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77話 人間嘘発見器

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 まず、メル姉ぇが“分かる”のは相手が“嘘”を言っているかどうかであって、“本当”のことが分かる訳ではない、ということだった。
 それも“なんとなく”であって、確信がある訳ではないという。
 要は、頭の中を覗き見て、何を考えてるとか、その人物の記憶とかを知ることは出来ないってことだ。
 その手・・・の魔術に特化した魔術士なら、そういったことも可能だとは神父様は言っていたが、専門の修行を積んだ訳でもないメル姉ぇには、そこまでのことは出来ないらしい。
 つまり、どぎついエロ妄想をメル姉ぇに読み取ってもらって恥ずかしがらせる、といった内容のプレイは出来ないという事だ。
 ちっ……残念でならない。

 で、そのメル姉ぇによれば“人は嘘を言った時、魔力が揺らぐ”のだと言っていた。
 あれか? ポリグラフみたいなものだろうか?
 別名、嘘発見器、なんて呼ばれていたりするが、実はそこまで大層なものでもない。
 あれは人間の生理現象、例えば体温だとか、発汗だとか、心拍数だとか、血圧だとか……
 そういったものを、電気的なシグナルとして計測・記録する装置でしかない。
 なので厳密な意味で“嘘”を“発見”している訳ではないのだ。
 投げかけた質問に対して、どう生理現象が反応したか、を見ているだけだ。
 現に、反応に個人差があり過ぎたり、そもそもまったく反応しない人がいたりで、信憑性の観点からこれらの情報は裁判なんかでは証拠として採用されないのが実情だ。
 まぁ、それはさておき……

「……これで、たぶん、大丈夫」

 というメル姉ぇの言葉で、不審者への聞き取り調査が再開されることになった。
 多少、準備に時間が掛かってしまったのは、メル姉ぇの“嘘発見能力”が治療魔術同様、相手に接触した上で相手の魔力マナに同調する必要があるためだった。

「では、早速これからいくつか質問をさせてもらうよ。
 あんたは好きに答えてもらって構わないが、もし、メルフィナさんが“嘘”であると判定した場合、それなりに“痛い目”にあってもらうから、そのつもりで。
 ボクとしては、拷問みたいなマネはしたくないから、正直に、本当のことを話してくれることを、切に望むよ」

 と、いう訳で質問するのは先生だ。
 村長やクマのおっさんの場合、口より先に手が出そうだし、神父様は好々爺然とし過ぎていたり、俺だったら子どもだからとなめらそうだ。
 そんな消去法で、先生に決まった訳だけど、この不審者だっていくら先生が若いといっても一度は負けた相手だ。
 歳でなめたりはしないだろう。

「そいつはお優しいこって……
 で、嘘を吐いたら鞭打ちか? 焼きごてか?
 どっちにしろ、女子供のいる前で拷問に掛けようってんだ。
 なかなかいい趣味をしてんじゃねぇか」

 不審者は、ふっ、と嘲るように鼻で笑ってみせた。
 にしても、この不審者……これから取り調べを受けるっていうのに、随分と余裕のある態度だな。
 確実とはいえなくとも、嘘を見破れるメル姉ぇがいるってのにだ。
 それが、少しだけ気になった。
 が、まぁ、それを気にしたところで何も始まらないので、今は様子見だな。

 で、不審者の取り調べに当たって、一つだけルールを設けることにした。
 それが、懲罰の導入だ。
 先生も言っていたが、別に拷問なんてやりたかない。
 しかし、罰則なしでは嘘の吐き放題になってしまうからな。抑止力の一環だ。

「ああ、そんなひどい事をするつもりはないから安心していいぞ?
 他には……そうだな……
 指を一本一本圧し折ったり、だとか、生爪を剥いだり、だとか、足の先の方から少しずつ切り落としていく、だとか、目を強引に開いて棒を刺したり、だとか、内側トゲだらけの棺に突っ込む、だとか……あとなんだろ?
 とにかく、そういうのはないから」

 俺の言葉を聞いて、不審者がやや青い顔をして村長たちの方へと視線を向けた。

「おいっ! 何かすげー怖ぇこと考えてるぞこのガキ!?
 どんな教育したらこんなガキが育つんだ……って、おいっ! こらぁ! 目、逸らしてんじゃねーよ!
 てめぇらのとこのガキだろ!?」
「ギャーギャーうるさいなぁ。
 正直に話せば済む事だろ?
 んじゃ、先生。質問の方よろしく」

 “分かったよ”と、先生が不審者へと一歩近づく。
 質問の内容は、事前にここにいるメンバーで決めていたので、先生はそれを一つずつ聞いていくだけだ。
 ちなみに、不審者は今、椅子に座らされた状態で、椅子もろとも雁字搦めにされている。
 これは、話やすくするためであり、メル姉ぇの作業を容易にするため、そして安全の確保だ。
 床の上に転がしたままだと、暴れた時に危険だからな。 

「じゃ、初めに……
 あんた名前は?」
「……ヴァルターだ」
「姓は?」
「ねぇよ……とうの昔に捨てた」

 不審者が答えたところで、不審者の後ろに立っているメル姉ぇへと視線を向けると、

「……嘘は言ってない……と、思う。
 でも……? なんだろう……すごい違和感……」

 と、メル姉ぇが可愛らしく小首をコテンと傾げてそう答えた。
 その両目が閉じられているのは、意識を集中するためだろうか?
 そういえば、治療魔術を行うときも閉じていたっけか…… 
 しかし、違和感……ね。
 嘘は言ってないが、本当の事も言ってない……そういうことだろうか?

「ふむ……たぶん“通り名”とかそんなやつじゃないかな?
 “本名ではないけれど、その呼び名で通っている”みたいな?
 てな訳で、じゃ“本名”は?」

 と、俺は不審者に尋ねたのだが……

「……」

 黙秘である。
 答える気はなしってことか……
 まぁ、この世界じゃ氏名から身元を特定出来るなんて、余程の有名人でもなれけば無理なので名前なんて大した情報ではないんだけどね。
 でも、今ので少なからず“ヴァルター”というのが偽名である、ということは分かった訳だ。

「まっ、いいか。んじゃ、次に行きましょ次」

 俺の催促で、先生が次の質問を口にする。

「なんで村を探っていた?」
「おいおい、探ってた前提かよ?
 さっきも話したが、俺はたまたま近くを通りかかっただけの旅人だ。
 それ以上でも以下でもねぇよ」

 という訳で、人間嘘発見器のメル姉ぇに確認を取ろうとしたのだが……

「……」

 メル姉ぇは眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。

「どったの? メル姉ぇ?」
「……違和感の原因、わかった。
 この人……魔力の操作が、すごく上手……だから、すごく分かりにくい……」

 俺の問いかけに、メル姉ぇは閉じていた目をゆっくりと開いて、いつもの無表情な顔でぽつりと呟いた。
 メル姉ぇの補足説明によれば、メル姉ぇが、嘘を見破る基準は相手が嘘を言った時の魔力マナの揺らぎであるらしい。
 であるなら、その魔力マナそのものを意識的に制御し、平静を装うことが出来てしまえば、その発言が嘘であることをメル姉ぇは認識できない、ということだった。
 更にいえば、メル姉ぇが“見ている”ものは魔力マナの最も根幹の部分らしく、その部分は、魔術や闘技と違い修行を積んだとしても自分の意志でコントロールするのが非常に難しいという。
 いや、もうこの際不可能だといった方がいいかもしれない。
 いってしまば、“自分の体温や心拍数を自分の意志でコントロール出来るか?”と聞いているのと同じなのだ。
 ……それを、目の前のこの不審者……ヴァルターは出来るというのだ。
 さっきのあの余裕はこれだったのか……嘘を見破られない自信があったということだ。

「……分かりにくい、すごくもやもやするけど……今のは“嘘”。
 この人……何か隠してる」

 メル姉ぇは今までにない、確固たる確信を秘めた目をヴァルターに向けた。
 一瞬、ヴァルターの表情から余裕がの色が消えたのを、俺は見逃さなかった。
 だが、すぐさま元の表情に戻ると、メル姉ぇに向かって、ヒュー、と軽く口笛を鳴らした。

「参ったねこりゃ……
 程度の低い審問官相手なら、いくらでも騙す自信があったんだがな……
 大したもんじゃないか、美人の嬢ちゃんよ」
「……ども」

 妙にベタ褒めするヴァルター相手に、メル姉ぇが少しだけ頬を染めてそう答えた。
 すると……

「おいっ! 不審者の分際でメルフィナさんに色目使ってんじゃねぇーぞゴラァ!
 こっちが下手に出てるからってチョーシに乗ってっと、ブッコロ……」
「はい。落ち着こうねぇ~先生。
 どーどーどー……」

 あー、もう面倒くさいなぁ……これ。
 キャラが崩壊してんじゃんよ。
 俺は、掴み掛りそうな、というかもうすでにヴァルターに掴み掛かっている先生の服の裾を必死で引っ張る。
 とはいえ、所詮は子どもの力なので引きはがせるまでは至らなかったのだが、見かねたクマのおっさんが無理やり先生をヴァルターから引っぺがしてくれた。

「ガルルルルっ!!」

 威嚇を続ける先生はさておいて……

「ゴホンッ
 ちっと邪魔が入ったが……嘘を言ったってことで、初めに断った通り、“痛い目”にあってもらおうか……
 まぁ、約束は約束だからな……嘘を言った自分が悪いってことで一つ覚悟してくれや」

 という訳で、俺はテーブルの上に置いておいた掌大の箱を手に取って、ヴァルターへと近づいた。
 一応、罰については俺に一任してもらえるように村長たちには話を付けていた。
 村長たちが、そこまで酷い事……人道に反するようなことをするとは考えたくないが、一応な。
 こういう時は、人道的かつ、誰も嫌な思いをしない方法で罰するのがいいと思うのだ。

「で、何をしようってんだ坊主?」
「なに、ちょっとしたレクリエーションみたいなもんさ」

 相も変わらず平然としているヴァルターに、俺は意味ありげに笑いかけると、持っていた箱の蓋をパカリと開けた。

「虫……?」
「ご紹介しましょう。
 罰ゲーム担当要員の通称・ハサミ虫くんです!
 挟まれると、かなり“痛い”です。心するように」

 その中には、体長にして約3cm程の黒い甲虫が箱の中に五、六匹入っていた。
 村のガキどもからは、ハサミ虫と呼ばれている虫で、正式な名称は知らん。
 その虫は頭部の先端に、鎌状の短い顎が付いており、一見するとクワガタのメスによく似ていた。
 が、クワガタと決定的に違うのは、その顎の力だ。
 顎が鋭い所為もあるが、このハサミ虫、挟まれるととにかく痛いのだ。
 クワガタの顎の挟む力は個体にもよるが、大体500g~1kg程度だと聞いた事があるが、たぶんこいつらはその比ではない。
 こいつらは、村のいたる所にいて、主に草むらの中などに生息している。
 なので、うっかり挟まれると泣きそうになるくらい痛いのだ。
 ガキんちょども……主に男の間では、我慢比べなどと称して、このハサミ虫にわざと腕などを挟ませて誰が一番長く耐えられるか、なんてくだらない事をして遊んでいたり、もしくは罰ゲームの執行者として子どもたちからは重宝されている昆虫だ。
 ちなみに、このハサミ虫くんたちは、メル姉ぇの準備中に村長の家の庭の草むらから連れて来た御仁たちである。

 俺は、その中から一匹のハサミ虫くんを丁重に取り出すと、ケツの辺りをペシペシと軽く小突く。
 と、外部からの刺激を受けたハサミ虫くんは一気に臨戦態勢へと移行し、顎をガッシャンガッシャンとせわしなく動かし始めた。

「ぐっふっふっ……
 今宵のハサミ虫くんは血に飢えておるわ……」
「フィー君……まだ、夜じゃないよ?」
「様式美ってやつですから、そこ突っ込まないようにお願いします」

 なんてメル姉ぇと話している中、一人あからさまに顔色を変えている奴がいた。

「おい……坊主ちょっと待て、まさか……」
「はい。そのまさか、です。
 てな訳で……」

 最早、このハサミ虫をどうするかなど説明不要だろう。
 俺は手にしたハサミ虫を、ヴァルターへと向かってゆっくりと近づけ……

「執行~」
 
 ガブッ

「っっっっってぇ~~っ!!
 ちょっ! これ洒落に……イテテテテっ!」

 痛みで激しく身悶えするヴァルター。
 ハサミ虫を振り解こうと、必死で首を左右に振るが、その程度で離すハサミ虫くんではない。
 むしろ飛ばされないように、更に力強く挟まれるという悪循環が待っているだけだ。
 が…
 分かる。
 冗談抜きでそれくらい痛いのだ、このハサミ虫くんは。
 しかも、俺が興奮状態のハサミ虫くんに挟ませた場所は鼻の真ん中の部分だった。
 所謂“出〇の刑”だ。
 俺たちですら“そこはヤバイだろう”ってことで、暗黙の了解の内に避けていた場所だ。
 その痛さは、最早俺の想像を絶していることだろう……
 しかも、ハサミ虫くんがチョビ髭の様になっていてこれがまたヴァルターに似合わないのなんの……

「なははははははっ!!
 ナイス! ナイスチョビ髭! ナイスリアクション!」

 これにはおじさん、ツボりました。
 この世界に来てからというもの、この手のクソくだらないバラエティーにはとんとご無沙汰だったので、逆に新鮮さすら感じた。

「かっ……かっこわりぃ~……クソ、かっこわりぃ~……
 顔が強面の癖に、チョビ……ぷっぷっ、ぶははははっ!」
「……うん。嘘は言ってない」
「んなこたぁ、見れば分かんだろぉがぁっ!」

 のたうつヴァルターを指さし、腹を抱えて笑う俺に止めを刺したのは、メル姉ぇのそんな一言だった。
 確かに、そんなのは見れば分かることで、わざわざ言葉にするほどの事ではない。
 なのにわざわざ口にするメル姉ぇの律義さがおかしくて、俺は床を笑い転げるはめになった。

「こいつら……ひでぇことしやがる……」

 笑いつかれて息も絶え絶えになったころ、誰かがそんな言葉をぽつりと呟いたのが聞こえた……
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