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337 誰がために鐘は鳴る②

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「……んで、私に用事って何よ」

 ぶらぶらと歩きながら、ベルが尋ねる。

「うむ、色々と聞きたいことがあってな」
「なにそれ? ナンパ?」
「……そんな訳がなかろうが」
「じょーだんだって」

 ケタケタと楽しげに笑うベル。
 やはりこいつ、アインそっくりだ。こいつのペースに巻き込まれると、話があちこち飛んで全く進まん。
 気を取り直して話を続ける。

「……昔、城に住んでいたそうではないか。アインベルから生み出された存在だとか」
「ふーん、そんなことまで知ってるんだ……あんたもしかして、アイツの使いじゃないでしょうね。私を連れ戻しに来たとか」

 ベルは疑うような目でワシを睨みつけてくる。
 だがそれは勘ぐりすぎというものだ。

「そんなつもりはないさ。確かにアインベルはそれを望んでいたが、ワシにはどうでもいい事だ」

 そもそも言うことを聞いてやる義理はないしな。
 どちらにしろこの性格なら、たとえ捕まえてもまたすぐ逃げられそうだ。

「……ふーん、なら別にいいけどね」
「本題に戻るぞ。ワシが聞きたいのはアインベルについてだ。お前から見た印象でいいので、教えてほしい」

 アインベル本人は自身を二つに分けてベルを生み出したと言っていた。
 それは一つの真実なのだろうが、ベルから見ればまた違う真実が見えてくるかもしれない。
 少し考え込んで、ベルはまぁいいかといった具合に頷いた。

「アイツは……そうね、一言でいうとおせっかいな母親かな?」
「母親、か」
「すっごい過保護なのよ。アイツ」

 ベルはうんざりした顔で、そう呟く。

「あんたがさっき言った通り、私はアイツから生み出された存在よ。私はそれを教えられ、部屋の中に閉じ込められた。……私の姿を事情を知らない人に見られると、混乱を招くからってね」
「別れ出た、という奴か。当時の事は覚えているか?」
「んー……別れた当時はよくわからなかったけど、徐々にはっきりして言った感じかな。自我が生まれたのは、一年くらい経ってからだって後から聞かされた」

 ベルはつまらなそうに、ポリポリと頭をかく。
 成程、分裂というのは自分と同じ因子を持つ別の存在……わかりやすく言えば赤ん坊を生むような行為なのだろう。

 別れ出た存在は成長と共に自我も生まれる。
 だから外見は似ていても、中身は全くの別物なのだ。

「……確かにアイツは何不自由の無い生活をさせてくれたわよ。欲しいものは全部用意してくれたし、食べ物だって美味しいものばかり食べさせてくれた。でもね、あーんな小さな部屋の中じゃ私の心は全然満たされなかったんだ。だってそうじゃない? 小さな部屋で一生過ごすなんて、私は絶対に嫌よ!」
「だから逃げ出した、か」

 その通り、といわんばかりに頷くベル。
 これに関してはベルの言うこともよく分かる。
 いくらなんでも部屋に閉じ込めてたら息も詰まってしまうだろう。
 特にこいつは奔放な性格だ。

「城の外は不便だし危険もいっぱいだよ。でも、なんていうのかな。月並みだけど生きてるって感じがしたんだ。私は今、幸せだよ……それに」
「あ! ベルねーちゃんがかえってきたよ!」
「ベルねーちゃん!」

 ベルの家が見えてきたのとほぼ同時に、子供たちが駆けつけてきた。
 あっという間に囲まれ、困った様子で子供たちの頭を撫でるベル。
 確かに本人の言う通り、幸せそうな顔である。

「……見ての通りだからさ、私はアイツのところへは帰れないんだ。悪いね」
「だから連れて帰りに来たのではないというに……」
「そうだったっけね。じゃあ私は急いでるんで、話はこのくらいで構わない?」
「その草を煎じて薬を作らないといけないから、か?」

 先刻採取し抱えていた草を指差すと、ベルは悪戯がバレた子供のよう赤い舌を出して笑う。

「あちゃー……へへへ、ばれてたか」
「まぁな。その草を知り合いが病の治療に使っているのを見たことがあってな」

『水竜の咢』のギルドマスターであるダインは、手にした動植物の成分を理解出来る固有魔導を持つ。
 それにより毒の有無のみならず、味の良し悪しや薬としての効能までも分析が可能なのだ。
 島に着いたダインが付近の動植物を集めさせ、色々調べた中にこの草があったのだ。
 確か、解熱剤の効果があった気がする。

「さしずめ病気の子供にその草が必要で採りに行きたかったが、魔物がいるので危ない……そこにワシらが出てきた、といったところか」
「いやはは、ご名答~」

 悪びれる様子もなく、あっけらかんとした顔で言い放つベル。
 やはりアインそっくりだな。やれやれとため息を吐いて、ワシはベルに背を向ける。

「あれ? ほんとにもういいの?」
「あぁ、ただの確認みたいなものだったからな。アインベルは嘘を言ってない様だし、ベルにももう用はないさ」
「アイツは嘘はつかないよ。いい子ちゃんだからね」
「そのようだ……ま、元気でな。行くぞクロード」
「わかりました」

 クロードを連れ、ワシはベルたちに別れを告げる。
 そして先日、ヴィルクに連れられてきた町はずれへとたどり着いたワシは上空へ向けタイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのはレッドスフィアとブルースフィア。

 ――――ごおん、と今日も上空で大爆発が巻起こる。
 ミリィたちへの合図を兼ねた、魔物をおびき寄せる為の、バーストスフィア。
 重低音が響き渡り、森の木々を揺らした。
 耳を押さえていたクロードが、話しかけてくる。

「あのゼフ君、ベルちゃんとの話はあれで良かったんですか?」
「ん? あぁ、結局のところ、アインベルが言っていたことの成否を確かめたかっただけだったからな。ベル自体に用はないさ。これで後方の憂いなく、黒い魔物と……」

 ワシが言いかけた瞬間である。
 遠くの方で、何やら地響きが聞こえてきた。
 音の方を振り返ると、そこにいたのは長い尻尾を振り回し、大きな体を持つ竜の影。
 ワシの隣でクロードがごくりと息を飲む。

「黒い……竜……!」
「どうやら本命の獲物が食いついたようだな」

 バーストスフィアの音に釣られたか。
 それにしてもいきなり本体が釣れるとは思わなかったが。

「ぜ、ゼフ君、あの場所は……」
「あぁ、少々ヤバいことになったな」

 そう、黒い竜があらわれたのは、ワシらが先刻までいた貧民街だったのである。
 一歩、黒い竜が足を踏み出すと土煙と共にボロボロの家の破片が舞うのであった。
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