13 / 37
犬猿の仲
しおりを挟む師団長は根拠のない噂などに踊らされるタイプではないから、これまで特に影響はなかったが、本来ならこんな噂がたったら原因となっているエリザを他部署に移すなどの対処をしてもおかしくなかった。
だが、そうだとしたら何故フィルがエリザを左遷させるようとするのかが分からない。
彼が学費のほかに教材費やら研修費など要求してくる金額を払えているのは、師団の給与に加え危険手当があるおかげだ。
恋人でなく金蔓というのなら、エリザが師団から移動になっては都合が悪いはずだ。それなら別の目的があったのか……そもそもフィルが噂の発信者であるという推測が間違っているのか。
考え事をしながら歩いているうちに、目的のアジトに到着してしまったのでそこで思考は途切れた。
踏み込んだアジトは、すでに逃亡された後で室内は嵐の後のように荒れ果てていた。
よっぽど慌てて出て行ったのか、重要なもの以外はもっていく余裕がなかったらしく様々な残留物が室内のいたるところに散らかっていた。
そのなかでも、書類は汚して証拠隠滅したつもりのようだったが、浄化魔法で汚れ部分を除去できるので内容を読み取るのは容易だった。
そのほか、何かの指示書が引き出しの奥でぐしゃぐしゃになった紙も発見できた。恐らく見落として回収しそびれたのだろう。イニシャルと数、そして数字が走り書きされているものや、不規則な文字と数字の羅列が書かれたものもある。
「これは販売先の情報でしょうか。後に続く数字は……なんでしょう、金額とかですかね? こっちの紙は受け渡し方法が書かれています。アジトでブツを受け取った者と販売する者は替えて、金を運ぶのもまた別にすること……手下が捕まっても、アジトまでたどれないように人を経由するようにと指示を出していたようですね」
これまで調査を進めても、捕まるのは下っ端だけで、運ぶだけの仕事を頼まれたとかひとつの役割しか請け負っておらず、指示を出している者もまた人を経由しているので、元締めを押さえることができずにいた。
メモ書きを師団長に渡すと、隣にいたクロスト補佐官がエリザの推測にダメ出しをしてくる。
「販売先ではなく、運び屋の情報でしょう。数字の並びは、おそらく住所ですね。王都の地図が頭に入っていればすぐに分かるでしょうに、」
適当なことを言うなと怒られ反論できず、すみませんと謝罪するしかない。クロスト補佐官はそんなエリザを無視して横を向いていた。
アジトでは、他にも薬が入っていたと思われる空の瓶が残っていて、その場で簡易検査をすると、昨日見つかった薬物と同じものである可能性が高いとの結果が出た。
これでこのアジトで見つかったメモ書きが、薬の運搬方法の情報でまず間違いないだろうと師団長が判断し、次はメモにある運び屋を特定し捕まえると団員に指示を出す。
アジトの調査が終わり、ひとまず事務所へと戻る。
待機していたほかのメンバーと情報を共有して、師団長がメモ書きにある運び屋の特定と確保にメンバーを振り分けて捜査を行うよう指示を出したが、エリザは今回、事務所待機で上がって来た情報のとりまとめ役をすることになった。
「クロストが暗号の解析をするから、エリザも手の空いた時に手伝ってやってくれ」
「はい……」
師団長は現場に出るそうなので、事務所でクロスト補佐官と二人で仕事をすることになる。さっそく気が重いけれど不満を言えるような状況ではない。
「書類の暗号と内容の称号は僕のほうでやるので、エリザさんは上がってきた情報を整理してください」
「分かりました」
各班から新しい情報が上がってくるたびにエリザが内容を取りまとめて他の班へ伝達魔法で伝える作業をおこなう。
地味な仕事だが、魔力消費が大きい魔法のため本来ひとりで長時間できる仕事ではない。だがエリザは桁外れに豊富な魔力を有しているので、どれだけ伝達魔法を使っても魔力切れを起こすことはないと分かっているため、今回自分が事務所に残されたのだ。
クロストと二人きりは気が重かったが、実際始まってみると忙しすぎてあちらもエリザに嫌味を言う暇もなく仕事に追われていた。
この薬物の販売ルートは多数の場所を経由させて元締めを特定できないようにされているほか、取引のたびまた別の仲介者を用意するという周到さであった。
そのため、その膨大な量の情報から、薬の経由地や保管場所、受け渡し場所から元締めへとつながる手がかりを探し出さねばならない。
普段ならエリザに話しかけもしないクロストも、この時ばかりは協力して作業を進めた。
「エリザさん、このデータを師団長に送ってもらえますか?」
渡された紙の内容を魔法に変換し、師団長に宛てて伝達魔法を飛ばした。もう何時間もぶっ通しで机に向かっていたので、クロストにも濃い疲労の色が見える。
エリザは自分がまとめた書類を手渡しながら、彼に話しかけた。
「クロスト補佐官、少し休憩しませんか? コーヒーでも淹れてきますので」
「あ、ああ……ハイ。頼みます」
疲れ切って嫌味を言う余裕もないのかクロストから素直な返事がくる。彼はただ机に向かっているだけのように見えるが、魔法を駆使して普通の人の十倍速く情報処理をしている。
その分、疲労が大きいと聞いたことがあるので、余計なお世話と思いながらも休憩を申し出てみた。
「どうぞ。砂糖は勝手に入れました」
「……どうも」
甘すぎるくらいのコーヒーを手渡すと、複雑そうな顔をしながらも軽く礼を述べる。
「どうして砂糖を入れたんですか?」
「情報処理の魔法は脳が疲弊するから糖分が欲しくなると聞きましたので」
クロストは、三次元魔法と呼ばれる情報を立体的に組み直すことができる特殊な魔法を使える。この能力は、情報の分析が格段に進むだけでなく、地図や内部構造を立体に起こしたものを他人に渡すことができるため、現場での捜査にも非常に役立っている。
彼は元文武官で戦いには不向きなのだが、この能力を買われて師団長が引き抜いてきたのだときいたことがある。
その話を聞かされた時に、ついでにクロストの飲み物は脳を回すためにいつも激甘なのだとも教えられたのを思い出したのだ。
普通なら嫌がらせと思われそうなほどの甘さだが、おそらく今はこれくらいの砂糖を欲しているはずだ。
まあどうせ余計なお世話だとか、甘すぎるとか言われるかと予想していたが、返ってきた言葉は意外なものだった。
「……エリザさんが部隊に加わると作戦がスムーズに進むと言われている理由は、きっとこういうところにあるんでしょうね」
突然誉め言葉が飛び出してきて、びっくりしてクロストの顔を仰ぎ見る。
572
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる