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王太子妃

廃嫡

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 王太子ジークフリードのとんでも発言。

 なんとリードは廃嫡……即ち王太子を辞したいと願い出たのだ。

 「何を言っているの!あなたは唯一の陛下の御子なのよ!」
 「いざとなったら世継はいる、たった今母上が仰ったのですが?」

 蒼白になった唇を戦慄かせ王妃様が言葉を失っている。ママンにこんな揚げ足のとり方しちゃ駄目だよねってマザコンに痛い目にあいまくった私ですら思うわぁ。でも陛下は取り乱す事なく優しい声でリードを問いただした。

 「それ相応の理由が必要だが、お前にはあるのかな?」
 「はい」

 リードは立ち上がって何故かまたガバッと私の腰に腕を回して……

 ついでにほっぺにチューを、この修羅場でほっぺにチューをどさくさ紛れにするんじゃないと私は叫びたい!

 「王太子である僕は何よりも国を守るための選択をしなければなりませんでした。愛するリセが傷付き苦しむと解っていながら利用するしかなかった。その為に何度もリセを危険に晒してしまったのです」
 「だがそれは他に方法が無かったからだ。そしてアンネリーゼも王太子妃として身を呈して国を救おうとしてくれた。二人の奮闘でファルシアは侵略行為に荷担する事なく、オードバル近隣国の人民達が尊い命を奪われずに済んだのだよ、そうだろう?」
 「はい。今の僕には王太子としての責務がございましたので。ですが……」

 リードはちょっと腕から力を抜き私の顔を覗き込んでまじまじと眺め、満足そうな笑顔を浮かべてから陛下に向き直った。

 「これからはリセを、僕の愛する可愛い奥さんだけを守っていきたいのです。二度とリセを悲しませも苦しませもしない、僕の命を懸けてリセ一人だけを守ります。もう不甲斐ない夫なんて真っ平だ。僕の悶絶級のもどかしさがおわかりになるでしょう?ですからどうか、足枷となっている僕の肩書きをお外し下さい」
 
 陛下は眉間を寄せて『困ったな』という顔をした。それから王妃様と顔を見合わせそして私に向かって首を捻った。

 「アンネリーゼは知っていたのかな?」

 その茫然自失のアホ面でわかっちゃいるけど、という表情を隠そうともせずに陛下に尋ねられ、私は今生史上最速でぶるぶると首を横に振って否定した。

 「それはいけないね。こんな大切な事を一人で抱えるなんて妻を蔑ろにしているも同然だ。ねぇアンネリーゼ?」

 今度は最速で縦方向に肯定の首振りをいたしますわ。

 「アンネリーゼ、貴女はどう思うの?それでも平民になんてことは無理だからジークフリードは公爵に、貴女は公爵夫人に収まるのは避けられないとは思うけれど」
 「私は……」

 俯いてもう一度タオルを顔に押し当て、それから意を決したように上げた私の顔は般若の面レベルの恐ろしさだったと思われる。

 目が合うなり顔を引き攣らせたリードの腕をそのタオルで思いっきり叩き、バシンと響いた音に両陛下は思考停止に陥った模様だ。リードは咄嗟に腕を緩めたので私は急いでそれを振り払い両陛下の前に進み出て膝を着いた。

 コホンと咳払いをした私は般若の面を引っ込めておすまし顔を作り出した。
 
 「私は燕…………前世で私の魂は生花装飾、花あしらいを生業としておりました」

 やはりそうだったのかと納得したのか王妃様はゆっくりと一つ瞬きをした。

 「日々の努力が認められやり甲斐を感じていたものの、天職とすら思っていた仕事を奪われ心を踏み躙られ、遂には惨たらしく殺されました」

 リードすら知らなかったその魂の過去に三人が息を呑んでいる。私は小さなため息で呼吸を整えて話を続けた。

 「渡ってきた私の魂はアンネリーゼとして新しい生を与えられました。けれども魂は深く傷付いていたのでしょう。わたしは人が怖かった。裏切られ傷付けられるのが怖かった。それは幼いわたしに激しい人間不信を引き起こさせました。人目に付くことに怯え高く巡らせた心の壁の中に閉じこもり、ほんの一握りの相手にしか心を許さなかったのです。兄や兄妹のように思っていたジェローデル卿、侍女のリリア。そして……図書館で出会った、わたしの王子様に……」

 振り向いて目配せするとリードは気不味そうに目を逸した。そうよね、怖じ気づいたわたしが逃げてしまうのが心配で本当の名前を教えてくれなかったのだもの。永遠にその罪悪感を胸に抱いて生きて欲しいものだわ。

 王太子に嫁げと言われたわたしは、貴族の結婚がどんなものなのか子どもながらにちゃんと理解していた。なんたって動くサンプルが両親なのだ。愛がなくても共に暮らし子を成し協力する姿に疑問なんて一切持たず、そういうものだと認識していた。それにも関わらずわたしは好きでもない見知らぬ人の妻にならなければならないのが悲しくてたまらなかった。その時のわたしには何の自覚も無かったけれど、もう胸の奥には淡い初恋が芽生えていたのだろう。一晩中涙を流しながら、気が付けばリードの仕草や声や意地悪な笑顔が何故か脳裏に浮かんできて困り果てていたんだもの。

 「わたしは王太子妃になんてなりたくなかった。蔑まれ苦悩した魂を持つわたしにはほんの少しの自尊心すら持てなかったのです。そんなわたしを何故お選びになったのかどうしても納得することができませんでした。でも、図書館で待っていた王太子殿下は……わたしの図書館の王子様だったんです。だからわたしは決めました。リードが王太子ならわたしは胸を張って隣に立てる自分に、王太子妃になろうって」

 王妃様がそっと目元を拭い陛下は鼻を赤らめながら何度も頷いた。ついでに後ろから鼻を啜る音が聞こえたけれど面倒なので放置した。

 「わたしはわたしなりに努力し必死に走り続けて参りました。その努力は少しずつですが実を結び始め、花を生業としていた前世の私と同様にやり甲斐や達成感を得られる迄になりました。特にトラス村での経験は、王太子妃としての義務と責任だけではなく大きな歓びを教えてくれたのです。わたしには守るべきものがありそれを守る力を持っている。もちろんまだまだ拙い未熟なものではあります。でも引っ込み思案の意気地なしと呼ばれたわたしを四年の歳月はこんなにも成長させてくれた。これからも弛まぬ努力を続け、いつか一人前の王太子妃になりたい、絶対になるんだって、そう決めたのに……」

 立ちあがった私は振り向いてリードを睨んだ。

 
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