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だから、呼び捨てにするな!

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 その夜。私は王都にあるローレンス家の別邸の自室で悩んでいた。

「公表会に着ていくドレスはどれにしようかしら。社交界じゃないから派手過ぎず、かといって地味過ぎてもダメだし」

 私は前世の頃から服装に興味がなかった。着られればいい、動きやすければいい。そんな感じだったので、今世でもドレスはどれも大差ないという状況。

 誕生日会や祝宴などその場に合わせたドレスを選ぶのが苦手……というか、できない。

 なので、試しにカードでドレスを決めたところ周囲からの評判が良くて。それ以降はクロエに選んでもらうか、カードに決めてもらっている。

 私は机に布を広げ、その上にシャッフルしたカードを並べた。

「どんなドレスがいいかしら」

 カードの裏面を指で軽く叩いた後、順番にめくっていく。

 真っ赤な火のカードに、真っ青な海のカードと、真っ白な花のカード。

「うーん……赤のドレスは持っていないし、赤い小物とかあったかしら? 海はあのドレスね。白い花のレースが付いているから。で、あとはアドバイスのカードを……」

 最後の一枚をめくると、そこには隕石の絵が。

「あら、珍しい」

 大きな衝撃を表すカード。想定外のことや、面倒事が起きる予兆。不穏なカードとして扱われることもある。

「普通ならドレスに対するアドバイスなんだけど、どうも違う気がするような……よほどのことが起きるのかしら?」

 もう一枚カードを引いてみると、現れたのは星のカード。隕石が落ちて荒野となった世界に最初に現れ、道しるべとなる。希望の光という意味を持つ。

「衝撃的なことがあるけど、なんとかなるって感じね。まぁ、明日は何があってもおかしくないし」

 カードの結果を気にしすぎて振り回されるのもよくない。
 私はカードを片付けるとクロエにドレスの準備をお願いした。



 そして、公表会当日。

 私はカードで決めたドレスを着て馬車に揺られていた。
 深い海のような藍色のドレスに花をあしらった真っ白なレースと銀糸の刺繍が施された一品。色は暗めだけど、その分レースと飾り刺繍が映える。

「赤がなかったけど……まぁ、いいわよね」

 城門を潜り、王城の大きなドアの前で馬車が停車した。このあと、後ろの馬車に乗っている従者のテオスがやってきてドアを開ける……流れなのだが。

「ようこそ」

 馬車のドアを開けたのは満面の笑顔を浮かべたリロイ。正装で身を固めていると眉目秀麗な外見に泊が付く。
 不本意ながらリロイにエスコートされて馬車から降りると、少し離れたところで様子を伺うようにテオスが控えていた。

 どうしてリロイを止めなかったのか、と睨めば、諦めろを言わんばかりに首を横に振られる。

 私は扇子を広げて顔の半分を隠した。

「殿下が自ら出迎えなくてもよろしいかと」
「早くソフィアに会いたくて」

 だから、呼び捨てにするな!

 今までは二人きりの時とかに呼び捨てにしていたのに。ついに従者や使用人がいる前でも……

 無言になる私にリロイが笑顔で続ける。

「あと、これを渡したくて」
「なんでしょう?」

 首を傾げる私にリロイが真っ赤な宝石が付いたブローチを出した。光の加減で色を変える宝石は燃えているようにも見える。

「……それを、どうされるのですか?」
「ちょっと動かないでくださいね」

 質問に答えずにリロイが私の胸にブローチを付ける。暗めの青いドレスに暗めの赤い宝石は意外と合う。

(まさか、火のカードが意味していたのはコレ!?)

 表情に出さずに驚いていると、ブローチを付け終えたリロイが満足そうに頷いた。

「うん。よく似合っていますよ」

 勝手なことするな! と叫びたかったけど、ここは王城。さすがに旅の道中やローレンス領のような対応はできない。

 私はブローチを引きはがしたい衝動に耐えながら微笑んだ。

「ありがとうございます」
「喜んでもらえて良かった」

 これっぽっちも喜んでいませんがぁぁぁあ!?

 笑顔の裏で叫ぶ私。

「さあ、いきましょう」

 差し出された腕。王城の使用人の目もあるため、ここで断るわけにはいかない。
 すべてを諦めた私はリロイの腕に手を絡めた。

 城内を二人で歩いていく。そのたびに大きなブローチが胸で揺れ、存在を主張する。しかも結構、重い。

(かなり高価なブローチかも。傷つけないようにしないと)

 変な緊張感とともに広間へ。テオスは手前にある従者専用の控室で待機。

 私がリロイと広間に入ると、すでに数人の青年と王の臣下らしき人たちが集まっていた。自然と私に視線が集まる。

 私を見て、隣のリロイを見て、それから何故か私のブローチに視線が動いて……みんな顔をそらす。

(なんで!? どうして!? このブローチ、そんなに変なの!?)

 戸惑っていると硬い足音が響いた。
 顔をあげれば宰相を従えた王が悠然と登場。広間の奥に置かれた椅子に王が堂々と腰をおろし、その隣に立った宰相が静まり返った広間に声を響かせた。

「これより公表会を始める」

 そこで一人の青年が手をあげる。たしか、前の説明会の時も宰相に質問をした……

「フィンレー・クレメントと申します。質問をしてもよろしいでしょうか?」

 そうそう、フィンレー・クレメント。侯爵家の三男で文官をしている。ローレンス領の婿入りという報酬から屈強な男たちが集まる中、細い体と白い肌は逆に目立つ。

(体格で不利だけど、それを知力で補うつもりなのかしら? それだけ解決策に自信があるってこと?)

 期待とともに扇子の下からフィンレーを観察していると強く腰を引き寄せられた。
 レモングラスの香りが私を包み、襟足から伸びた赤い髪が触れる。目線だけで隣を見れば、にこやかに微笑むリロイ。ただ、琥珀の瞳は笑っていない。全身を縛るような圧。

(え? 私、怒らすようなことをした?)

 戸惑う私の前で王が隣に立つ宰相に目で合図を送る。
 宰相が頷いて王の代わりに答えた。

「許可する」
「ローレンス辺境伯爵はこの会に出席されないのですか?」

 今回はローレンス領の物流問題解決と婿入りが主題となる。ローレンス領の責任者である領主が不在というのは普通ならありえない。

 もっともな質問に対して王が私に視線を向ける。
 私はリロイから離れ、説明をした。

「ローレンス家の家訓に『己の道は己で決めろ』という言葉があります。ローレンス家への婿入り、すなわち私の夫となる人物は、私が見定めます。そして、今回の課題である物流問題の解決についても私に全権が任されております」

 この内容にざわめきが広がる。
 婿入りと物流問題の解決策という重大事項の決定権を女が、しかも娘が持つなど普通なら考えられない。

 しかし、王と宰相は父の性格を知っているからか驚いた様子はない。むしろ想定範囲内という表情。
 動揺を鎮めるように宰相が声を出す。

「質問は以上か? なければ公表会に移る」

 再び静かになる広間。誰も何も言わない。
 全体を見回した後、宰相が一人の青年を指さした。

「では、まずイーサン・ホラークから案を発表してもらおう」

 騎士服姿の体格がよい青年が一歩前に出た。
 使用人が素早く数枚の紙を配布する。そこには今ある道を広げる計画が書かれていた。

「はい。私はローレンス領までの道を整備することを提案いたします。現在の道は狭く馬車が一台通るのがやっとの状況。ならば、道を広げれば問題は解消されます」

 私は扇子で表情を隠したまま計画書を眺めた。

(簡単に言うけど、それができたらとっくにしているのよね)

 穴だらけの計画書のどこから指摘するか考えているとリロイが声を出した。

「これは実行不可能ですね。机上の空論すぎます」
「なっ!?」

 イーサンが抗議しようとしたが相手は自国の王子。下手なことが言えないため黙った。
 そこにリロイが淡々と説明をくわえる。

「まず、道を広げる計画について。ローレンス領の山々は地盤が固い場所があり、そこは削るだけでも困難でしょう。それを、この計画通りの日数でこなすなら、必要な人数は計画の三倍以上となります。かと言って、計画通りの人数で行えば五倍以上の年月が必要となるでしょう」
「お待ちください! 何故、五倍以上の年月が必要になるのです? そんなに年数がかかる工事ではありません」

 耐えきれなくなったのかイーサンが反論する。リロイは話にならないとばかりに使用人に計画書を戻した。

「ローレンス領は冬になれば雪に閉ざされます。つまり冬の間は作業ができない。なのに、この計画には冬の工事期間も含まれています」

 その場にいる全員がハッと計画書を見る。私はその様子に嫌な予感がした。

(まさか、みんなそのことを考えずに計画書を書いてる!? え? まさか、ね)



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