローデル侯爵が悪戯っぽく目を細めた。もしかしたら永遠の悪戯坊主の原点はこの人なのかも知れない。
それでも私の決意は伝わったのだろう、しばらく言い淀んでから侯爵は一転して苦しげに口を開いた。
「何分にもあれは魔法ではない。我々魔法使いには消し去る方法が無いのです。希望があるとすれば妃殿下が封印してしまわれた何かですが……やはりそれも我々には手出しができぬもの。そして実際に何を閉じ込められたのか、妃殿下ご自身にもわからないのでしたね?」
「えぇ、何か大切な物だったように思える、それだけで本当に大切なのかすらわからないのです。漏れ出して来たのは確かに殿下との思い出ではありますが……そこにわたしの特別な感情はありませんでした。その上私自身が封印した理由も解放する方法も……」
項垂れて首を振るしかない私と掛ける言葉が見つからない三人。重い空気が部屋に立ち込め、私達は息苦しいほどの激しい閉塞感を覚えた。
「アルブレヒト様にお会いできないかしら?」
侯爵は返事の代わりに不可解そうに顔を歪めた。
「倅に?」
「いくつか確認したいことがあるんです。わたくしの素晴らしい先生にね」
侯爵は嬉しそうに目を細めた。本当に、この親子ってこういう仕草がよく似ている。
「話は出来ますが、驚かれると思いますよ?」
「……驚く?」
「リセ……アルブレヒトは今回のことを深く悔いているんだ。一時的な感情の高まりでお前の意思を無視して振り回そうとしてしまったからね」
アルブレヒト様は軽薄でおふざけが過ぎる。でもそれは息苦しさに喘いでいた私への優しさでもあって、本来は誠実で実直な人だ。アルブレヒト様があんなに取り乱したのは、フリードリヒ王太子という共犯者を得たエレナ様が今まで以上の脅威となったからなんだろう。
それでも兄さまが言う通り、アルブレヒト様と逃げるなんて選択は私は絶対に望まない。そんな事をすればプロイデン伯爵家だけじゃなくジェローデル侯爵家までもを巻き込んで、どれだけの人々を奈落の底に突き落とすか。踏みにじった無数の幸せの上でのうのうと暮らすなんて何の意味が有るだろう?逃げたところで私を待っているのは胸を突き刺すような後悔だけだ。
きっと冷静になった今、アルブレヒト様は猛反省しているはずだ。
でもね?
「で、どうして私が驚くの?」
「まさか!!」
今までずっと口を閉ざしていたリリアが鋭く叫んで思わずと言ったようにピョンと立ち上がった。
「アルブレヒト様……元に戻れなくなったのでは……」
「え?だって数時間で戻るって……」
私とリリアが顔を見合わせてから揃って目を向けると侯爵はブンブンと首を振った。
「わたしではありませんよ。エテルガルド嬢に申しました通りわたしもすっかり魔力が弱くなっておりまして、倅への仕置も数時間が精一杯です。あれは倅が自主的にしていることで……」
「自主的に……何を?もしかして自分への戒めで白鳥のまま鳥小屋にいらっしゃる、とか?」
侯爵は気まずそうに頷いた。
「白鳥になるとそのほうが落ち着くそうでして……」
気まずくもなるわよね。何その自罰手段は?
『ねぇ』
私はピトッとリリアにくっついて囁いた。
「やっぱり行くわ。私も見てみたい!」
「白鳥のアルブレヒトちゃんをですか?」
リリアの顔がパァっと輝き目尻が垂れ下がる。
「もう超可愛いんですよ~!胸がキュンキュンします!」
指を組んだ両手をほっぺに添えて首を傾げてうっとりするリリアさん。
長いこと私に仕えてくれただけある。リリア・エテルガルド嬢はちょっと、いや、かなりの変わり者だったみたいだ。
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