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事例2 美食家の悪食【解決篇】

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『い、い、い、い、い……いただきまーす!』

 目の前にいる先生の表情を伺う。どうにも印象は異なるが、確かに先生の声であると言われれば、そのように聞こえなくもない。本人は果たして、どんな思いでこれを聞いているのだろうか。表情からそれは読み取れなかった。

『う、う、うまーい! 小麦粉をまぶしたソテーにバターの香ばしさが際立つ。なによりも軟骨の歯触りが素晴らしい。よし、これを【耳たぶと耳軟骨のバターソテー】と名付けよう』

 一同が黙り込み、ただただ不気味な肉声に耳を傾けている。その声に嫌悪感さえ抱き始めていた尾崎は、両耳を塞いでしまいたくて仕方がなかった

『お、お、お、美味しいよぉ。究極の一品だから、さぁ食せ――』

 そこで音声はぶっつりと途切れ、そして縁はスマートフォンを手にしながら「お分りでしょうか?」と、先生へと向かって言葉をぶつけた。先生からの返事は――ない。ただ黙って縁を見つめ返すだけ。

「お聞き頂ければ分かると思いますが、この犯人――妙にどもっているんです。しかも、ただ吃っているだけじゃない。ある特定の音を発する時に限って吃るんです。それは【あ】【い】【う】【え】【お】の母音を発音する時。しかも言葉の頭に母音が来た時のみ、吃っているんですよ」

 ミサトが残してくれたボイスメモは、何よりも重要な手掛かりを残してくれていたようだ。彼女が死の間際に見せた悪足掻きは、こうして縁がしっかりと受け継ぎ、そして犯人へと突き付けられているのだ。いいや、もしかして受け継いだのは坂田のほうなのかもしれないが。

「では、どうして犯人は母音が頭につく言葉を発する際に吃るのか? それは恐らく、犯人が吃音症きつおんしょうだったからではないでしょうか?」

 縁はスマートフォンを仕舞いながら、先生をめ付けた。周囲には緊張感が漂い、縁から拳銃を任された安野が、改めて先生に向けて拳銃を構え直す。少しずつ――少しずつではあるが、先生と悪食がイコールで結び付きつつあった。

「吃音症とは、主に子どもが発症し、その大半が成長の過程で自然と治ると言われています。しかし、大人になっても吃音症に悩まされている方もおられます。その症状は様々で、個人によって差はありますが、ある特定の音を発音しようとした際に吃るなど、明確な法則があるそうです。犯人の場合は、言葉の最初に【あ】【い】【う】【え】【お】の母音が来ると吃ってしまうものだと思われます」
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