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27-チャンスは逃さないで。

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 真っ直ぐだった。
 大悟の眼差しも、言葉も。
 すべてが真っ直ぐに、俺へと向かって飛んでくる。

 誰にも渡したくないという大悟の想いが、見えない何かで俺を縛りつける。そうして大悟に囚われることが思いのほか気持ちよくて、もっと、もっと、身動きもできないくらいに捕らえられてしまいたいと、胸の奥が熱く騒いだ。


 って、落ち着けよ、俺。勘違いしちゃダメだ。大悟のこれは、ただの独占欲なんだから。

 大悟には俺以外に付き合いのある友人はいない。俺だけが唯一、大悟の友人であり、親友なんだ。その親友の一面を田崎が知っているのに、自分は知らないとなれば、当然いい気分はしないだろう。
 二人の性格を考えればなおさらだ。馬が合わない田崎を相手に渡すものかとムキになってるんだ。

 自分の知らない親友の一面を知りたいという心理も、よくわかる。
 俺だって、ビジネスモードの大悟を知らない。でも、吉沢さんは知ってるんだ。社長代理として働く大悟のことを、一番近くで見つめ支えていたんだから。

 吉沢さんがいくら恋のライバルにはなり得ないとわかっていても、病院で垣間見た二人の関係性は、俺にとっては拗ねたくなるレベルのものだった。

 俺をセフレにすると田崎から宣言された大悟も、きっと同じだ。唯一の親友にセフレという一面があることを知って、それを独占できるものならしたいと考えたんだろう。


 大悟の気持ちがただの独占欲だとわかっていても、『ほかの男には渡したくない』などと言われては、嬉しくないわけがない。
 でも、だめだ。こんなことで浮かれるな。
 恋心をはっきりと自覚できたのはいいけど、恋する相手にその気がないとわかっているこの状況は、けっこうキツいものがあった。

 大悟の歪みない視線をこれ以上冷静には受けとめきれなくて、吸い寄せられるようにして見つめ合っていたのを、俯くことで無理やり剥がす。
 でも、
「幸成」
 と、咎めるような呼名とともに、大悟の指に顎先を掬われた。せっかく外した視線もまた元通りに合わされてしまう。

「おまえの返事は?」
 そう問いながら顔を覗き込まれ、その距離の近さにたじろいだ。気づけば、大悟は片手を壁に着いていて、触れるかどうかというギリギリまで俺へと身体を寄せている。
 壁と大悟に挟まれて、タクシーに乗る前に言われた『逃げるなよ』という大悟の言葉を思い出したけど、これじゃ逃げるも何もない。


「ち、近いよ」
 大悟との距離のなさに、条件反射のように鼓動が速くなっていく。
「幸成は、俺が近寄ったり触れたりすると、すごく困った顔になる」

 大悟の指摘にドキリとした。確かにそんなことになったときは困ってたからだ。でも、
「こ、困った顔なんて」
 見せた覚えはなかったのに。

「してるぞ。ほら」
 顎先にかかっていた大悟の指が外れ、今度は大きな手で頬を包まれる。途端に身体が火照りだした。大きな手のひらの下でも、頬がじわりと温度をあげる。どこまでも熱くなっていきそうな予感に、顔を背けて大悟の手から頬を逃がした。なのに、大きな手がさらに追いかけてくるから、ついその手首を取り押さえてしまう。

 避けるにしてもちょっとあからさま過ぎただろうかと気にかけていたら、
「以前にも『もう触らないでくれ』と言われたことがあったな」
 なんて、大悟がぽつりと苦い声でこぼした。

「え、そんなこと、俺、言った?」
「言った。高一の、救急車を待ってるときに」
 言ったかな。うーん、よく覚えてない。


 確かあのときは、アキレス腱を切った俺を大悟が抱きあげて運んでくれたんだ。大悟の力強い腕や硬い胸板と密着して、半分パニックになってて……。
 あ。
「ごめん。言ったかも」
 ぼんやりとだけど、思い出した。

 高校に入学したてのあの頃が、精神的には一番キツい時期だった。
 急に身体つきがよくなった大悟に脳内は妄想でいっぱいになるし、高校にはガタイのいい男子生徒がいっぱいで目のやり場にも困ってた。そうして意識してる限り自分のゲイ疑惑は晴れなくて、不安が募る毎日はグラグラとひどく心許なかったんだ。

 そんな折のハプニングだ。怪我を思いやってのこととはいえ、お姫様抱っこだなんて密着行為に、俺が耐えられるわけがない。
 校門に運び終えてもなお抱いたままで待機しようとする大悟に、降ろしてくれと頼んで降ろしてもらった。そのあとも、片足で立つ俺を支えようと伸びてきた大きな手に……そうだ、確かに言った。『もう触らないでくれ』って。


「幸成を困らせたくなくて、なるべく触らないようにしてたんだ」
 ああ、それでか。大悟が俺の頬を抓らなくなったのは、俺の怪我のあとだったんだ。大悟にそんな気を使わせてたなんて、少しも気づいていなかった。

「幸成がほかの男と寝るのは嫌だった。でも、俺は……幸成に触れないから」
 そう言った大悟の声が、苦々しく玄関に転がった。

 でもだって、仕方ないじゃないか。大悟に触れられると、本当に困るんだよ。
 バスケに集中してるときは、まだよかった。でも、油断してるときは、まるきりダメだった。
 離れてれば寂しいくせに、大悟との距離が近いと気づいただけで、簡単に体温が跳ねあがる。触られようものなら……ところ構わず、軽く勃っちゃうことだってあったんだから。

 唯一無二と信じてる親友を、そんな目で見てる自分が嫌だった。大悟にゲイだとバレて、嫌悪の目で見られるのが怖かった。親友に隠し事をするのも心苦しかったけど、できることなら、ずっと知られずにいたいと本気で思ってたんだ。

 そんな想いが、俺の意識に蓋をしていたんだろう。ところどころ曖昧だったあの頃の記憶が、いまになって次々と鮮明になっていく。
 なんだ。『どきどき』がわからなくてあんなにも悩んだのに、昔からちゃんと大悟にどきどきしてたんだな。


 これまで自覚のなかった大悟への恋心を、改めて遡っていたら、
「でもこの前、幸成は、俺に触られて気持ちよさそうだった」
 なんて、大悟が言いだした。
 それまでも、苦い青春の一ページを覗き見されてるような気恥ずかしさがあったけど、急に直近で新鮮な羞恥ポイントを突かれて、熱かった頬がますます熱をあげる。

 じ、事実だし。否定はしないけどさ。
 それでも、口に出して言われてしまっては身の置き所がない。
 俺が羞恥のあまり顔を伏せてしまうと、大悟が俺の耳元に口を寄せ、「それで、やっとわかったんだ」と囁いた。

「幸成が俺に触られて困るのは、気持ちよくなるからだ」
 耳のなかにそっと吹き込まれたその声は低く掠れた艶声で、じんと痺れた頭の芯に思考がゆっくりと濁っていく。

「なら、セフレになる分には問題ない。むしろ都合がいいだろ?」
 大悟の唇が耳殻に触れて、首筋がぞくりと粟立った。耳にかかる俺の髪が、そろりと移動した大悟の唇に掻きあげられていく。熱い吐息が頭皮を擽って、胃の裏あたりがぞくぞくとざわめいた。

「なあ、幸成。俺じゃダメか? 幸成が欲しくなったらいつでも相手になる。満足してもらえるよう努力もする」
 ふたたび耳元に戻ってきた唇に、剥きだしの誘惑を直に吹き込まれる。

 腰から背中へと駆けあがってくる明らかな快感に首を竦めると、大悟の顔にその隙間を割られ、奥に隠したはずの首筋を甘噛みされた。喉奥から漏れた小さな喘ぎが、俺の快感の所在を勝手にバラしてしまう。

 いつの間にか、壁に着いていたはずの大悟の手が、俺の腰に添えられていた。
 あの夜に、大悟の指がいやらしく食い込んだ腰骨だ。それをそろりと撫でられて、膝からカクンと力が抜けた。崩れる身体を片腕で抱き込まれ、いよいよ逃げられなくなった。


「っ、ぅ。だ、大悟、」
 早くも息があがっている。これじゃ、答えを口にするまでもない。

 そうしてほとんど観念したときだった。
「俺を幸成のセフレにしろよ」
 という大悟の言葉に、一瞬で思考がクリアになる。

 そうだ。大悟の望みはセフレなんだ。
 友情と同居する、恋愛の介在しない身体の関係。俺は、本当にそれでいいのか?

 大悟と寝たあと、もう親友ではいられないとひとり怯えていた。でも、大悟が父親と対峙したとき、そのそばに寄り添うことを許されて、何があっても親友でいられる自信を得た。
 ここで俺が承諾しようが、断ろうが、きっと俺たちの親友という関係は揺るがない。そういう意味では、俺にはもう怖いものはないんだ。

 でも、俺は大悟に恋してる。なのに、大悟の望みはあくまでセフレなんだ。
 その温度差に、胸が苦しくなってくる。


 いや、諦めるな。まだ望みはあるじゃないか。
 大悟には、まだ恋人がいない。俺の恋心がはっきりしてるなら、大悟を恋人にするべく口説けばいいだけの話だろ。

 最初はセフレの関係でも、その関係は変えていけるはずだ。
 身体を重ねてもなお親友としてそばにいられた、いまの俺たちのように。
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