【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

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決別からの一歩

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 王城の王座にロイがいる。それをヨミは人々の足の隙間から黒猫のまま眺めていた。

 絢爛豪華な謁見の間。荘厳な椅子に座る十歳ほどの少年。漆黒に艶めく黒髪。長いまつ毛に縁取られた大きな青水晶の瞳。艷やかな唇に、桃のように柔らかい肌。
 眉目秀麗な顔立ちに感情が読めない表情。あまりにも人間離れした容姿に、集った人々からは感嘆と敬服のため息が漏れる。

 幼く場違いなはずなのに、少年は威風堂々たる姿で見下ろす。急逝した王の代わりとは思えぬ、王たる姿。

 少し違うが、これが本来あるべき光景。本来の姿。

「さよなら」

 ヨミは背中を向け、歩きだした。柔らかな絨毯に落ちた雫が、誰にも気づかれることなく染み込む。


(これは、夢…………起きないと)


 ヨミは無理やり意識を浮上させ、目を覚ました。目元から雫がこぼれ落ちる。もふもふの黒い手で拭うと、柔らかい毛が吸いこんだ。

「夢のせいよ」

 独り言が寂しく響く。

 この洋館は朝日が差し込むことも、小鳥の囀りが聞こえることもない。いつもと変わらない静かな朝……なはずなのに。閑散とした寂しさが漂う。

(朝はロイが起こして……)

 ヨミが慌てて頭を振る。

「いいの、これで。すべては戻っていないけど」

 自分に言い聞かせながらベッドから下りる。

 くぅぅぅ……

 どんな状況でもお腹が空く時は空く。ヨミはキッチンに移動した。

『動浮』

 ヨミの詠唱に合わせてコップや皿が舞う。透明人間がいるかのように牛乳がコップに注がれ、棚から出てきたパンが皿に鎮座する。

 ヨミはテーブルに座り、コップの牛乳に口をつけた……が、ヒゲがコップの端に触れ、気になって飲めない。

『だから、皿のほうが飲みやすいって言ってるじゃないですか』

 顔を上げれば、皮肉っぽく笑みを浮かべるロイ……の残像。

「あぁ、もう」

 ヨミは朝食を早々に切り上げ、外に出た。

※※

 朝陽が差し込む裏路地。朝露に濡れた葉が輝き、青空が今日の天気を知らせる。
 ヨミは穏やかな日差しに撫でられながら、目を細めた。爽やかな風に運ばれ、朝市の賑やかな声が耳に届く。しかし、目的は他のモノ。

「向こう、ね」

 何かを見つけたヨミは裏路地を歩き出した。レンガ作りの家々と、折れ曲がった石畳の道を抜ける。すると、中心に噴水がある広場についた。

 噴水を囲むように並んだ店の一つ。赤いパラソルが並んだ、オープンテラスがあるカフェ。そこに、ひっそりと金髪の青年が珈琲を飲んでいた。

 金細工のように輝く髪。憂いを帯びた翡翠の瞳。涼やかな顔立ちに、立派な体躯。すべての均整がとれ、人の目を惹きそうなのに、誰も存在に気づかない。

 ヨミはテーブルに飛び乗り、声をかけた。

「おはよう、テラ」
「おはよう。ヨミから来るなんて珍しい」
「ちょっと、相談があって」
「ヨミが私に相談? まるで昔に戻ったみたいで嬉しい、ね」

 年齢に合わない子どものような無邪気な笑顔。頼られることが嬉しいらしい。
 ヨミは黄金の目をまっすぐ向けて言った。

「死んでほしいの」

 テラが驚くことなく笑う。

「直球だな」
「このままだと、世界が崩壊するわ」
「そうだ、ね」

 頷いたテラは確認するように話し始めた。

「ヨミが死んで甦る時、世界にある正の魔力を大量に消費する。そして、大量に余る負の魔力。その負の魔力は自然と集まり世界すべてを吸収するモノになる。つまり、それ・・によって世界が崩壊する」
「呑気に話している場合ではないわ。それ・・は周囲の魔力を吸収し始めている。魔力以外の物を吸収するようになるのも時間の問題よ」

 テラが優雅に珈琲を飲む。

「私がヨミを殺した後、私は大量の負の魔力を消費して転生。この繰り返しだ、ね」

 こうやって何度も甦りを繰り返してきた。疑問に思うことなく。ただ、今は……

「それ以外に、この連鎖を止める方法はない?」
「あるよ」

 思わぬ言葉にヨミの黒い耳がピクリと動く。

「ヨミが甦らないように殺す」
「それが出来たら、こんなに苦労してないわ。そもそも、私が甦ることなく死ねれば……」

 テラが真面目な顔になり珈琲を置いた。

「もとは私が原因だ。ヨミが気にすることではない」
「でも……」

 目を伏せるヨミの頭に大きな手が優しく触れる。記憶の中にある手と同じぬくもり。

 顔を上げると優しく見つめる翡翠の瞳。顔や姿は変わっても、目の輝きは変わらない。

「にいに……」

 こぼれた言葉にテラが微笑む。

「懐かしいな。昔はそう呼んでくれたのに」

 ヨミは慌てて頭を振った。

「昔のことはいいの! それより、世界の崩壊を止めないと。私を殺したら、死んでくれるのよ、ね?」
「言葉だけ聞いたら、なかなか酷い内容だけど、その通りだ」
「で、私を殺すためには宝石がいるのよ、ね?」
「……協力してくれるのかい? ヨミも目的があって石を集めていたのだろ?」

 軽く驚くテラにヨミが俯く。

「私は……いいの。少し違うけど、戻すことができたから」

 テラは顎に手を添えて考えた。

「私としても、世界を崩壊させるほどの迷惑をかけるのは不本意だ。二人で協力すれば、石はすぐに集まるだろう」
「……世界を崩壊させるのって、迷惑レベルの話じゃないと思うけど」
「細かいことは気にしない」
「まったく細かくないわ」

 睨むヨミを無視してテラが珈琲を飲む。

「ところで、あの小さな使い魔くんはどうしたんだい? 洋館でお留守番かな?」

 あまり聞かれたくなかったヨミは言いにくそうに顔を逸した。

「使い魔の契約を切ったわ」

 テラが珈琲を飲んでいた手を止め、目を丸くする。

「かなり強引なことをした、ね。そんなことをしたら、あの小さな使い魔くんは魔力がなくなって、魔法も使えないし、元の姿にも戻れないだろ」
「わかってるわ。でも、譲れなかったのよ。これ以外に世界の崩壊を止める方法はないって言ってるのに、聞かないから」
「ということは、あの小さな使い魔くんは一人で何かしようとしているのかな?」

 テラが楽しそうに笑うが、ヨミは困ったように頭を振った。

「宝石を集めながら解決策を探すって」
「それはお手並み拝見だ、ね。ちなみにヨミは石を集めて、どうしたかったんだい?」
「私はロイと出会わない過去にしたかったの。ロイは私と出会わなければ王になっていたから」
「それは、もういいのかい?」
「ロイは石を集めるため城に戻って王になったわ。戴冠式はこれからだけど、居るべき場所に戻った。なら、あとは私が消えて世界の崩壊を止めるだけ」
「小さな使い魔くんは魔力がなくなったけど……体は時間とともに普通に成長するし、内政をするには問題ないか。うん、わかった」

 テラが立ち上がりヨミに手を伸ばす。

「じゃあ、行こうか」

 差し出された手をすり抜け、ヨミはテーブルから飛び降りた。

「自分で歩けるわ」
「はい、はい」

 テラがヨミの後を歩く。こうして一人と一匹は裏路地に消えた。
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