【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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二人の変化

それは、二人の推理でした

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 自室に戻ったクリスはケリーマ王国の女性用の伝統衣装に着替えた。
 水色で最低限の装飾しかない、シンプルな作りをしている。今まで着ていたような華やかさはないが、袖や裾が軽やかに波打ち、水をドレスにしたようだ。

「これなら、まだマシな方か」

 クリスは渋い顔で全身を確認すると、ルドと顔を合わさないために朝食を自室でとった。
 食事を終えた頃、オグウェノがクリスの部屋にやってきた。二人が向かい合って椅子に腰かける。

 オグウェノは単刀直入に報告した。

「赤狼と誰かが入れ替わった気配はない。侵入者の形跡もなければ、誰かが秘密裏に城から出て行った痕跡もない」
「そうか……」

 すっかりいつもの冷静さを取り戻したクリスは顎に手を当てて考えた。

「侵入はともかく、あの重傷の犬を連れて、誰にも気づかれずに城から抜け出すのは、至難の業だからな。しかも、そこまでする目的も浮かばん」
「だろ? 赤狼をそこまでして攫う理由が……」

 オグウェノが言いかけて黙る。

「どうした? 理由が浮かんだか?」
「いや。だが、そこまでするか……」

 言いよどむオグウェノにクリスが迫る。

「なんでもいい。気がついたなら言え」

 オグウェノが気まずそうに視線を逸らしながら呟いた。

「恨み、怨恨」
「は? あの犬が恨みを買うようなことを?」

 信じられないような顔をしていたクリスだが、思い出したように顔を青くした。そのことにオグウェノが頷く。

「そうだ。あいつは魔法騎士団だ。しかもエース。かなりの武功をあげているだろ?」
「それは……」

 命の奪い合い。それを覚悟して戦場に立つ。それが戦だ。だが、奪われた人からすればそんなものは関係ない。憎しみから人はどう動くか分からない。
 悩むクリスにオグウェノが推理を続ける。

「あとは単純に、赤狼を戦力として欲している国や組織が考えられるが……ただ、それだと赤狼の代わりを置いていく理由がない。攫えば、それで終わりだ」
「確かにそうだな。わざわざ代わりの人間を置いていった。ということは、本物が攫われたことを知られたくない、もしくは発見を遅らせたい、ということが考えられる。そんな面倒なことをしてまで、犬を攫う目的があるか……」

 クリスは悔しそうに、ため息を吐いた。

「まったく分からない。あの犬の偽物を締め上げて、目的を吐かせたい」
「そんなことをしたら、攫われた赤狼が何をされるか、分からないぞ。偽物はしばらく泳がせて、行動から目的を探るしかあるまい」
「ッ……」

 クリスがいら立ちを隠すように前髪をかき上げる。オグウェノは軽くクリスの肩を叩いた。

「焦りは禁物だ。なにか分かれば、すぐに報告する。だから勝手に動くなよ」
「……わかった」

 不満そうなクリスにオグウェノが釘を刺す。

「もし勝手に動いたら赤狼に、月姫は記憶がなかった時のことを全部覚えているって、教えるからな」
「なっ!? だっ、から! 私は覚えていない、と!」

 オグウェノがニヤリと笑って念押しをする。

「いいな?」
「うっ……分かった。大人しくしている」
「よし。じゃあ、また来る」

 オグウェノがクリスに睨まれたまま部屋から出ると、廊下でカリストが控えていた。感情が読めない黒い瞳が、まっすぐ見つめてくる。

「何か用か?」
「なぜ、クリス様に全てを話されなかったのですか?」
「……なんのことだ?」
「犬が攫われた理由です。一番可能性が高いのは、犬とすり替わり何かをすることが目的、ではないですか? それが目的であれば、犬の存在は邪魔なだけです。しかも、犬はろくに動ける状態ではなかった。命を奪うのは容易たやすいでしょう。そして、その後も処分をするだけなら、なんとでもなります」

 オグウェノの視線が鋭くなる。

「それを月姫に言ったか?」
「いえ」

 淡々と答えるカリストをオグウェノが睨む。

「確かに、その可能性もあるが、それは赤狼がこの世にいない可能性が高い。それを今の月姫に言ってみろ。どう動くか分からないぞ」
「ワザと隠すと、後で余計な疑いを招くこともありますよ?」

 オグウェノがいつもの余裕の笑みになる。

「そんなことは承知の上だ。だが、貴殿のあるじはそんなに度量が狭いのか?」

 思わぬ返しだったのか、黒い瞳が一瞬、大きくなる。そして、すぐにいつもの優雅な微笑みを浮かべて頭をさげた。

「失礼いたしました」
「じゃあ、引き続き赤狼の動きに注意してくれ」
「私が注意しなくても、この城の影の護衛の目が張り付いているので、大丈夫でしょう?」
「油断は足元をすくわれる原因だ」

 カリストが綺麗な笑みを作る。

「良き考えです。では、失礼いたします」

 カリストは一礼するとクリスの部屋へと入った。オグウェノが全身の力を抜く。

「あいつが一番分かんねぇな」

 額の横を汗が流れる。汗をかいていたことに気が付いていなかったオグウェノは苦笑いをして歩き出した。

「とりあえず、赤狼もどきと話してみるか。赤狼もどきは、どこにいる?」

 オグウェノの問いに、どこからともなく答えが降ってきた。

「東の中庭で鍛錬をしております。それも、もうすぐ終わるかと」
「わかった。引き続き、警戒してくれ」
「御意」

 声は消えたが、気配は薄くなっただけで完全には消えていない。オグウェノはついてくる気配を気にすることなく、中庭へと移動した。



 そこは芝生が広がっているだけの庭だった。周囲を建物に囲まれた吹き抜けのような場所。見上げれば窓から咲き乱れた花が垂れ下がっている。

 そこに模造刀を持ったルドがいた。額には薄っすらと汗が浮いている。昨日は少し動いただけで呻き声をあげ、起き上がることも難しかったのに。

 オグウェノが呆れたように肩をすくめながら声をかけた。

「体はどうだ?」
「問題ありません」
「昨日まで重傷だったのが嘘のようだな」
「魔力が戻れば、傷は魔法で治せますから」

 当然のように話すルドにオグウェノが首を傾げる。

「おまえ、自分で傷を治したのか?」
「はい。これでも治療師ですから」
「でも、魔力がスッカラカンだったろ?」
「昨日、食事をして戻りました」

 オグウェノは記憶を失くしていた時のクリスがルドに食事を食べさせたという話を思い出した。報告では、トロトロに煮込んだ野菜スープと、クリスがすりおろしたリンゴだ。

 クリスがすりおろしたリンゴを食べた時点で、羨ましさが天元突破して苦悶したのは秘密だ。しかし、そんなことは顔に出さず余裕の表情でオグウェノは訊ねた。

「あれっぽちの量だと、全然足りないだろ?」

 ルドが口角を上げる。まるでこちらを挑発しているかのような、何を聞いているんだ? と、こちらを下に見ているような顔。

「十分ですよ」

 その話し方にオグウェノの片眉が上がる。ルドはそのことに気付いた様子なくオグウェノに訊ねた。

「で、なにか用があるのですか? なければ、汗を流しに行きたいのですが」
「……あぁ。急ぎの用はない。邪魔して悪かったな」
「いえ。では、失礼します」

 ルドが悠然と立ち去る。その後ろ姿を見ながらオグウェノは考えた。
 こうして接する限りでは、声も魔力もルドそのものだ。動作も気配も同じ。これでは別人だと言うほうが、無理がある……が、何かが違う。何かが引っかかる。
 オグウェノは顎に手を添えて唸った。

「この違和感は、まるで……月姫が記憶喪失だった時のようだぞ……」

 体は本人のものなのに、中身が違う。だが、ルドは記憶を失っているわけではない。

「なんなんだぁ!?」

 オグウェノは黒い髪をクシャクシャと掻きむしった。






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