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知らないところで
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あの電話から数週間は、なんの音沙汰もなく、いざすれば忘れてしまう出来事になっていた。
ただ、私の知らないところで、いろんな理解できないことが起きていた。
世の学生達が夏休みに入る前に、一度日本に帰ることになった。
純君の仕事に同行するのだ。
今回は2週間と長めなので、一緒にということになった。
相変わらず、純君は私を日夜愛してくれている。肌が触れなくとも、ちょっとした目線や言葉でそれは感じられる。だから、安らいだ気持ちでいられたし、このまま“結婚”という二文字も浮かんで来るようになった。
日本に到着した日は、時差ボケを調整するため、純君は寝ないと言った。何故か私もそれに追随する形で目覚めたまま過ごせた。
思いの外、日本が暑かったのだ。じっとりとした空気に灼けつくような真昼の日差しは、日中エアコンの効いたオフィスにいる私には酷だった。
(こんな夏を毎年過ごしていたなんて。)
正直な感想だ。
未だ数ヶ月しか日本と離れていないのに、街の様相は随分変わったと感じた。
空気は辛かったが、匂いは懐かしかった。
2週間もあるが、九州の実家に寄る日程は組めなかった。せめて電話でもと思い、久々に母親に電話をかけた。
『……あ、母さん?依子だけど元気?』
『あらっ!依子?どうしたの急に?』
『うん、今日本に帰ってきてるの。そっちには行けないんだけど、電話くらいしておこうと思って。』
『そうだったの?いつまでいるのよ?ほんとびっくりしたわぁ。…あっ、ちょ、ちょっと待ってね!また掛け直すわっ、あ、諭君、待ってーー』
『ーー諭!?は?なんで?諭が何?』
『ーーツー、ツー、ツー』
切れてしまった。
後味が悪すぎる。
どうしてこんなピンポイントのタイミングで諭の名前が出てくるのか?
いや、偶然過ぎて怖い。
「諭って……富樫さんのことだよね?」
視界の端に捉えた純君が低く問いかけてくる。
さっきまで別室でクライアントとテレビ電話で打ち合わせをしていたせいか、冷静さが際立っていて、それがまたこちらを緊張させる。
「……母さんに電話してみたんだけど、急に切られちゃって……最後に“諭”って名前を口にしてたの……。」
別に私が悪いことをしているわけじゃないのに、尻込みしてしまう。
今彼に、元旦那の話題などNGに決まっているのに。つい名前を繰り返してしまったことに、項垂れてしまいそうになる。私だってわからないのに。
「……そっか……。びっくりしたよね?」
「え?」
困惑している私に、純君は意外な反応をした。
ようやく真っ直ぐ視線を合わせた私に、純君はショッキングな事を口にした。
「富樫さん、今、依子ちゃんの実家に住んでるんだ。富樫さんの母親もね。」
「は?な、何?なんで?意味がさっぱりわからないんだけど!」
「ーーごめん、依子ちゃんには黙っているべきだと主張したのは俺だ。聞かなきゃ聞かないでいいと思っていた。」
「だから、意味がわからないんだけど!なんで諭がうちにいるわけ?おばさんまで!」
激しく動揺する私の肩を抱き、純君はゆっくりとした口調で話し始めた。
私の知らないところで進んでいたことを。
「ーー私、どうしたらいいの?」
ひと通り話を聞き終えての第一声はやっぱりこうだった。
純君は、前回1人で日本に帰った時に、私に秘密で九州に行っていたという。しかし、行った先に諭が住んでいて
事情を聞いたのだという。
体調不良の諭は、仕事を辞めていた。
ボーッと1日を過ごしては、たまに私と修也君の名前を呼んでいたという。
諭の母親は軽い鬱を患い、それを知った諭の父親はうちを頼って連絡をしてきたという。電話ではなく、手紙で。
私に対する諭の仕打ちを謝罪し、迷惑極まりないがこれからも親同士は友人であり続けたいと願うという内容だったという。ただ、その手紙を出して数日後、諭の父親は、心不全で亡くなったのだ。
それはあまりにも急で、諭も、おばさんも生気が抜けてしまった。そして、葬儀に来たうちの親が、その2人の受け皿として九州に連れ帰ったのだという。おばさんの鬱は一時深刻化し、入院期間もあったそうだが、今はだいぶ落ち着いているのだという。
諭も空気が合っているのか、日に日に顔色が良くなり、今や積極的に畑仕事を手伝っているのだという。
(諭が畑に……意外な組み合わせ。)
ついついそんなことを思ってしまったが、問題はそこではない。
諭がうちにいることはわかった。それは本当に衝撃的だし、不本意な実態だと思う。
けれど、それ以上に私が知るべきことは、何故、純君はうちの実家に行ったのかということだ。
ただ、私の知らないところで、いろんな理解できないことが起きていた。
世の学生達が夏休みに入る前に、一度日本に帰ることになった。
純君の仕事に同行するのだ。
今回は2週間と長めなので、一緒にということになった。
相変わらず、純君は私を日夜愛してくれている。肌が触れなくとも、ちょっとした目線や言葉でそれは感じられる。だから、安らいだ気持ちでいられたし、このまま“結婚”という二文字も浮かんで来るようになった。
日本に到着した日は、時差ボケを調整するため、純君は寝ないと言った。何故か私もそれに追随する形で目覚めたまま過ごせた。
思いの外、日本が暑かったのだ。じっとりとした空気に灼けつくような真昼の日差しは、日中エアコンの効いたオフィスにいる私には酷だった。
(こんな夏を毎年過ごしていたなんて。)
正直な感想だ。
未だ数ヶ月しか日本と離れていないのに、街の様相は随分変わったと感じた。
空気は辛かったが、匂いは懐かしかった。
2週間もあるが、九州の実家に寄る日程は組めなかった。せめて電話でもと思い、久々に母親に電話をかけた。
『……あ、母さん?依子だけど元気?』
『あらっ!依子?どうしたの急に?』
『うん、今日本に帰ってきてるの。そっちには行けないんだけど、電話くらいしておこうと思って。』
『そうだったの?いつまでいるのよ?ほんとびっくりしたわぁ。…あっ、ちょ、ちょっと待ってね!また掛け直すわっ、あ、諭君、待ってーー』
『ーー諭!?は?なんで?諭が何?』
『ーーツー、ツー、ツー』
切れてしまった。
後味が悪すぎる。
どうしてこんなピンポイントのタイミングで諭の名前が出てくるのか?
いや、偶然過ぎて怖い。
「諭って……富樫さんのことだよね?」
視界の端に捉えた純君が低く問いかけてくる。
さっきまで別室でクライアントとテレビ電話で打ち合わせをしていたせいか、冷静さが際立っていて、それがまたこちらを緊張させる。
「……母さんに電話してみたんだけど、急に切られちゃって……最後に“諭”って名前を口にしてたの……。」
別に私が悪いことをしているわけじゃないのに、尻込みしてしまう。
今彼に、元旦那の話題などNGに決まっているのに。つい名前を繰り返してしまったことに、項垂れてしまいそうになる。私だってわからないのに。
「……そっか……。びっくりしたよね?」
「え?」
困惑している私に、純君は意外な反応をした。
ようやく真っ直ぐ視線を合わせた私に、純君はショッキングな事を口にした。
「富樫さん、今、依子ちゃんの実家に住んでるんだ。富樫さんの母親もね。」
「は?な、何?なんで?意味がさっぱりわからないんだけど!」
「ーーごめん、依子ちゃんには黙っているべきだと主張したのは俺だ。聞かなきゃ聞かないでいいと思っていた。」
「だから、意味がわからないんだけど!なんで諭がうちにいるわけ?おばさんまで!」
激しく動揺する私の肩を抱き、純君はゆっくりとした口調で話し始めた。
私の知らないところで進んでいたことを。
「ーー私、どうしたらいいの?」
ひと通り話を聞き終えての第一声はやっぱりこうだった。
純君は、前回1人で日本に帰った時に、私に秘密で九州に行っていたという。しかし、行った先に諭が住んでいて
事情を聞いたのだという。
体調不良の諭は、仕事を辞めていた。
ボーッと1日を過ごしては、たまに私と修也君の名前を呼んでいたという。
諭の母親は軽い鬱を患い、それを知った諭の父親はうちを頼って連絡をしてきたという。電話ではなく、手紙で。
私に対する諭の仕打ちを謝罪し、迷惑極まりないがこれからも親同士は友人であり続けたいと願うという内容だったという。ただ、その手紙を出して数日後、諭の父親は、心不全で亡くなったのだ。
それはあまりにも急で、諭も、おばさんも生気が抜けてしまった。そして、葬儀に来たうちの親が、その2人の受け皿として九州に連れ帰ったのだという。おばさんの鬱は一時深刻化し、入院期間もあったそうだが、今はだいぶ落ち着いているのだという。
諭も空気が合っているのか、日に日に顔色が良くなり、今や積極的に畑仕事を手伝っているのだという。
(諭が畑に……意外な組み合わせ。)
ついついそんなことを思ってしまったが、問題はそこではない。
諭がうちにいることはわかった。それは本当に衝撃的だし、不本意な実態だと思う。
けれど、それ以上に私が知るべきことは、何故、純君はうちの実家に行ったのかということだ。
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