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第六話 揺らめきの行方
Act.3-01
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家に帰って来たのは、ちょうど日付が変わろうとしていた頃だった。朋也と宏樹はそれぞれ、おやすみの挨拶をしてから自室へ入った。
朋也がずっと使っていた部屋は、出て行った頃と全く変わっていない。母親がこまめに掃除をしてくれているのか、埃っぽさもほとんどなく、むしろ寮の部屋の方が汚いのではと思えるほどだ。
朋也はベッドに携帯電話を放り投げ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。もちろん、布団はずっと敷きっ放しだったわけではない。朋也が帰って来ると知り、母親が押し入れから出した布団を天日干しして敷いてくれたものだ。寮で使っている万年床の布団と違ってふかふかで、ほんのりと陽の匂いもする。
ぼんやりと天井を眺めていると、涼香と誓子の面影が、交互に浮かんでは消える。そして、時おり紫織も浮かび上がる。
自分に真っ直ぐに飛び込んできた誓子。対して、無遠慮なようでどこか控えめな涼香。本当に対照的なふたりだと思う。さらに紫織。紫織はどちらとも似ていなさそうだが、どちらかと言えば誓子により近いかもしれない。紫織は一見大人しそうで、真っ向から相手に気持ちをぶつけるタイプだ。そして、決して諦めることをしない。そのしたたかさが頑なだった宏樹を射止めることとなった。
正直に言えば、紫織への想いに整理は着いていない。しかし、ずっとこのままではいけないとも分かっている。だからと言って、恋愛感情を抱いていない相手と軽い気持ちで付き合えるほどの器用さも持ち合わせていない。
恐らく、誓子だったら気楽な付き合いでも構わないと言ってくれるかもしれない。だが、涼香はどうだろう。彼女は非常に真面目だ。奔放に振る舞っているようでも、いや、根が真面目で不器用だからこそ、自分を上手く曝け出せないのではないだろうか。宏樹という似たような存在が身近にいたから、何度か逢っただけで涼香の本質は分かってきたような気がする。
何にしても、涼香に誓子の話を持ち出したのは失敗だった。誓子は逆に涼香や紫織の話を持ち出してもさほど気にしないだろうが、涼香は非常に気にする。多分、自分の存在は朋也にとって何なのだろうかと考え込んでしまったかもしれない。
宏樹は、朋也からアクションを起こす必要はないと言っていた。だが、間接的にでも涼香の気持ちを知ってしまった以上、今後、彼女とどう接していいか分からない。
ふと、紫織に相談することも考えた。しかし、やはり紫織には言えない。涼香と紫織は朋也が思っている以上に強い絆で結ばれている。だからこそ、涼香の気持ちを蔑ろにしたと知れば、朋也を決して許しはしないだろう。紫織にとって、涼香は朋也以上に大切な存在だ。それは高校の頃から見ていてよく分かっていた。
「ほんと、恋愛ってどうしてこうもめんどくせえんだよ……」
髪をグシャグシャにかき乱し、ぼやいた時だった。
ピコピコピコ……
呑気な電子音が耳元で鳴り響いた。
「誰だよ、こんな時間に……」
ブツブツ言いながら携帯を手に取り、発信元を確認したら――そのまま硬直してしまった。
「マジか……」
あんまり考え込んでいたから相手も何かを感じ取ったのか。いや、ただの偶然だろうが。
朋也は躊躇った。しかし、無視することも出来ず、深呼吸をしてから通話に切り替えて本体を耳に押し当てた。
「――もしもし?」
『ごめん高沢君。――もしかして寝てた?』
電話の相手は遠慮がちに訊ねてくる。
朋也は内心慌てつつ、「いや」と答えた。
「さっきまで風呂行ってたから。ちょっと出るのが遅くなった」
『えっ、ごめん! やっぱり邪魔しちゃったね……』
「いや、ほんと大丈夫だから」
『――ほんとに?』
「うん」
朋也は答えながら、上半身を起こした。
「それよりどうしたの、こんな時間に電話なんて?」
『ああうん。ちょっと声を聴きたくなって』
朋也の心臓が跳ね上がった。もしかしたら、涼香は深い意味で言ったわけではないかもしれないのに。
「ほんとに、なんかあったんじゃない?」
逸る鼓動を抑え、朋也が重ねて問う。そんな朋也に対し、涼香は、『何もないわよ』とケラケラ笑った。だが、すぐに笑うのをやめてしまった。
『――この間、嫌な思いをさせちゃったかな、って思って……』
「この間?」
『ほら、一緒に飲みに行った帰り……』
「え、ああ。そんなこともあったっけ?」
憶えていたどころか、まさに宏樹にその時のことを相談に乗ってもらったばかりだった。だが、それを悟られたくないから、わざと忘れたふりを装った。
電話越しだったのが幸いだった。鋭い涼香も、朋也がとぼけていることに気付いた様子はなく、『そんなこともあったのよ』と真面目に返してきた。
『とにかく、ずっと謝りたくて……。ほんとごめん。あんな風に逃げられてわけ分かんなかったでしょ?』
「別にいいよ。てか、全く気にしてねえし」
むしろ謝るのは俺の方だよ、と心の中で返した。
『ほんと、高沢君っていい人だね』
涼香の『いい人』という言葉に、朋也の胸がチクリと痛む。別に〈いい人〉じゃない。そう思われるようにしているだけだ。
朋也がずっと使っていた部屋は、出て行った頃と全く変わっていない。母親がこまめに掃除をしてくれているのか、埃っぽさもほとんどなく、むしろ寮の部屋の方が汚いのではと思えるほどだ。
朋也はベッドに携帯電話を放り投げ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。もちろん、布団はずっと敷きっ放しだったわけではない。朋也が帰って来ると知り、母親が押し入れから出した布団を天日干しして敷いてくれたものだ。寮で使っている万年床の布団と違ってふかふかで、ほんのりと陽の匂いもする。
ぼんやりと天井を眺めていると、涼香と誓子の面影が、交互に浮かんでは消える。そして、時おり紫織も浮かび上がる。
自分に真っ直ぐに飛び込んできた誓子。対して、無遠慮なようでどこか控えめな涼香。本当に対照的なふたりだと思う。さらに紫織。紫織はどちらとも似ていなさそうだが、どちらかと言えば誓子により近いかもしれない。紫織は一見大人しそうで、真っ向から相手に気持ちをぶつけるタイプだ。そして、決して諦めることをしない。そのしたたかさが頑なだった宏樹を射止めることとなった。
正直に言えば、紫織への想いに整理は着いていない。しかし、ずっとこのままではいけないとも分かっている。だからと言って、恋愛感情を抱いていない相手と軽い気持ちで付き合えるほどの器用さも持ち合わせていない。
恐らく、誓子だったら気楽な付き合いでも構わないと言ってくれるかもしれない。だが、涼香はどうだろう。彼女は非常に真面目だ。奔放に振る舞っているようでも、いや、根が真面目で不器用だからこそ、自分を上手く曝け出せないのではないだろうか。宏樹という似たような存在が身近にいたから、何度か逢っただけで涼香の本質は分かってきたような気がする。
何にしても、涼香に誓子の話を持ち出したのは失敗だった。誓子は逆に涼香や紫織の話を持ち出してもさほど気にしないだろうが、涼香は非常に気にする。多分、自分の存在は朋也にとって何なのだろうかと考え込んでしまったかもしれない。
宏樹は、朋也からアクションを起こす必要はないと言っていた。だが、間接的にでも涼香の気持ちを知ってしまった以上、今後、彼女とどう接していいか分からない。
ふと、紫織に相談することも考えた。しかし、やはり紫織には言えない。涼香と紫織は朋也が思っている以上に強い絆で結ばれている。だからこそ、涼香の気持ちを蔑ろにしたと知れば、朋也を決して許しはしないだろう。紫織にとって、涼香は朋也以上に大切な存在だ。それは高校の頃から見ていてよく分かっていた。
「ほんと、恋愛ってどうしてこうもめんどくせえんだよ……」
髪をグシャグシャにかき乱し、ぼやいた時だった。
ピコピコピコ……
呑気な電子音が耳元で鳴り響いた。
「誰だよ、こんな時間に……」
ブツブツ言いながら携帯を手に取り、発信元を確認したら――そのまま硬直してしまった。
「マジか……」
あんまり考え込んでいたから相手も何かを感じ取ったのか。いや、ただの偶然だろうが。
朋也は躊躇った。しかし、無視することも出来ず、深呼吸をしてから通話に切り替えて本体を耳に押し当てた。
「――もしもし?」
『ごめん高沢君。――もしかして寝てた?』
電話の相手は遠慮がちに訊ねてくる。
朋也は内心慌てつつ、「いや」と答えた。
「さっきまで風呂行ってたから。ちょっと出るのが遅くなった」
『えっ、ごめん! やっぱり邪魔しちゃったね……』
「いや、ほんと大丈夫だから」
『――ほんとに?』
「うん」
朋也は答えながら、上半身を起こした。
「それよりどうしたの、こんな時間に電話なんて?」
『ああうん。ちょっと声を聴きたくなって』
朋也の心臓が跳ね上がった。もしかしたら、涼香は深い意味で言ったわけではないかもしれないのに。
「ほんとに、なんかあったんじゃない?」
逸る鼓動を抑え、朋也が重ねて問う。そんな朋也に対し、涼香は、『何もないわよ』とケラケラ笑った。だが、すぐに笑うのをやめてしまった。
『――この間、嫌な思いをさせちゃったかな、って思って……』
「この間?」
『ほら、一緒に飲みに行った帰り……』
「え、ああ。そんなこともあったっけ?」
憶えていたどころか、まさに宏樹にその時のことを相談に乗ってもらったばかりだった。だが、それを悟られたくないから、わざと忘れたふりを装った。
電話越しだったのが幸いだった。鋭い涼香も、朋也がとぼけていることに気付いた様子はなく、『そんなこともあったのよ』と真面目に返してきた。
『とにかく、ずっと謝りたくて……。ほんとごめん。あんな風に逃げられてわけ分かんなかったでしょ?』
「別にいいよ。てか、全く気にしてねえし」
むしろ謝るのは俺の方だよ、と心の中で返した。
『ほんと、高沢君っていい人だね』
涼香の『いい人』という言葉に、朋也の胸がチクリと痛む。別に〈いい人〉じゃない。そう思われるようにしているだけだ。
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