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元王は不処カフェで宝石を待つ
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――――――――すべては戻せなかったが、どこにもあってどこにもないカフェで今日も待つ。
新月の夜。王都はお祭りで夜まで賑わっていた。
ガーベラが王国初の女の王となり五年。盛大な祝賀祭が行われていた。
「ロイ王が五年で引退した時は、どうなるかと思ったけどさ」
「ガーベラ様が女王になってから、ますます住みやすくなったわよね」
「本当。暮らしに余裕が出来てきたわ」
「ガーベラ様といえば新刊読んだ?」
「実話が元の小説でしょ? もちろん、読んだわ。騎士団長との身分差の恋。ハッピーエンドって知ってるけど、続きが気になるわ」
そんな賑やかな話題を聞くともなく聞きながら、街中を闊歩する少女。
夜も更けてきたが、王都はいつまでも明るく、祭りが終わる気配もない。
そんな表通りから、とある裏路地に入ると、少女は早足で駆け出した。
星屑のように輝く銀髪。滑らかな肌。スラリと伸びた手足。十歳になろうかという年齢。シンプルながらも上品なデザインのスカートがふわりと闇夜に舞う。
軽やかな足取りで裏路地を抜けた先。カフェの看板を下げた古い洋館。
『カフェ・仔猫亭』
その看板を見た少女は可愛らしい顔を歪めた。
「最悪のネーミングセンス、ね」
少女の脳裏に懐かしい声が響く。
『せっかくカフェをするなら、店名を付けましょうよ』
『店名?』
『はい。カフェ・仔猫亭、なんてどうです?』
『却下。それならカフェ・虚飾のほうがマシよ』
『それだと、今にも消えそうじゃないですか』
そう言いながら笑う声。結局、その時は店名を決められなかった。それももう、昔の記憶。でも、ここで待ってくれているなら。
少女は不安と期待を胸にドアを押した。
カラン、とドアベルが軽快な音をたてる。
少女は慎重にキョロキョロと店内を確認した。
客がいない店内は、カウンター席と四人掛けの丸テーブルが二卓。白塗りの壁に、年代物の木枠で飾られた背の高い窓が並ぶ。
カウンターには二十歳ほどの青年が慣れた手つきでグラスを拭いている。
少女に気がついた青水晶の瞳が大きくなった。少しだけ目を潤ませながら、嬉しそうに微笑む。
濡羽色の黒髪を揺らしながら、青年が慣れた様子で少女に声をかけた。
「お好きな席へ、どうぞ」
眉目秀麗な青年の案内にも少女の表情は変わらない。すました様子で、カウンターのすみの席に座る。そこは以前、黒猫が特等席にしていた場所。
「どうぞ」
マグカップに入ったホットミルクを出された少女は、ここでフッと笑った。
「お皿じゃないの、ね」
「そのほうが飲みやすいと思いまして」
少女はゆっくりとカップに口をつけた。ほぅ、と一息つく。
その様子を青年が愛おしそうに見つめた。
「そういえば、ネイビはどうなったの?」
突然の質問に、ロイが苦笑いを浮かべる。
「いきなりその質問ですか」
「気になったんだから、いいでしょ? 調べても消息不明になっているから」
「外聞的にもよくないことでしたからね。王家の保養地に幽閉しました。あの場所なら知っている者は限られますし、人も寄り付きません。ただ、あなたの命を奪った処罰としては軽すぎましたが……」
そこで少女は声を挟んだ。
「ヨミ」
「え?」
「私の今の名前はヨミネイ・マーブリガータ、よ。だから、ヨミと呼んで」
思わぬ名前にロイの笑顔が引きつる。
「私の記憶違いでなければ、マーブリガータ国王の娘の第二王女と同じ名前ですが」
「それ。私、マーブリガータ国の第二王女しているから」
マーブリガータ国はロイの父が急死した時に、テラマ親子に近づき、そこから内政破綻を狙ってきた強かな国。
内政を整える中で、テラマ親子と協力関係にあった貴族は、ロイが軒並み処罰をして弱体化させた。
すると、マーブリガータ国は、さっさとテラマ親子から手を引き、素知らぬ顔で正式な外交を申請してきた。断る理由がないため、外見上は友好な交流をしているが、油断も隙も見せられない。
ロイが思わず頭を抱える。
「なんで、そんな国の姫に転生してるんですか!?」
しかし、ヨミはどこ吹く風で。
「そんなの私が選べるわけないでしょ」
「はぁ……お付きの侍女もいるでしょうに、よくマーブリガータ国の城を抜け出して、この国まで来ましたね」
「ガーベラ女王の祝賀祭に招待されて、王都に来たの。部屋には魔法で影武者を置いてきたから問題ないわ」
そう説明しながらヨミは極上の笑みを浮かべた。姿は十歳ほどの少女だが、話し方や笑い方はヨミのまま。
丸い黄金の瞳が猫のようにロイを見上げ、小首を傾げて訊ねた。
「そういえば、たった五年でよく王を辞められたわ、ね」
「もともと代王でしたし。あとは、王のままでは転生したヨミを探せない、と姉上に訴えたら、渋々ですが王になってくれました」
ヨミはガーベラがロイの恋路を応援する、と話していたこたを思い出した。
「まさか、本当に実行するなんて」
「どうかしました?」
「なんでもない」
誤魔化すようにヨミはホットミルクを飲んだ。ロイがいろいろ諦めたように肩を落とす。
「分かりました。で、なにを盗みましょう? 者、物、モノ、なんでも盗んでみせますよ」
お決まりのセリフに黄金の瞳が悪戯に微笑んだ。
「そうね……こうして、私が主としてロイの前に現れたから、魔法は使えるようになったわよ、ね?」
「はい。魔力は戻りました」
「じゃあ、このカフェの場所も自由に動かせるわ、ね?」
「はい」
「なら……」
ヨミはロイに手招きをした。ロイが体を屈め、ヨミに耳を近づける。ヨミは少しだけドキドキしながら、ロイに囁いた。
「それなら、私の…………」
依頼を聞いたロイが黒髪を揺らして勝ち気に口角を上げる。そっとヨミの小さな白い手をとった。
「必ず盗んでみせましょう」
「楽しみに待ってるわ」
――――――――元王が他国の王女の心を盗むため、夜な夜な部屋へ通うようになるのは、また別のお話。
新月の夜。王都はお祭りで夜まで賑わっていた。
ガーベラが王国初の女の王となり五年。盛大な祝賀祭が行われていた。
「ロイ王が五年で引退した時は、どうなるかと思ったけどさ」
「ガーベラ様が女王になってから、ますます住みやすくなったわよね」
「本当。暮らしに余裕が出来てきたわ」
「ガーベラ様といえば新刊読んだ?」
「実話が元の小説でしょ? もちろん、読んだわ。騎士団長との身分差の恋。ハッピーエンドって知ってるけど、続きが気になるわ」
そんな賑やかな話題を聞くともなく聞きながら、街中を闊歩する少女。
夜も更けてきたが、王都はいつまでも明るく、祭りが終わる気配もない。
そんな表通りから、とある裏路地に入ると、少女は早足で駆け出した。
星屑のように輝く銀髪。滑らかな肌。スラリと伸びた手足。十歳になろうかという年齢。シンプルながらも上品なデザインのスカートがふわりと闇夜に舞う。
軽やかな足取りで裏路地を抜けた先。カフェの看板を下げた古い洋館。
『カフェ・仔猫亭』
その看板を見た少女は可愛らしい顔を歪めた。
「最悪のネーミングセンス、ね」
少女の脳裏に懐かしい声が響く。
『せっかくカフェをするなら、店名を付けましょうよ』
『店名?』
『はい。カフェ・仔猫亭、なんてどうです?』
『却下。それならカフェ・虚飾のほうがマシよ』
『それだと、今にも消えそうじゃないですか』
そう言いながら笑う声。結局、その時は店名を決められなかった。それももう、昔の記憶。でも、ここで待ってくれているなら。
少女は不安と期待を胸にドアを押した。
カラン、とドアベルが軽快な音をたてる。
少女は慎重にキョロキョロと店内を確認した。
客がいない店内は、カウンター席と四人掛けの丸テーブルが二卓。白塗りの壁に、年代物の木枠で飾られた背の高い窓が並ぶ。
カウンターには二十歳ほどの青年が慣れた手つきでグラスを拭いている。
少女に気がついた青水晶の瞳が大きくなった。少しだけ目を潤ませながら、嬉しそうに微笑む。
濡羽色の黒髪を揺らしながら、青年が慣れた様子で少女に声をかけた。
「お好きな席へ、どうぞ」
眉目秀麗な青年の案内にも少女の表情は変わらない。すました様子で、カウンターのすみの席に座る。そこは以前、黒猫が特等席にしていた場所。
「どうぞ」
マグカップに入ったホットミルクを出された少女は、ここでフッと笑った。
「お皿じゃないの、ね」
「そのほうが飲みやすいと思いまして」
少女はゆっくりとカップに口をつけた。ほぅ、と一息つく。
その様子を青年が愛おしそうに見つめた。
「そういえば、ネイビはどうなったの?」
突然の質問に、ロイが苦笑いを浮かべる。
「いきなりその質問ですか」
「気になったんだから、いいでしょ? 調べても消息不明になっているから」
「外聞的にもよくないことでしたからね。王家の保養地に幽閉しました。あの場所なら知っている者は限られますし、人も寄り付きません。ただ、あなたの命を奪った処罰としては軽すぎましたが……」
そこで少女は声を挟んだ。
「ヨミ」
「え?」
「私の今の名前はヨミネイ・マーブリガータ、よ。だから、ヨミと呼んで」
思わぬ名前にロイの笑顔が引きつる。
「私の記憶違いでなければ、マーブリガータ国王の娘の第二王女と同じ名前ですが」
「それ。私、マーブリガータ国の第二王女しているから」
マーブリガータ国はロイの父が急死した時に、テラマ親子に近づき、そこから内政破綻を狙ってきた強かな国。
内政を整える中で、テラマ親子と協力関係にあった貴族は、ロイが軒並み処罰をして弱体化させた。
すると、マーブリガータ国は、さっさとテラマ親子から手を引き、素知らぬ顔で正式な外交を申請してきた。断る理由がないため、外見上は友好な交流をしているが、油断も隙も見せられない。
ロイが思わず頭を抱える。
「なんで、そんな国の姫に転生してるんですか!?」
しかし、ヨミはどこ吹く風で。
「そんなの私が選べるわけないでしょ」
「はぁ……お付きの侍女もいるでしょうに、よくマーブリガータ国の城を抜け出して、この国まで来ましたね」
「ガーベラ女王の祝賀祭に招待されて、王都に来たの。部屋には魔法で影武者を置いてきたから問題ないわ」
そう説明しながらヨミは極上の笑みを浮かべた。姿は十歳ほどの少女だが、話し方や笑い方はヨミのまま。
丸い黄金の瞳が猫のようにロイを見上げ、小首を傾げて訊ねた。
「そういえば、たった五年でよく王を辞められたわ、ね」
「もともと代王でしたし。あとは、王のままでは転生したヨミを探せない、と姉上に訴えたら、渋々ですが王になってくれました」
ヨミはガーベラがロイの恋路を応援する、と話していたこたを思い出した。
「まさか、本当に実行するなんて」
「どうかしました?」
「なんでもない」
誤魔化すようにヨミはホットミルクを飲んだ。ロイがいろいろ諦めたように肩を落とす。
「分かりました。で、なにを盗みましょう? 者、物、モノ、なんでも盗んでみせますよ」
お決まりのセリフに黄金の瞳が悪戯に微笑んだ。
「そうね……こうして、私が主としてロイの前に現れたから、魔法は使えるようになったわよ、ね?」
「はい。魔力は戻りました」
「じゃあ、このカフェの場所も自由に動かせるわ、ね?」
「はい」
「なら……」
ヨミはロイに手招きをした。ロイが体を屈め、ヨミに耳を近づける。ヨミは少しだけドキドキしながら、ロイに囁いた。
「それなら、私の…………」
依頼を聞いたロイが黒髪を揺らして勝ち気に口角を上げる。そっとヨミの小さな白い手をとった。
「必ず盗んでみせましょう」
「楽しみに待ってるわ」
――――――――元王が他国の王女の心を盗むため、夜な夜な部屋へ通うようになるのは、また別のお話。
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