【完結】公国第二王子の一途な鐘愛 〜白い結婚ではなかったのですか!?〜

緑野 蜜柑

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~9. 暗闇と光~

父と母

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「若い頃、俺はレリック公国へ留学していたことがある」
「留学…?」
「あぁ。そこで、お前の両親と出会った」
「え…っ」
「騎士見習いが終わり、騎士になりたての頃だな」

騎士になりたての頃ということは、今の僕より少し歳上、17~18歳の頃だろうか。

友好関係にあるセントレア帝国とレリック公国の間では、時折、留学生を送ることがある。最も、それは小国であるレリック公国からセントレア帝国へ派遣することがほとんどで、その逆は珍しい。

「長年、北方諸国と対峙し、武力に秀でたレリック公国。当時、帝国軍で騎士として生きていくと決めた俺は、見ておかねばいけないと思った」
「……」
「まぁ、そんな至って真面目な理由で行ったんだがな。留学初日、一目見て、お前の母親に惚れた」
「え…?」
「いい女だった」

アレクの斜め上からの発言に、思わず固まる。母上に惚れたって、急に何の話…

「そんな訝しい顔をするな」
「え…、いや…」
「安心しろ。何度口説いても全く相手にされなかった」

そう言ってアレクが笑った。

「俺が口説くたび、お前の父親が邪魔しに来てな。レリック公国の第一王子が男爵令嬢を娶れる訳ないだろうと、俺もムキになって反論したものだ」

そう続けたアレクが懐かしむように微笑む。王家や貴族にとって、身分は絶対的なものだ。父上はレリック公国の第一王子。母上は男爵令嬢。普通であれば、二人が結ばれることはない。

「俺が割り込む隙なんてなかった。身分の差を忘れるぐらい似合いの二人だった」

父上と母上の馴れそめを聞くのは初めてだ。似合いの二人だなんて、そんなことを言う人は城には誰もいなかった。

側妃である母上は、正妃であるクラウスの母親に気を遣い、あの日燃やされた王城の離れからほとんど出ることなく、静かに過ごしていた。父上と母上が二人で話す姿もあまり見たことがない。なぜ父上は、母上を側妃にしたのだろうと疑問にすら思っていた。

「お前の父親は、随分と悩んでいたよ。真面目な奴だったからな」
「……」
「だいぶ思い詰めていたんだろう。俺が帰国する間際のある日、お前の父親が言った」
「…?」
「自分では幸せに出来ないから、俺に彼女を頼みたいと」
「え…っ」
「頭にきて殴ってやった」
「─…っ!?」

殴った…?
レリック公国の第一王子である父上を…?

「王子の前に男だろう、惚れた女ぐらい自分で幸せにしろと、怒鳴っていた。今思えば、無茶苦茶だな」

そう言って、アルクが可笑しそうに笑う。無茶苦茶どころじゃない。下手をすれば国際問題だ。

「あの時、お前の父親の背中を押したことが間違っていたとは思わない。側妃という形とはいえ、彼女を妻にすると決めたお前の父の決断もな」
「…⋯」
「帰国する日、国は違えど、いつでも力になると、そう言って二人と別れたんだ。こんな形で頼られるとは、想像もしていなかった」

アレクの瞳には悔しさが滲んでいた。母上が亡くなったあの時、絶望の中にいた僕を受け入れながら、アレク自身も、母上の死を悲しんでいたのだろうか。

「俺と初めて剣を交わした日を覚えているか?」

その言葉に頷く。あの日、生きる気力を失っていた僕に、アレクが剣を向けた。あの時、アレクは「正妃を殺せ」と僕を煽り立てた。今思えば、あの言葉はアレクの本音だったのかもしれない。

「殺されまいとお前が真っ直ぐ俺を睨んだ瞬間、瞳が驚くほど彼女に似ていた」
「……」
「託されたのだと思った。お前に乗り移った彼女が、息子を生かしてくれと、言っている気がした」

そう微笑んだアレクに胸が熱くなる。僕が生まれるよりもずっと前に両親と出会っていたアレク。それは偶然だったのか、それとも必然だったのか。どちらにせよ、その出会いのおかげで、僕は今、ここにいる。

「ありがとう、アレク。僕は、アレクに会えて良かった。父上と母上も、きっとそうだ」

アレクを真っ直ぐ見てそう言った僕に、アレクは優しく微笑んでいた。
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