上 下
161 / 196
第九章 戦役

十話 獣の神のダンジョン 終

しおりを挟む
 黒い魔獣の突進をかわし、俺の横を通り過ぎる側面を【テンペスト】で切り裂く。刃風を発生させるために、深く突き刺そうとしたのだが、右手に力が入らない。よく見れば、二の腕の肉が抉られて血が吹き出ていた。

「グッ! マジかよ」

 あまりにも瞬時の攻防に痛みが遅れてやってきた。
 だが、この程度の痛みであれば耐えられる。
 俺は即座に左腕に力を入れて、【テンペスト】を落とさないように握りしめると、地面を蹴って黒い魔獣から身体を離した。
 その直後、少し離れた場所からアニアの声が響いた。

「ゼン様! フォースヒール!」

 遠距離回復魔法が俺の体を包み込み、右腕の出血が抑えられる。
 そして、二度目の魔法が飛んで来ると、傷口は完全に塞がっていた。若干違和感があるものの、これで問題なく戦えそうだ。

「よくも、ゼン様をッ! 食らえっ、ライトニングッ!」

 アニアの怒りの声が聞こえてきたと思うと、白い光が発せられ、極太のライトニングが黒い魔獣へと放たれた。
 だがこれは、巨体とは思えぬ速度で身をひるがえし、身体の一部を焼いただけに終わった。

「片足を失ってもまだこれかよ……」

 【テンペスト】で何度も後ろ脚を狙った結果、黒い魔獣は後ろ脚を片方失っている。
 だが、それでも速度は半減とはいかず、いまだに俊敏だ。

「うりゃああっ!」

 ヴィートが飛び上がり、大剣を振り降ろす。黒い魔獣の後方、視界外から放たれた一撃だったが、黒い魔獣は身体を捻ると、その場で回転してそれを回避した。そして、反撃に太い尻尾がヴィートに襲い掛かり、彼を吹き飛ばす。

 シラールドが、駆けだした。相手が巨体なので、彼もまた飛び掛かる。
 だが、黒い魔獣は反応しており、大口を開けるとシラールドに噛みついた。

「ぐおおおおおっ! やるではないか! だが、それは悪手だぞおおおおお!」

 シラールドが食い付かれながらも、【天帝】を黒い魔獣の鼻っ面に何度も突き刺している。
 何度も何度も突き刺す。だが、黒い魔獣も負けておらず、シラールドをかみ切ろうと咀嚼を始めた。
 その衝撃でシラールドは【天帝】を落としてしまう。だが、【天帝】が地面に落ちると思いきや、急に落下の方向を変えると、黒い魔獣の喉元に突き刺さった。
 するとその時、突然黒い魔獣の動きが止まった。

「ふはははっ! 我が天帝の力を思い知ったか!」

 黒い魔獣の口から落ちたシラールドが、下半身をボロボロにしながらも、声高々に笑った。
 どうやら【天帝】の力である『麻痺』が発動したらしい。
 それを見て、セシリャが駆けだした。

「チャンスッ!」

 セシリャが身動きの取れない黒い魔獣に駆け寄ると、その前足の前で巨斧を振り抜いた。
 その攻撃は黒い魔獣の前足を切り裂くが、大木のように太い前足を僅かに削っただけだった。

「まだっ! まだっ! まだっ! まだだよ!」

 セシリャは巨斧を振り抜いた反動を利用して、その場で回転を始めると、黒い魔獣の足を何度も切り裂き始めた。まるでコマのように回転するセシリャの姿は、さながらハンマー投げをしているかに見えた。

 黒い魔獣の前足は、瞬く間に削られていき、ついに骨まで切断してその体を横にした。
 あれがダンジョンの魔物でなければ、今頃セシリャの体は血まみれのスプラッタ状態だろう。

 この好機にみんなが動き出した。
 倒れた黒い魔獣が腹を見せたので、そこにアニアは『ファイアボール』を放つ。彼女の火系魔法は、アーティファクト【火の指輪】の効果で威力が高い。それに加え、範囲を広げているので、黒い魔獣の腹で大爆発を起こした。

 ユスティーナは蔓で何度も空気を叩くと、黒い魔獣の近くに花を呼び出した。
 まだ残る炎の中に生み出された花は、そんな事はお構いなしに咲き誇ると、破裂音をさせ種を吐きだした。数度の破裂音が鳴り終わる。すると、炎で発生していた煙が吹き飛ばされ、腹がえぐれた黒い魔獣の姿がそこにはあった。

 そして、上空で待機していたポッポちゃんが、上から岩の槍を降らす。嵐の神の加護により手に入れたこの魔法は、大空の神の加護の力で更に破壊力を増している。岩の槍が降り注ぐたびに、ブンッブンッと激しい風切音が鳴り、黒い魔獣の体へと突き刺さる。

 俺も急いでそれに続く。【テンペスト】を投擲する為に助走を取り、全力で投げ付ける。
 【テンペスト】は立ち上がろうとしていた、黒い魔獣の残る前足に突き刺さり、内部から破裂させた。
 黒い魔獣がまた体を地面に付けた。
 その時、復帰してきたヴィートが駆け出していた。

「ヴィート、やれ!」
「任せろって兄ちゃん! はああぁぁっ!」

 高く飛びあがったヴィートが、黒い魔獣の頭部に向かって大剣を振り降ろす。
 こめかみに剣先が突き刺さると、そのままズブリと体に飲み込まれていき、落下したままの勢いで、大剣は振り抜かれた。

 黒い魔獣が今までで最大の叫び声を上げた。その直後、四肢をビクつかせる。やがて、その体からは力を失い、光の粒へと変えていった。

「ふぅ……大変だったが楽しかったな……」
「ゼン様、満足げな顔をしてますが、早く腕を治してください!」

 アニアが怒っている。そういえば、すれ違いざまに食われたか、ひっかかれたかしたんだよな。痛みはもう回復したからないけど、肉が抉れてて結構グロい。

 しかし、今回もなかなかハードだった。
 後衛として俺らから離れていたアニアとユスティーナへ、何度か突進を許してしまい、その度に肝を冷やした。だが、アニアが毎回体を張ってユスティーナに直撃する事だけは避けていたので、どうにかなった。
 アニアは一度、黒い魔獣の直撃を受けた。吹き飛ばされて地面に倒れて動かなかった時は、本当に心臓が爆発するかと思うほど、鼓動が高まり苦しかった。
 しかし、急いで駆け寄ろうとしたら、むくりと立ち上がり、おもむろに自分に回復魔法を掛けていた。あれは明らかに再生の神の加護が発動していたのだろう。心臓に悪い光景だったが、本人はケロッとしていたのを見て安心した。
 その代、フード付きローブはボロボロだ。今も地面に倒れているシラールドを回復しながら脱いでいる……と思ったら、新しい物を取り出した。あれって、まだ予備があったのかよ……。

「兄ちゃん。ドロップ品。今回はスクロールが出たぞ!」
「マジかよ、おい! うおおお、スキルレベル4の魔法じゃん。オブシディアンランス? すげえ強そうだなおい」

 ヴィートがエーテル結晶体と宝石箱、そして一巻のスクロールを拾ってきた。
 スクロールを開いて中を見てみると、「オブシディアンランス」と名前が記されている。

「このレベルなら、俺が覚えればみんなに渡せるな。とりあえず覚えちゃっていいか?」
「いいんじゃない? 俺にはどうせ使えないし」

 ヴィートが特に興味を示さずにそう言った。

 久しぶりの新魔法に、俺は胸を高鳴らせながらスクロールを読む。すると、魔法が自動的に発動して、俺の目の前には真っ黒な岩の太い槍が生まれた。黒い槍は前方へと飛行する。
 黒い槍は正面にあった木に当たると、中頃まで一気に貫通してしまった。

「いいんじゃないか、これは!」

 まるで、俺の投げる槍のようだが、流石に威力は俺の方が高いか。だが、新たな攻撃魔法としては、とても有用な物だと思える。後で錬金を使ってスクロールを作り、とりあえずみんなに配っておくか。

 今回の宝石箱はシラールドに渡る。彼は箱を一度開けただけで、マジックボックスにしまってしまった。

「あまり嬉しそうじゃないな」
「いや、そうでもない。だが、宝石は見慣れて……いるからな……」

 シラールドは俺の表情を見ていい淀んだ。
 俺は少しにやけながら口を開く。

「ほう……元侯爵様は言う事がちがうねぇ」
「くっ、絶対にそう言うと思ったわ!」

 勝利の余韻からか、シラールドも少しおどけた様子を見せていた。

 そろそろメインディッシュに取りかかろう。
 俺はセシリャを手招きして呼び声を掛けた。

「さて、セシリャ。加護のお時間だぞ」
「お、おぉー」

 セシリャが恥ずかしそうに拳を突き上げた。
 彼女は結構この手の反応を返してくれるんだが、恥ずかしいのなら何でやるんだ?
 あれか……テンション高めに付いていこうとするあの乗りか。

 ダンジョンの天井を作り出している木々の隙間から、一筋の光が差し込んでいる。
 その場所にクリスタルが鎮座しており、光を乱反射して輝いていた。

「ほら、触ろうよ」
「う、うん。あー、緊張する!」

 緊張すると言って動かないセシリャの背中を押し、クリスタルに近づける。
 オドオドしながら手を伸ばし、ようやくクリスタルに触れると、肩を震わせて驚いた。
 言ってあるのにみんな毎回驚くな。これはもしかしたら、神様の声にその手の力があるのか?

 セシリャはゆっくりと俺に振り向くと、感極まったのか何やら瞳を潤ませている。

「ありがとう、ゼン殿。貴方と出会わなかったら、こんな事はなかったよね……」
「お礼を言われるのは嬉しいけど、やたらと固いな。もっと、ありがとうゼン君! とか言って抱き着いてほしい」
「……アニアちゃんの前で良く言えたね」
「……うん、ちょっと調子乗った。あとでアニアにビンタでもしてもらうわ」

 俺もシラールド同様に、勝利の余韻で普段は心の中で思っている事を吐き出してしまった。

「それで、肝心の加護はどんな感じなの?」
「えっとねー、効範囲内の獣に対して、能力向上の支援を与えられる?」

 やたらと棒読みだが、自分のステータスに表示されている内容をそのまま読んだのだろう。

「って事は、ポッポちゃんが強化できたりするの?」
「ポッポちゃんは駄目っぽいなあ。多分獣だからさっきのボスみたな四足じゃないと駄目だと思う」

 獣という範囲は微妙だな。このダンジョンに出て来た魔獣を思い出してみれば、セシリャが言う通り基本的には四足の動物や魔獣になるのだろう。
 生憎と、今はそれに該当するペットはいないので試せない。

 俺らの話に自分の名前が出た事に、ポッポちゃんが反応して寄ってきた。少し説明をしてあげると、セシリャの頭の上に乗り、耳をハムハムしている。「つよくなりたかったのよ!」との事なので、理不尽なお怒りが降りかかっていた。セシリャは楽しそうに笑っているので、ほっとこう。

「じゃあ、残るはアーティファクトか。これもセシリャが取りなよ」
「うん、じゃあそうさせて貰うね」

 ポッポちゃんを頭の上に乗せながら、セシリャは砕けたクリスタルの後に残っていたアーティファクトを手にした。
 それは、一見すると革の腕輪に見えた。だが、腕輪には長すぎる。

 セシリャはそのアーティファクトを、大事そうに抱えながら言った。

「おぉ、チョーカーかな? ちょっと男の子向けみたいだけど、いいのかな私がもらっちゃって」
「駄目なわけないだろ。あっ、着ける前に鑑定させて」
「ほい、そうだったね。ゼン殿に見てもらわないと駄目だった」

 セシリャは笑いながら俺にチョーカーを渡してくれた。

 二センチほど幅を持つ、薄く黒い革の中央には、牙を形取った金属が付けられている。セシリャが言う通り、雰囲気は男物っぽい。だが、革の幅は狭いので女性でも似合いそうだ。

 名称‥【魔犬のチョーカー】
 素材‥【黒獣の革 オリハルコン】
 等級‥【伝説級】
 性能‥【使役獣召喚】
 詳細‥【獣の神のアーティファクト。使用する事で獣の神の使役獣オルトロスを召喚出来る】

 おっ、召喚系のアーティファクトか。
 オルトロスって何だっけ……? まあいいか、出してみれば分かるんだから、セシリャに使ってもらおう。

 俺の鑑定結果を聞きながら、セシリャは首に【魔犬のチョーカー】を着けた。
 黒い革は細い首を強調させるのか、ちょっと色気があるな。

「じゃあ、使ってみるよ?」

 セシリャはそう言うと、【魔犬のチョーカー】に手を当てて目を瞑る。すると、すぐに彼女の目の前に魔方陣が生まれて、そこから一匹の獣が飛び出してきた。

 現れたのは、四足ながら俺らの身長以上の高さを持つ、二つの顔を持った犬だ。
 全身真っ黒の毛に覆われており、その眼光は鋭く、見た目からして強そうだ。

「おぉ、結構でかいな。この大きさなら、数人余裕で乗れるんじゃないか?」

 俺がセシリャに話しかけてみると、彼女はオルトロスを見上げて顔を引きつらせていた。

「そ、そうだね……。よ、よーし、怖くないよ……」

 怖がっているのは完全にセシリャの方だ。
 セシリャはオルトロスに触る気なのか、手を伸ばしている。だが、腰が引けていてなかなか手が届かない。
 オルトロスは若干困った表情をしていて、自分からセシリャの手へと顔を近付けてきた。

「ひゃああああっ! ゼン殿! ペロペロされてる!」
「セシリャには絶対服従だから、怖がるなって」
「うん……段々大丈夫だって分かってきた。あー、怖がってごめんね?」

 オルトロスには全く敵意はなく、それどころかセシリャに触ってもらおうと、必死に頭を下げていた。
 その様子を見て、セシリャは落ち着いてきたようだ。

「セシリャ、加護はオルトロスに適応されるのか?」
「あっ、忘れてた! うーんとね、こうかな?」

 セシリャがオルトロスと目を合わせると、突然オルトロスの身体が大きくなり始めた。
 今まではせいぜい高さ二メートルぐらいだったのだが、その1.5倍は高くなっている。

「……凄え。これ地上限定ならスノアより強いんじゃね?」

 探知で感じる気配では、スノアより若干強そうだ。だが、実際に戦うと、空は飛べないからちょっと分が悪いだろう。でも、地上限定なら勝てそうだ。

「本当!? 君凄い子なんだねー。今日から宜しくね!」

 セシリャは完全に慣れたのか、太い足に抱きついている。

 そういえば、ここまでアーティファクトと加護が相乗効果をもたらすのは初めてか?
 本来、これが正しい形のような気がするけど、神様は気まぐれだよな。

 さて、そろそろダンジョン攻略も終わるか。四つのダンジョンを攻略して、単純な力だけではなく、多くのマジックアイテムや金になりそうな物を手に入れた。まあ、その殆どは俺達には不要な物だ。だが、使いどころは幾らでもあるだろう。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1,582

枕営業のはずが、重すぎるほど溺愛(執着)される話

BL / 連載中 24h.ポイント:11,560pt お気に入り:1,194

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:960

異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:7,589

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,514pt お気に入り:5,980

貴方の『好きな人』の代わりをするのはもうやめます!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,850pt お気に入り:1,777

冒険がしたい創造スキル持ちの転生者

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,112pt お気に入り:9,017

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。