【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

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 布袋に入れられたまま投げられた衝撃と痛みでヨミは目が覚めた。

「なに!? なんなの!?」

 体を起こすと、今まで暗かった世界に光が差し込んでいる。袋の口が緩み、外が見えた。

「よく分からないけど、今のうちに」

 ヨミはそっと顔を出すと、周囲を警戒しながら袋から出た。声がする方では、兵が馬車から猫が入った袋を苦戦しながらも丁寧に建物内へ運んでいる。

「ここは、王城? 黒猫ばかり集めて、なにが目的なのかしら……」

 ヨミは自分が逃げたことに気づかれないように、空の袋をくわえて歩きだした。壁の隙間に袋を隠し、自分が消えたことを隠蔽する。

「捕らえた猫の数なんて数えてないでしょうから、袋がなければ私が逃げたのも分からないはず」

 ヨミは以前、王城に歓待された時、宝石を探すためくまなく探索した。そのため、どこに何があるかは把握している……つもりだった。

 が、その油断が失敗だった。

 兵の目を避け壁と壁の隙間を抜けていく。人は通れないが猫なら通れる幅。高い草が茂り、足元は見えない。

 スタスタと軽快に歩いていると、ヨミの左前足に鋭い痛みが走った。よく見れば草に隠された金具が左前足に喰らいついている。たぶん害獣駆除用の罠。

「しまった」

 よくある罠なので解除の方法は分かる。だが、なにぶん猫の手。細かい作業ができない。

「魔法が使えたら簡単に外せるのに」

 ロイと使い魔の関係を無理やり解消したため、魔力が安定せず魔法は使えない。いや使えるが、暴走する可能性が高い。ここで魔力が暴走したら警備を固められ、宝石を探しに来れなくなる。

 ヨミはなんとか自力で罠を外そうと格闘した。しかし、下手に動かすと痛みが走る。骨や神経は無事だが血が滲む。どうにか外そうともがくがビクともしない。

 そうこうしているうちに日が落ちてきた。暗くなる前になんとかしたい。

「あと、もうちょっとなんだけど」

 ガサゴソと一匹で罠と格闘する。そのため背後に迫っていた人影にヨミは気づくのが遅れた。

※※

「もう大丈夫でしょう」

 ヨミの左前足の手当てをした侍女がヨミを抱き上げ、主の膝にのせる。ヨミは確認のため顔を上げると、優しく喉元を撫でられた。

「見つけた時は驚いたけど、ノミもダニもいないし、この綺麗な毛並み。誰かの飼い猫でしょうね」

 ヨミの視線の先には穏やかに微笑む美女。でも、ヨミの記憶にある顔はもう少し幼かった。過ぎた年月を嫌でも実感してしまう。

「飼い主を探しますか? ガーベラ様」
「探したいけれど、今はロイの戴冠式の準備で忙しいから」
「戴冠式は明後日です。終わってから探しても大丈夫でしょう」
「そうね」

 ガーベラの白金の髪が端麗な顔にかかる。

「ロイは……私を恨むかしら?」
「そのようなことはございません。すべては国のため、民のため。聡明なロイ様ならご理解されています」
「ロイは代王のつもりだけど、こちらは本王として迎える。そのための戴冠式」
「すべてはつつがなく進んでおります」

 ガーベラがヨミを撫でる手を止め、深くため息を吐いた。侍女が心配そうに声をかける。

「……眠れないようでしたらハーブティーを準備させますが」
「大丈夫よ。今日は一人ではないし」

 ガーベラがヨミの耳の付け根を撫でた。

(そこ、意外と気持ちいい……って、ダメよ! 私は猫じゃな……あ、絶妙な力加減。気持ちいい……)

 ヨミが思わず、うっとりと目を閉じる。その様子に侍女が微笑んだ。

「わかりました。では、なにかございましたらお呼びください」
「ええ」
「失礼します」

 侍女が退室すると、ガーベラがヨミに訊ねた。

「ミルクは飲む? それとも食事のほうがいいかしら?」

 昼から飲まず食わずだったことを思い出したヨミの腹が鳴る。

「両方ね」

 クスリと笑ったガーベラが立ち上がり、ワゴンからミルクと焼き魚が載った皿を床に置いた。

「さあ、召し上がれ」

 ヨミは警戒しながら皿に近づく。床はふかふかな絨毯だが歩くと傷が痛い。

 ミルクと魚の匂いは問題なし。ゆっくりとミルクを舐める。薄めていない濃厚な味。薬や毒の味はしない。

 次に魚。表面の皮はパリッと焼け、その隙間からふんわりと盛り上がった白身が覗く。温かな湯気とともに塩と魚の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
 慎重にかじりつく。魚の旨味と程よい脂が口の中に広がる。さすが王城で取り扱っている魚だ。
 ヨミは警戒したまま少しずつ食べ始めた。

 そんなヨミを微笑ましく見守りながら、ガーベラがぽつりとこぼした。

「国のため、民のため。では、私たちのためには、誰が何をしてくれるのかしら」

 綺麗な微笑みに影がさす。

「だから、少しでも父上を助けられれば、と勉強をして内政を補助していたら、嫁ぐタイミングを失って。そのことで父上の悩みの種を増やしてしまって」

 ガーベラが自嘲気味にふふふと声に出した。

「でも、後悔はしてないのよ。あの方以外に嫁ぐつもりはなかったから。むしろ、ちょうど良かったかも」

 ヨミは顔を上げる。

「身分の差。こればっかりは、しょうがないのよね。でも、ロイは気にせず相手に想いを伝えていた。そこが、少し羨ましかった」

 複雑な気持ちになったヨミは、誤魔化すように魚を食べ始めた。

「だからね、猫ちゃん」

 ガーベラが握りこぶしを作る。

「ロイが王になったら恋だけは盛大に影から応援するの。まずは、お相手の甦りの魔女さんとやらを総力を上げて探すわ」

 ヨミは思わずムセた。まさか、黒猫を集めているのはガーベラの指示? いや、それなら飼い主を探すなんて話はしない。そもそも黒猫になっていることも知らないはずだ。
 それに盛大に影から応援って、どうやっても無理な気がする。

「あら、あら。猫ちゃん、大丈夫? ゆっくり食べていいのよ」

 (でも、本当に私が甦りの魔女だと気づいていない? なんか探られてない? これ天然?)

 ヨミは魚を食べながら遠い目になった。


 翌朝。
 ヨミはふかふかのベッドで目を覚ました。

「おはよう。よく眠れたかしら?」

 ガーベラの優しい声。寝起きでも美女は美女。朝から麗しい笑顔が朝日に映える。

「私はあなたのおかげで眠れたわ。一人じゃないって良いわね」

 一人……どんなに豪華な部屋でも寂しさは紛らわせない。ロイが出ていってから洋館が広く静かに感じるようになったもの、もしかして……

 ガーベラがヨミを顎を撫でる。相変わらず絶妙な力加減で気持ちいい。気を抜くとゴロゴロと喉を鳴らしそうになる。

(って、私は猫じゃない!)

 そこにノックの音が響いた。

「おはようございます」

 侍女とメイドが入室してガーベラの朝支度をする。赤いドレスに身を包んだガーベラがヨミに声をかけた。

「私は仕事をしてくるから、この部屋で待ってて」

 ふと思いついたヨミは、ひょいっとガーベラの肩にのった。そのことに侍女とメイドが慌てる。

「ガーベラ様になんてことを!」
「なんて無礼な!」

 ガーベラが楽しそうに笑った。

「良いのですよ。猫とは本来自由な生き物。この部屋に閉じ込めておこうとした私が間違っていたのです」

 ガーベラがドレスのリボンを外し、ヨミの首に結ぶ。

「赤いリボンを付けた黒猫は私の猫だと城内に知らせなさい。できれば、私のそばにいてほしいのですけど」

 最後の言葉はヨミに向けられていた。ヨミはにゃあ、と猫らしく応えてみる。
 ガーベラが嬉しそうに微笑んだ。

「賢い猫ちゃんね。では、一緒に行きましょう」

 心配顔の侍女とメイドを置き、ガーベラが肩にヨミをのせたまま悠然と歩きだした。
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