略奪は 奪い取るまでが 楽しいの

エイ

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「れいな、ちゃん?」

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「……問題行動というのは、コーヒーサービスの女性とぶつかってもめた件のことかね?」
「そ、そうです! 彼女が麗奈ちゃ……いや、営業の女の子を突き飛ばして怪我をさせたんですよ。それに対して謝罪もなく壊した器材の弁償も拒否しているので、私としても彼女を叱らざるを得なかったんです。彼らもそうですよ! 現場を目撃して、百田君の態度の悪さに苦言を呈さずにいられなかった。けっして一方的な嫌がらせなどではないです!」

 得意げな表情で言い切った主任に対し、専務は嫌なものでも見るように顔をしかめる。

「その件は庶務課で把握しているが、報告と君たちの認識にかなり乖離があるようだね。認識のすり合わせよりもまず、その営業の女性はカフェテリアまでの入館証しか持っていないはずだ。それなのに百田君とぶつかったのはオフィススペースの給湯室だろう。どうしてその女性がそこにいたのか、説明できる者はいるか?」

 専務からの質問に男性たちは一気に顔色を悪くし目を泳がせる。

 理沙もうっかり忘れていたが、コーヒーサービスの麗奈は外部の人間であり、会社に入る際はまずビル一階受付でビジター用の入館証が渡される。その入館証はセキュリティ上、会社のカフェテリアやミーティングルームがあるエリアの扉だけ開く仕様になっている。

 だが彼女が理沙とぶつかった場所は、社員用のパスがないと入れないオフィススペースだった。
 修理業者など外部の者が入る場合それ専用のパスが発行されるが、受付でその旨を書類に書かなくてはならない。だがオフィススペースには麗奈のコーヒーサービスの器材はおいていないため、本来彼女が給湯室でコーヒーを淹れているのは本来ありえないのだ。

 誰かの権限でオフィス用のパスを借りたのかと思っていたが、履歴を見るとその日はどこからもビジター用パスを借りた記録は残っていなかった。
 ということは、誰かが自分のパスで入る時に無許可で麗奈を招き入れたということになる。

 普段誰もがそこまで意識しているルールではないけれど、社会規則に違反した行為である。

「受付の記録では、通常のビジター用の入館証が渡されている。彼女を引き入れたのは田中主任かい? 本来いるはずのない者が、たくさんの器材を抱えて給湯室から出てきた時に百田君とぶつかった。場所と状況を考えると、百田君が一方的に加害者扱いされるのはおかしいと思うのだが、違うかね?」

「でっ、ですが! 実際麗奈ちゃんは突き飛ばされて怪我までして……! それなのにソイツは一言も謝らないんです! おかしいでしょう!」
「れいな、ちゃん? 君はその営業の女性とずいぶん親しいようだね。しかも自分の部下をソイツ呼ばわりとは。本来君は部下を守る立場にあるのに、積極的に貶めようとするその姿勢が間違っているのではないかね? どうも田中主任は私情に走りすぎて冷静に物事を考えられないようだ」
「……っ、ですが」
「もういい。冷静に話せないようだから君の主張は文章にまとめて出すように。この件はコンプライアンス部で調査を進めるから、処分が決まるまでは自宅でリモートワークにしなさい」

 主任が愕然とした表情でその場に固まる。
 専務の口調は穏やかであるものの、怒気をはらんでおり、ただ聞いているだけの理沙たちもひゅっと息を呑むほど恐ろしかった。

 その後ろにいる男たちも、きょどきょどと目を泳がせている。自宅待機とは言え、実質謹慎みたいなものだ。嫌がらせをしてきた自分たちがどのような処分を受けるのか戦々恐々としている。

「営業部の河野君、山際君、購買部の久地君。情報システム部の佐藤君。君たちの百田君に対して暴言を吐くところや突き飛ばすなどの暴力行為が多数の社員に目撃されている。百田君に関する……この場で口にするのも憚られるような言葉で彼女を中傷する話を大声で言い触らしていたという証言もある。これは事実かね?」

 話を振られた男性たちは目を逸らすだけで誰も口を開こうとしない。事実でないと否定しても、実際見聞きした者たちがこの場にいるため何も言えないのだろう。

「沈黙するのは事実であると肯定していると受け取るが? 訴えの内容は……本当にひどいものばかりだな。これが事実なら、君たちの人格を疑うよ」
「あの、すみません。でも彼女がしたことはお咎めなしなのはおかしくないですか? 麗奈さんは営業で弱い立場だからあんな目に遭わされても泣き寝入りするしかなかったんですよ。百田は一度も謝罪していないし、あまりにも理不尽だと思って……言い過ぎたかもしれないですが、ここにいる皆、正義感で何かせずにいられなかったんです。それだけは分かってください」

 男性のなかのひとりが専務に訴えかける。理沙はその人の名前は知らないが、見覚えはある。通りすがりに肩をぶつけてきた相手だ。

「君らの言う正義感というのは、酷い言葉で女性を罵倒し、突き飛ばして集団で笑い者にする行為のことをいうのか? その営業の子と何があったか分からないが、暴力行為を肯定する理由にはならないだろう。そんなモラルのない人間が我が社の社員だとは……コンプライアンス研修で君らは一体何を学んだんだ」
「すっ、すみませ……」

 義憤に駆られた表情で反論していた男だったが、専務に呆れられながら言い負かされて撃沈する。

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