蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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来年も、再来年も、同じ嘘を吐きたい。(九雀+真田)

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「エイプリルフールですよ、九雀さん」

 声をかけられて、九雀蔵之介はぴたりと足を止めた。何日か前に異能対策課で手伝った事件の報告書を届けにきて、もう戻ろうとしていた。そんなタイミングである。
 目の前でにこにこ笑っているのは、自称八津坂署のアイドル――署内外にファンが多い点を鑑みるに、あながち自称ではないのかもしれない――鷺沼征士郎だ。
 だからなんだと言いたい心地で、九雀は露骨に顔をしかめた。

「あっ、なんですか。その渋い反応」
「ってのも、毎回ワンパターンだよな。俺がお前に対して素っ気ないのなんて今日に始まったことじゃねえんだから、いい加減に慣れろ。でもって、めんどくせえ話題を持ち込むな。仕事しろ」
「仕事に関しては、九雀さんに言われる筋合いはないですよー」

 鷺沼が唇を尖らせる。
 いかにも自分の魅力を分かっていそうな、そんな仕草だ。実際に女が相手だったら効果を存分に発揮したのだろう。白けた心地で同僚を見やると、九雀はそっと溜息を吐いた――確かに仕事に関しては、偉そうに言えた筋合いではない。

「ま、そうだな。悪かった」

 軽く謝って話を切り上げようとしたのだが。

「今年はなにもしないんですか?」

 思いのほか食い下がってくる。
 とはいえ、それも毎度のことか。おおむね退屈で、おおむねくだらなく、おおむね意味がない。日常というのは一事が万事、そんなようなものだ。胸のうちでさも知ったように呟き、九雀は肩を竦めた。

「しねえよ」
「えー。前はノリノリでネタ仕込んでたくせに」
「あのなあ。自分で言って悲しいが、もうイベントではしゃぐ歳でもねえだろ」
「枯れてますねえ。いや、むしろ潤ってるのかな。毎日楽しそうで羨ましいです」
「そうだな」
「あ、認めるんですか?」
「否定する理由がない」
「つまらないなあ。そういうキャラじゃなかったでしょ、九雀さん」
「そういうキャラって、なんだよ」

 と訊き返してはみたものの、どう思われているのかはなんとなく想像がついた。鷺沼は納得しなかったようだ。ぶつぶつ――半ば独り言のように――呟いている。

「付き合いがいい反面で、どーっか斜に構えててるような人だったのに」

 つまりは、八方美人のろくでなしだ。いつでも人の本音を疑って、逃げる準備をしていた。そんな自分を久々に思い出して、九雀はますます苦い顔をした。そんなこちらの様子にも気付かず、鷺沼が続けてくる。

「新米の頃は、ちょっと憧れたんです。そういうの、いかにも大人って感じでしょ」
「そりゃ初耳だ」
「今は後輩贔屓の先輩馬鹿。大人げないですし。反面教師ですよー」
「そう思うあたりは、まだ若い。お前も、真田みたいなやつと出会ったら分かるよ」

 口に出してしまってから喋りすぎたかと思ったが、鷺沼は理解しなかったようだ。

「まさしく真田さんとは出会ってるんですけど」

 きょとんと目を瞬かせている彼に、九雀は軽くかぶりを振った。

「じゃなくて。真田は俺の後輩だから」
「はあ」
「さて、俺は仕事に戻るわ。お前も、油売ってんじゃねえぞ」

 やはり分かっていないらしい鷺沼にひらひらと手を振って、今度こそ刑事課を後にする。



 階段を上って、二階。奥まった場所に、その部屋はある。元は資料室だったために、狭く、やや換気が悪く、お世辞にも快適とは言いがたい――けれど不思議と不快ではない。そんな場所だ。もしかしたら不快ではないというよりも、別の要素が不快さを和らげているだけなのかもしれないが。
 異能対策課のプレートが掛けられたドアを叩くと、中からは「どうぞ」と声が聞こえてきた。

「俺だよ、後輩ちゃん」

 ドアを開ける。狭い部屋に押し込められたデスクが二つ。備え付けの棚と、簡単な仕切りの向こうに大人一人が縮こまってようやく休めるだけの仮眠用ソファがある。
 声をかけると、パソコンに向かっていた真田律華が顔を上げて起立した。

「おかえりなさい、九雀先輩」
「ああ。ただいま」

 というやり取りだけで、なんとなく気が弛んでしまう。
(鷺沼の言うように腑抜けたんだろうな、実際。恋でもねえのに骨抜きってやつ)
 それを認めて、九雀は律華の傍へふらりと移動した。姿勢も正しく直立したまま微動だにしない。日頃から生真面目な彼女だが、着席とでも言ってやらなければ座りそうにない様子というのも珍しい。訝りつつ、

「どうした?」

 訊ねると、律華は答えてきた。

「いえ、刑事課へ向かわれたときよりも機嫌がよさそうだなと感じましたので」

 自信なげな様子からすると、あからさまににやけ顔をしてしまっていたというわけでもないのだろう。手で触れて口元が弛んでいないことを確かめると、九雀は思わず呟いた。

「……お前って、存外に鋭いよな」

 存外に、という部分が引っかかったのか、律華が複雑そうな顔をする。悪い意味ではなかったのだが。言い方が悪かったなと思いながら、九雀は後輩の頭に触れた。

「なあ、真田。後輩ちゃん」
「なんでしょう、九雀先輩」

 その響きは――ああ、呼ぶときも、呼ばれるときも、特別なもののように感じる。そっと見下ろすと、幸せそうに細められた律華の目とかち合った。まるで子犬だ。あまりにも嬉しそうな顔をするので、ほんの少し頭を撫でるだけのつもりがつい離れるタイミングを見失ってしまう。それも、いつものことだ――と考えて、もう何年も先輩をやっているような気になっていたことを思い出した。実際は、ほんの一年と数ヶ月が経ったばかりだ。
 あるいは、もう一年と言うべきなのかもしれない。日頃から意識しているわけではないが、時折、あと何年こうしていられるのかと考えてしまうことがある。

「エイプリルフールだ。辞令が出て、旧宿署へ異動することになった」

 ふっと口を突いて出た。衝動的で、どうしようもなく拙い嘘に、九雀は舌打ちした。
 不意を突かれた顔をしている律華に、続けて告げる。

「嘘だよ」
「はい、それは分かりますけど……」

 彼女は困惑したようだ。

「その、エイプリルフールを宣言してから嘘を吐くというのは、あまり聞いたことがなかったので……少し、戸惑いました」
「そりゃあ、よくない類の嘘だから」
「はあ」
「エイプリルフールに吐いた嘘は、一年間実現しないんだってな」

 ネタばらししてから、どうにも恥ずかしくなってしまった。
(まったく、なに言ってんだ。俺は)
 焼きが回ったというよりは、余計なことばかり言ってくる鷺沼のせいだろう。ということにして、律華の頭から手を離す。無意識のうちに浮かび、そして本人も気付かないうちに消えていく名残おしげな表情を目に留めて、九雀はそっと瞬きをした。

「なんて、気休めだが。ま、察してくれ。後輩ちゃん」

 ここで逃げてしまうあたりがヘタレなんだろうなと、思いつつ。
 律華を見る。どこまでも率直な後輩は、ようやく心得たようでぱっと顔を明るくした。

「はい、九雀先輩。また一年、よろしくお願いします!」





END
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